第304話 ハーレムヒロインズの名前考えられないんや

 パーティ会場へ戻った二人のもとへ思わぬ客が訪れる。


「レオルド辺境伯、エリナを知りませんか?」


 レオルドに近付いたのはジークフリートであった。レオルドはジークフリートへ目を向けると、遠目にクラリスやコレットといったヒロイン達を見つけた。

 こちらを見ているが近付こうとはしていない。レオルドも目が合ったが声を掛けることはない。まずは目の前にいるジークフリートの問いに答えるべきだとレオルドは視線を戻した。


「知らん」


「え? でも、さっき一緒に会場から出て行くのを見かけたんだが……」


「ジークフリート。言葉遣いには気を付けろと教えたはずだが?」


「あっ!」


 ジークフリートは思わず素の口調でレオルドと話してしまい、それを注意される。慌てて口を塞ぎ、周囲を見渡すが目の前にレオルドとシルヴィアがいるので意味がない。


「殿下。大目に見てやってください。ジークフリートは少々敬語が苦手のようですから」


「レオルド様が何も言わないのでしたら私もとやかく言うことはありませんわ」


 レオルドはジークフリートがタメ口で話したとき、シルヴィアの腕を掴む力が一瞬強くなったのを感じてフォローに回った。


「も、申し訳ありません。それでレオルド辺境伯。エリナはどこに行ったのでしょうか?」


「知らんと言ったろ。まあ、しばらくしたら戻ってくる。だから、安心しろ」


「そ、そうですか。わかりました。それでは失礼します」


 慣れていないのかぎこちなく頭を下げるジークフリートにレオルドは思わず苦笑いしてしまう。


(ゲームならばお前が英雄で頭を下げるような立場じゃないもんな)


 そう、運命48ゲームであればジークフリートこそが英雄でレオルドは敵前逃亡したかませ犬なのだ。むしろ、頭を下げなければいけないのはレオルドの方だ。


 しかし、この現実世界では立場が逆転している。レオルドが英雄でジークフリートはおこぼれにあずかった運の良い騎士と呼ばれている。多くの者が勘違いしているがジークフリートも貢献している。ただ、レオルドの功績が桁違いなので霞んでいるだけだ。


 レオルドは去っていくジークフリートを目で追いかけて、ヒロイン達に囲まれるジークフリートを見て首を傾げる。


(あれ? 思ったより少ない? もっといたはずだけど……?)


 潜入作戦のメンバーを決める時に腕試しをした際に比べると、今のジークフリートの周囲にいるヒロインは少ない。これはレオルドのせいである。


 運命48ならばジークフリートは英雄扱いなので、パーティ会場に平民のヒロインを招いても問題はなかった。だが、今は潜入作戦の功績を認められて男爵から子爵になっただけである。つまり、ジークフリートにそこまでの権限がないのだ。

 そのせいで何人かのヒロインはお留守番というわけなのだ。まあ、そのようなことをレオルドは知らないので勘違いをしている。


(もしかして俺のせいでフラグとか折れたのか?)


 そんなことはない。ジークフリートはちゃんとハーレムを作っている。ただ、この場には来れなかったヒロインがいるだけだ。


「レオルド様? 先程からぼーっとしていますがお体の具合でも悪いのですか?」


「いえ、少し気になることがありまして、それについて考えていただけです」


「そうですか?」


「ええ。申し訳ありません。殿下にはご心配をかけさせました」


 ぺこりと頭を下げてシルヴィアに謝るレオルド。そんなレオルドにシルヴィアは頭を上げるように言う。


「レオルド様。今宵は貴方が主役のパーティです。ですから、頭を上げてくださいまし。それに私は、こ……婚約者なのですから心配するのは当然です」


 改めて婚約者だと言うのが恥ずかしかったのかシルヴィアはほんのりと顔を赤く染めている。その様子が可愛らしくて思わず抱きしめてしまいそうになる衝動を抑え込みレオルドは頭を上げてシルヴィアを見詰める。


「ふふ、そうですね。私も同じ気持ちです。殿下」


 二人はここがパーティ会場だということを忘れているのか、イチャイチャしている。もちろん、仲がいいのは大変よろしいのだが、時と場合は考えものだ。本日の主役であるレオルドに、その婚約者であるシルヴィアが人目も憚らずにイチャイチャするのだから注目されるのは言うまでもないことだった。


「で、殿下。夜風にでも当たりに行きましょうか」


「そ、そうですわね。少し暑いのでそれがいいですわ」


 注目されていたことに気がついた二人は顔を真っ赤にして一緒にパーティ会場からテラスへ向かう。その様子がとても初々しかったので会場にいた多くの貴族は生暖かい目で二人を見送った。


 テラスへ出た二人は大量の視線から解放された事に安堵した。ふう、と同時に息を吐いて二人は互いに顔を見合わせて笑い合う。


「ふふ、レオルド様も恥ずかしかったのですね」


「んぐ……。まあ、そういう殿下もでしょう?」


「あら、私はそうでもありませんわ」


「ほほう? 言いましたね?」


「ええ。言いましたわ」


 むむむと睨み合う二人であったが、やがてぷっと吹き出して、また笑い合う。


「このような時が来るなんて思いもしませんでした」


「全くです。初めて会った時はとても可憐なお方だと思っていたのに、いざ話してみればとんでもないお方だったのですからね」


「あら、それはお互いさまではなくて?」


「まあ、そうですが……」


 ポリポリとバツが悪そうに頬をかくレオルドはそっぽを向いた。


「レオルド様」


「はい——」


 名前を呼ばれてレオルドは振り返ると、頬に柔らかい何かが当たる。フワリと鼻腔をくすぐる甘い香りに視界に広がる煌く金髪。そして、最後に目が合うのは青く澄んだ瞳。


「なっ、なあっ!?」


「ふふっ、ほら、やっぱりレオルド様のほうがお顔が赤いですわ」


 離れていくシルヴィアは可愛らしい小悪魔のように笑う。レオルドは頬にキスをされて嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちと驚きで頭がパンクした。そんなレオルドに背を向けてシルヴィアは唇を指でなぞる。


「うふふ。こっちはまだ先です」


 そう言って楽しそうに笑うシルヴィアはバグっているレオルドの手を引っ張りパーティ会場へ戻っていく。


「ちょ、殿下。待って、まだ顔が元に戻ってないから!」

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