第302話 もう俺は吹っ切れたんや

 しばらく休憩したあと、レオルドは祝賀会に向かう準備を始める。ギルバートに式典用のスーツから祝賀会用のスーツに着替えさせてもらい、レオルドは祝賀会へ向かう。


 レオルドが主役なので祝賀会にレオルドが登場すると盛大に賑わう。救国の英雄が来たと。


 面倒であるがレオルドは訪ねてくる貴族に挨拶を返し会場の中央にいる家族の元へ向かう。レオルドが家族の元につくとレオルドは堅苦しい雰囲気から解放されたと喜び、先程まで貼り付けていた偽りの笑顔から本物の笑顔を見せる。


 たまたま、その笑顔を見た令嬢たちが心奪われてしまった事は言うまでもないだろう。救国の英雄であり、今や時の人であるレオルドの笑顔だ。目にしてしまえば無事ではすまない。


 しばらく、レオルドは家族の元で時間を潰し、最後に入ってくる王族を待つ。


 やがて、騒がしかった会場も静かになり、王族が入ってきたことをレオルドは知る。レオルドは家族と別れて王族へ挨拶をしに向かう。その流れで、レオルドとシルヴィアが婚約した事が発表される。


 救国の英雄であるレオルドと国の守護神と称えられているシルヴィアが婚約したことを聞いた多くの者達が盛大な拍手を送る。


 それから音楽が流れダンスが始まる。当然、レオルドはシルヴィアの手を取り中央で踊り始める。何度も見られた光景であったが今宵の二人は今まで以上に輝いていた。


 そして、ダンスが終わりレオルドはシルヴィアと一緒に祝賀会を楽しむ。豪勢な料理を味わい、ワインを嗜みながら二人は優雅に時間を過ごしていく。


 しかし、そこに予想もしていなかった人物が二人の前に現れる。

 そう、エリナ・ヴァンシュタイン。これまでに何度もレオルドに悪態をついてきた公爵家の令嬢である。


「この度はご婚約おめでとうございます。レオルド辺境伯、シルヴィア殿下」


 豪華なドレスに身を包み、礼儀正しく頭を下げるエリナにレオルドは怪訝に眉を寄せる。今回はなにをしにきたのだろうかと。

 ただ、二人の婚約を祝っているのを見ると、今回は特になにもなさそうだと思う。


「ああ、ありがとう」


「ありがとうございます。エリナ様」


 一応、祝いの言葉を貰ったので御礼を返すレオルドとシルヴィア。


「シルヴィア殿下。失礼ながらレオルド辺境伯と二人きりでお話をさせて欲しいのですがよろしいでしょうか?」


「まあ、本当に失礼ですこと。私とレオルド様が婚約したという発表がつい先程あったばかりだというのに、私を差し置いてレオルド様と二人きりになりたいだなんて恥知らずもいいところですわ」


 言いたい放題である。しかし、シルヴィアの言い分は正しい。つい先程、二人の婚約が発表されたというのにも関わらずエリナはレオルドと二人きりになりたいと申し出たのだ。常識を疑われても仕方がないだろう。


「エリナ。悪いが二人きりというのは流石に無理だ。殿下と一緒でも構わないか?」


「……構いません」


「そうか。殿下、少々お付き合い願えないでしょうか?」


「レオルド様が言うならいいですわ。でも、エリナ様。事と次第によっては私容赦しませんわよ」


「はい……」


 三人は会場を抜け出して、人気のない場所へと移動する。会場からそれほど離れてない場所へ来た三人はそれぞれ向かい合う。


 まず一番最初に口を開いたのはエリナだ。


「レオルド辺境伯。これまで数々の非礼をここに謝罪します。申し訳ありませんでした」


 と、いきなり謝罪するエリナはレオルドに向かって綺麗に頭を下げる。今までのエリナからは考えられない行動にレオルドは驚くが、すぐに他の要因であると見抜いた。


「ヴァンシュタイン公爵に言われたか? 俺と敵対するなと」


「……」


「沈黙は肯定ですわよ、エリナ様」


「その通りです……。父からお叱りを受けました。レオルド辺境伯に謝罪するようにと」


「そうか。まあ、そうだろうな。お前が俺に謝るなんて他の誰かに言われない限りはないだろうからな」


「……そうね。今でも貴方に頭を下げるなんて嫌で仕方がないわ」


 自分の立場を理解していないのか、エリナの口の聞き方にシルヴィアが文句を言おうとしたらレオルドが止める。


「レオルド様?」


「エリナ。聞きたいんだがお前はどうしてそこまで俺を毛嫌う?」


 レオルドはずっと気になっていた。過去の事を振り返ってもレオルドはエリナに対して嫌われるようなことはしていない。だから、どうしてそこまで自分を嫌うのかが不思議で仕方がなかった。


 実際、運命48ゲームでもレオルドがエリナに対して嫌がられるようなことはしていない。レオルドが実際に手を上げたのは公爵家に仕えていた使用人と弟妹、そしてクラリスだ。ちなみに学生の時は公爵家という身分を笠にきて威張るだけだった。


「……貴方が気に食わないからよ。ベルーガ公爵やオリビア様を泣かせて、レグルスやレイラを蔑ろにして、使用人を理不尽に虐めて、挙句の果てには私の大切な友達であるクラリスに一生癒えることのない傷を心に負わせて! その癖、今頃になって改心して! 救国の英雄? 笑わせないで! どれだけ貴方が偉業を成そうとも過去は消えやしない! 私からすればレオルド、貴方はただの罪人よ!」


 覆水盆に返らず。エリナが言いたいのはきっとそういうことだろう。確かにレオルドは転生してから数々の偉業を成した。

 だが、それで過去が消えるわけではない。過去にレオルドが傷つけた人々にとっては悪人に変わりないのだ。


「そうか」


「そうか? そうかってなによ! 貴方、私が言ってる事理解しているの!?」


「理解しているとも。だから言おう。実にくだらん」


「く、くだらないですって!」


「ああ、くだらんな。そもそも過去は過去だ。今更騒いだ所で変える事など出来ん。だがな、受け止め、贖い、前に進む事は出来る。俺が過去にしてきた罪は確かに許される事ではないだろう。それでも、俺は振り返らず進む事しか出来ないんだ。どれだけ罵詈雑言を浴びようとも過去の罪を背負いながら前に進む」


「な……! そんなことで許されるとでも思っているの!?」


「思ってなどいない。許されたくてやっているわけじゃない。それしか出来ないからやってるんだ。現にお前のように俺を恨んでいる奴は大勢いるだろう。だから、俺はただひたすら前へ進む事しか出来ないんだよ」


「それじゃあ、貴方に傷つけられた人はどうすればいいのよ!」


「どうもこうも俺と同じように過去と割り切って前に進むしかない」


「それが出来ない人だっているわ!」


「なら、そこで一生蹲っていればいい。そこまで俺は面倒見きれん」


「貴方がそうしたんじゃない!」


「ああ、そうだとも! だがな、いつまでも過去に囚われて前に進もうとしないのはそいつ自身だ!」


「追い詰めたくせに!」


「切っ掛けは俺かもしれんが、そこで足を止めているのは俺のせいではないはずだ!」


「誰かに手を引っ張ってもらわなきゃ歩けない人だっているわ!」


「それでいいのなら、いくらでも俺が引っ張ってやろう!」


「そんなの嫌に決まってるわ……」


「ならば、他の者に任せるしかない。俺は全てを救えるなどとは思っていないからな」


 エリナはついに何も言わなくなった。どれだけ責めようともレオルドは既に過去のことを受け入れており、自分が何をするべきかを知っている。だから、どれだけ非難されようともレオルドは意思を曲げることをしない。

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