第297話 すまん、大人しく捕まってくれ

 レオルドとシャルロットのじゃれ合いを見て苦笑いを浮かべていたゼファーはふと気になったのかシルヴィアの方へ顔を向けた。するとそこには怒って頬を膨らませているシルヴィアがいた。


 話しかけようかと悩んだゼファーであったが、何も話さないでいるのも気まずいと思い、ゼファーはシルヴィアに話しかける。


「二人はいつもこのような感じなのですか?」


 ゼファーはレオルドがシルヴィアに敬語を使っていたのを見ていたので、シルヴィアが身分の高い人物だと分かっていたから敬語を使う。

 シルヴィアはゼファーに話しかけられて嫉妬で膨らませていた頬を戻してからゼファーの質問に答える。


「そうみたいですわね」


「そうみたい? 知らなかったのですか?」


「いえ、聞いてはいましたが、見るのは初めてです。しかし、ここまで仲がいいとは想像もしてませんでした」


 シルヴィアの視線の先ではレオルドがシャルロットにヘッドロックを決めており、シャルロットが必死に逃れようとしている。

 ただ、その雰囲気はどこか楽しそうである。知らない人が見れば止めに入るような光景だが二人は当人達の関係を知っているので、止める事はしない。


 やがて、レオルドは許したのかシャルロットを解放した。ヘッドロックを決められていたシャルロットだがほとんど痛みはないようで平然としている。


「もうっ! こんな美人にあんな酷い事するなんてレオルドは最低ね!」


「人を転移魔法で飛ばしておいて忘れる方がよっぽどだろ! 下手したら一生無人島生活だったんだぞ!」


「別にいいじゃない。一人じゃないんだし」


「そりゃ一人よりはマシだが婚約したばかりだぞ。殿下の事も考えろ」


「まあ、確かに。シルヴィアが可哀想ね」


「俺も可哀想だろ!」


 などと息の合った漫才のような事を繰り返しながら二人は、シルヴィアとゼファーの元へ戻る。戻ってきた二人が目にしたのはジト目で睨んでくるシルヴィアと苦笑いを浮かべるゼファーであった。


 一体なぜシルヴィアはジト目なのかとレオルドはゼファーの方に目を向けるがゼファーは知らないといった素振りだ。では、シャルロットなら何か分かるかもしれないと目を向けるが、シャルロットも肩を竦めて知らないといった素振りである。


 結局、シルヴィアがどうしてジト目なのか分からずレオルドは頭を下げた。


「殿下、申し訳ありません」


「それは何に対しての謝罪なのです?」


 ごもっともである。レオルドはとりあえず頭を下げておけばいいと考えての判断だった。だから、シルヴィアがなぜ不機嫌なのかを分かっていない。


(むむ……なんで怒ってるんだ? さっきまでは別に普通だったのに……)


 先程までの行動を思い返すレオルドは一つずつ整理していく。まずはパンツ一丁でシルヴィアの前に立ったこと、そしてシャルロットとじゃれていたこと。

 ここでようやく気がつく。シルヴィアはレオルドがパンツ一丁でいたことに対してはそこまで怒ってはいなかった。


 しかし、シャルロットとじゃれあっていた事には怒っていた。つまり、ここから導き出される答えは一つしかない。


 そう、嫉妬である。


 恐らく、いいや、十中八九シルヴィアは嫉妬したのであろうとレオルドは考えた。確かに婚約者であるシルヴィアの前で別の女性と親しくしていたら、不安になるし嫌な気持ちを抱いてもおかしくはない。

 それが分かったレオルドは改めて謝罪の言葉を述べる。


「申し訳ございません、殿下。婚約者の身でありながら軽率な行動でした」


 その謝罪を聞いてシルヴィアはどうやらレオルドが分かってくれたのだと理解して許す事にした。


「レオルド様。シャルお姉さまと仲がよろしいのは結構ですがあまり見せ付けないでくださいませ。その私も複雑な気持ちになってしまいますので」


「はい。申し訳ありませんでした。ところで一つお尋ねしたいのですが、シャルお姉さまというのは?」


 シルヴィアの口から聞きなれない単語が飛び出してきたので、レオルドも思わず訊いてしまう。


「え、あ、これはその……」


 当たり前のようにシャルロットを姉呼びしたシルヴィアは照れてしまい、顔を赤くして戸惑っている。

 そこにシャルロットがシルヴィアへ近寄り、シルヴィアを抱き寄せて力強く言い放つ。


「私がお姉様なのよ!!!」


「いや、分からんわ!」


 訳のわからないシャルロットにツッコミを入れるレオルド。そして、照れながらシャルロットの胸に顔を埋めているシルヴィア。そのような光景を蚊帳の外から一人見せ付けられたゼファーは遠い目をしながら水平線に沈み行く夕日を眺めていた。


「すまん。待たせたな」


「いや〜、はは。そんなに待ってないよ」


 数十分は待たされたゼファーは軽く笑って誤魔化してはいるが彼は体感時間で数時間は待っていた。三人の仲睦まじい空気に耐えたのは素直に褒めてもいいだろう。


「あの、レオルド様? そちらのお方はどちら様なのでしょうか」


「ああ、彼は帝国守護神の一人だった禍津風のゼファーですよ」


「えっ!? 指名手配されている方がどうしてここに!?」


「ははっ。やっぱり指名手配されてたか〜」


「レオルド様! 捕まえて帝国に突き出すべきでは!?」


「あ〜、いや、まあ、本人の前で言うのもなんですがこいつは利用価値があると思うんです」


「それホントに本人の前で言う? 結構傷つくんだけど……」


「で、ですが、王国が匿っていると帝国に知られたら大変な事になりますよ!」


「殿下の言うとおりだな。よし、ゼファー。すまんが大人しく捕まってくれ」


「いやいや! どんな手の平返しの早さ!? さっきは利用価値があるって言ってくれたじゃないか!」


「うむ。そうなんだが、やはり殿下の言う事が正しくてな」


「そりゃ彼女の方が正論だけどさ! もう少し考えてくれてもいいだろ!?」


「むむ。どうします、殿下?」


「え、ここで私にですか……。本来ならば捕まえて帝国に突き出すのがベストなのですが、レオルド様の言うとおり帝国守護神である彼は破格の戦力ですから軍事利用すれば大きく王国に貢献するとは思います。が、やはり発覚してしまった場合のリスクを考えますとここは捕まえるのが妥当かと……」


「よし捕まえよう」


「いや、そんな軽いノリで捕まりたくないよ!」


 しばらく茶番が続き、どうしようかとレオルドとシルヴィアが考えていた時、シャルロットが発言した。

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