第299話 経験豊富なのよ

 ハーヴェスト公爵家に戻ってきた三人は帰ってきたことを報告した後、シルヴィアを王城へ送ることにした。また、三人で一緒に転移魔法で移動する。着いた場所は王城の目の前で三人は門番によって中へ通されると、真っ直ぐに突き進んでシルヴィアの部屋へ向かう。


 シルヴィアの部屋に着くと、そこにはシルヴィアの護衛である近衛騎士のレベッカと侍女であるリンスが待っていた。


「ただいま戻りました。二人共、心配を掛けましたわね」


「いえ、心配はしておりませんでした。レオルド閣下がお側にいましたのでよほどのことがなければ問題ないでしょう。それに加えて今はシャルロット・グリンデ様までお側におられますので天変地異が起きようとも心配はないでしょう」


「あら〜、そんなに褒められると照れちゃうわ」


「まあ、俺の場合は天変地異が起きたら流石にな」


「お気に障ったなら申し訳ありません」


「いや、気にするな。レベッカ殿の言い分は正しい。客観的に見た通りの判断が出来ている」


「恐れ入ります……」


「さて、それでは俺達はこれで失礼します」


「じゃ〜ね〜。シルヴィア」


「はい。レオルド様。シャルお姉様。また会いましょう」


 レオルドは頭を下げて、シャルロットは気軽に手を振ってシルヴィアと別れる。二人はそのまま部屋を出ていき、転移魔法で公爵家に戻った。部屋に残ったシルヴィアは疲れが溜まっていたようでだらしなく身体をベッドに投げた。ボフッと身体を投げたシルヴィアに侍女のリンスが話しかける。


「殿下。そのようなことしてはお召し物がシワになってしまいます」


「これくらい構いませんわ。少し、疲れたの」


「まあ、レオルド様に婚約を申し込まれて、その勢いのまま夜まで帰ってこなかったのですから疲れているとは思いますが……流石にお盛んすぎでは?」


「盛ってなどいませんわ! 妙な誤解はやめてくださいまし!」


「ホントですか?」


「ホントですわ! もうリンス! 貴女、少しイザベルに似てきてませんこと!?」


「ええ。イザベル様からは多少のことならば殿下は許してくださると教えていただいたもので」


「なっ! もうイザベルは後輩に何を教えているのかしら!」


「まあまあ、殿下。落ち着いてください。リンスもあまり殿下をからかうのはやめなさい」


 様子を見ていたレベッカは二人の間に入って仲裁をする。シルヴィアはレベッカに落ち着くように言われて落ち着きを取り戻し、リンスはレベッカに注意されたので謝罪して一歩下がる。


「はあ……。そういえば殿下。お食事は取られたのですか?」


「いえ、そう言えばまだ取っていませんでしたね。色々ありすぎて忘れていました」


「でしたら、すぐにご用意致しましょう」


 そう言ってリンスが部屋を出ていき、レベッカとシルヴィアの二人だけとなる。シルヴィアはリンスがいなくなったのでベッドでだらしなく腕を広げて天井を見ている。


「殿下。流石にそれはどうかと思いますよ」


「いいではありませんか。今は私と貴女しかいないんだし、周りを気にする必要はありませんもの」


「レオルド閣下が知ったら幻滅するかもしれませんよ?」


 禁じ手であろう想い人の名前を言って正そうとするレベッカだったが、もうそれは通じない。


「ふふん。レオルド様は私の悪いところも好きと仰ってましたから多少は問題ありませんわ!」


 ドヤ顔で反論するシルヴィアにレベッカはほんの少しだけ腹を立てる。しかし、シルヴィアの言う通り既にレオルドとシルヴィアは婚約を結んでおり、尚且つプロポーズをしたのはレオルドの方なのだ。ならば、シルヴィアの言うことは間違いない。レオルドがシルヴィアに幻滅することはもうないだろう。


「そうですか。しかし、男性というものは意外な一面で女性を嫌いになることもあるそうですよ?」


「え……! そ、それはどういうことですか?」


(まあ、私も本で読んだだけで本当かどうかは知らないけど……ここはちょっと殿下を懲らしめるために本の内容を伝えよう)


 レベッカは独り身である自分に対して幸せオーラ全開のシルヴィアにちょっとした意地悪をする。本で聞きかじった男性についての情報をあたかも自分の経験のように語りシルヴィアを不安にさせる。


「あわわわ……!」


 全て本で聞きかじった程度の情報ではあるがレベッカのまるで自分が体験したかのような話を聞いてシルヴィアは途端にポンコツになる。


「ふっ、どうです、殿下。わかっていただけましたか?」


「わ、私はどうしたら……」


 ベッドに倒れ込むシルヴィアを見てレベッカは少しやりすぎたかもしれないと後悔するが、もう遅い。シルヴィアはレベッカの根も葉もない話を完全に信じてしまっている。頭を抱えて狼狽えているシルヴィアと嘘だと発覚した時、どのように誤魔化そうかと考えているレベッカの元へリンスが夕食を運んでくる。そこでリンスが目にしたものは何故か頭を抱えて狼狽えているシルヴィアと難しい顔をしているレベッカであった。


「あの、なにかありましたか?」


 とりあえず、なにがあったかわからないのでリンスは状況を把握するために二人へ訊いた。


「リンス。実はレベッカから聞いたのだけれど殿方は――」


 リンスの問いにシルヴィアがレベッカから聞いたことを答える。それを黙ってリンスは聞いて、最後にチラリとレベッカを覗き見る。すると、レベッカはビクリと肩を震わせているのが見えた。


「はあ……。良いですか、殿下? それは結局レベッカ様の言い分です。世の男性全てに当てはまることではありません。あくまでもレベッカ様の経験談・・・でしょうから気にすることはありません。そもそもシルヴィア様のことをよく知っておられるレオルド様が今更気にすると思いますか?」


「言われてみれば、そうですわね。レオルド様が今更そのような些細なことを気にするとは思いませんわ」


「そうでしょう? なら、もっと胸を張って堂々としておけばいいのです」


 そう言われてシルヴィアはシャルロットに言われたことを思い出す。もっと自分に自信を持て、と。それと同じことを言われてシルヴィアはベッドから立ち上がり力強く宣言する。


「そうですわ! 私はもっと自信を持つべきでした。ありがとう、リンス。シャルお姉様にも言われていたことを思い出させてくれて」


「いえ、構いません。それではお食事にしましょう」


「ええ!」


 シルヴィアはリンスが運んできた夕飯を食べる。その最中にレベッカはリンスに近づき、シルヴィアに聞かれないように小さな声でお礼を言う。


「ありがとう。話を合わしてくれて」


「構いません。ですが、これは貸しです。いつか返してもらいますから」


 そう言ってニッコリと微笑むリンスにレベッカはあらぬ不安を抱き頬を引き攣らせるのであった。

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