第288話 エンダアアアアアアイヤアアアアアアア

 しばらく二人の間に静寂の時が訪れる。どちらも言葉を発さず、ただ黙っているだけ。しかし、いつまでも黙っているわけにはいかないレオルドが遂に口を開いた。


「殿下。先日の件でお話したい事がございます」


「先日の件というと……ッ!」


 シルヴィアの息を飲む音が、はっきりとレオルドの耳に届いた。どうやら、レオルドがなにを言いに来たのかをシルヴィアは理解したようだ。遅かれ速かれいずれは答えを聞かねばならない事であったが、まさかこれほどまでに早く答えを聞く機会を得ることになろうとは予想もつかなかっただろう。


「殿下。私は先程陛下から王家との婚姻を持ちかけられました。しかし、此度の功績により私は結婚相手を自由に選べる立場という事を陛下に教えてもらいました」


「それは喜ばしい事ですわね」


「ええ。ですから、私は私の意志で選ぼうと思うのです」


「まあ、それは選ばれる女性は喜びになることでしょうね。今や救国の英雄と称されるレオルド様に選ばれるのですから」


 出来る事ならば自分が選ばれたいと願うシルヴィアだが、もはや叶う事はないだろうと思っている。以前、一度断られている上に自身の性癖というか業というか、まあなんにせよ自らが招いてしまった結果のせいだ。

 初恋は実らないというがまさにその通りだとシルヴィアは儚く笑う。悲しい結末だが、せめてレオルドの幸せだけでも祝福しようと誓うシルヴィアは冷めた紅茶を一口飲む。


「殿下——」


 レオルドがシルヴィアを呼ぶと一陣の風が中庭に吹き渡る。中庭に植えつけられている花弁が風で舞い散る中、レオルドは告げる。


「以前一度お断りした身ではありますが、どうか私と結婚して頂けないでしょうか?」


 強く強く風が吹きぬけた。まるで世界がレオルドの背中を押しているかのように。


「……今、なんと仰いました?」


 震えそうになる声を必死に抑えてシルヴィアはレオルドに尋ねる。先程の言葉は確かに聞こえていたはずだがどうしても信じられなかったから。だから、どうかもう一度言葉にして欲しいとシルヴィアは願ったのだ。


「何度でも、何度でも紡ぎましょう。私と結婚して頂けないでしょうか? シルヴィア殿下」


 優しく爽快な笑みを浮かべてレオルドは愛の告白を紡ぐ。それを聞いてシルヴィアは歓喜に震えるかと思いきや、ただ困惑しながら俯いている。


「なんで、なんで? だってレオルド様は私の事が嫌いだって……!」


 以前、断られた時に理由を知っているシルヴィアはどうして好きでもない相手に結婚を申し込んでいるのか分からなくて酷く取り乱しながらレオルドに問い掛ける。


「どうしてなのですか? レオルド様は私の事が疎ましいのでしょう? それに帝国でも好きとは仰ってくださらなかったのに、なんで私を……選んだのですか?」


 今にも泣き出しそうなシルヴィアは椅子から立ち上がり身を乗り出すようにレオルドへを見詰めている。


「始まりはそうでしたね。私は殿下の事を好ましくは思っておりませんでした。私を弄ぶように振舞われる殿下は苦手でした。だから、最初婚約を断ったのです」


「でしたら、なぜ!?」


 問い掛けられたレオルドは考える素振りを見せるが、答えは至ってシンプルだった。


「好きだからです。今は貴方がどうしようもなく」


「ッ……だとしても結婚となれば話は別でしょう? レオルド様。貴方は耐えられるのですか? 私との生活に」


 シルヴィアが言っているのは自身の性癖のこと。今でこそなりを潜めてはいるが消えたわけではない。いずれ、またレオルドを虐める可能性は大きい。かつて断った原因をレオルドが耐える事が出来るのかどうか。それが知りたいシルヴィアはレオルドを問い詰める。


「結婚とは色々ありますが、私個人の意見を言わせてもらうと受け入れることだと思うのです。結婚するという事は、その人と生涯を共にしていくこと。ならば、相手の良い所も悪いところも目にする事があるでしょう」


 そこで一度言葉を切りレオルドはシルヴィアを見詰める。


「ですから、好きも嫌いも全部受け入れることこそが重要なのだと思うのです。それに私は殿下の良い所も悪い所も知っております。まあ、悪いところのほうが目立っていますが、それら全てを含めて貴方が愛おしいと感じたのです」


 思いの丈を全てぶつけたようでレオルドはシルヴィアに向かって微笑を浮かべた。


「どうでしょう、殿下。納得していただけたでしょうか?」


 レオルドの言葉を聞いて俯くシルヴィアはポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「私、面倒な女ですよ?」


「ええ、知ってます」


「私、嫉妬深い女ですよ?」


「存じています」


「私、質の悪い女ですよ?」


「承知の上です」


「本当に私でいいのですか?」


「貴女がいいんです。貴女でなければいけないんです」


 ついに耐え切れなくなったシルヴィアがぐずぐずと鼻を鳴らしてしまい、目から大粒の涙をポトポトと地面に落としてしまう。


「レオルド様。私で良ければ、どうか末永くお願いします」


 幸福の涙を流しながらシルヴィアは手を伸ばした。差し出された手を取るレオルドは、シルヴィアの目を真っ直ぐに見詰めて返事をする。


「こちらこそお願いします」

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