第285話 くうう、気持ちよかったのでもう一度いいですか?

 優雅な馬車の旅を終えてレオルドは遂に王国へ帰ってきた。ひとまず、長旅の疲れを癒すためにレオルドは実家へ帰ることになる。その際、カレンだけお土産を届けるという名目で先に転移魔法を用いてゼアトへ戻った。


 レオルドとシャルロットの二人はレオルドの実家。ハーヴェスト公爵家へ向かう。二人きりになった馬車の中でシャルロットはレオルドを茶化していた。


「で、で、で? どうだったの〜? 私の膝枕の感触は?」


「……」


 神経を逆なでするように煽ってくるシャルロットにレオルドはピキピキと青筋を立てながら沈黙を貫いている。


「素直に気持ち良かったですって言いなさいよ〜」


 シャルロットの言うことは正しく、レオルドはシャルロットの膝枕で気持ちよく眠ってしまったので反論も出来ない。しかも、割とがっつり堪能してしまったので口が裂けても言えないだろう。


「ほらほら、黙ってないでなんとか言ったらどうなの〜?」


(くそぅ……! わかって聞いてるから質が悪い! しかし、事実なんだよな〜! シャルの膝枕が気持ちよかったのは。でも、絶対に言ってやらん!)


 認めてはいるが絶対に言葉にはしてやらないと口を固く結んでいるレオルドはシャルロットから目を背けて外ばかり眺めている。


「もう隠さなくてもいいのに。うりうり〜」


 そっぽを向いているレオルドの頬っぺたを指で突くシャルロットは楽しそうに笑っている。なすがままにされているレオルドは必死に怒鳴るのを我慢しておりプルプルと震えている。しかし、ついに我慢の限界を迎えてしまい、怒鳴りながら胸の内に隠していた思いを曝け出す。


「ああ、くそ! 想像以上に気持ちよかったよ! またして欲しいくらいにな! これで満足か。ええっ!?」


 怒涛の勢いにシャルロットもキョトンとしてしまう。まさか、そこまで言われるとは思ってもいなかったのでシャルロットもついつい照れてしまい顔がニヤけるのを隠せなかった。


「そっか〜。またして欲しいんだ〜。ふ〜ん。へえ〜」


 思ったよりも嬉しかったらしくシャルロットはニヤけ顔が戻らない。チラチラとレオルドの方を見るのでレオルドも気になってしまい、振り向いて口を開く。


「なんだ! なにがおかしい!」


「ううん。なんでもないわ」


 ニッと笑うシャルロットにレオルドは胸が高鳴ってしまうのを抑えられなかった。いつもは大人の色気をムンムンに出しているシャルロットが悪戯が成功した少女の如く朗らかに笑うのでギャップが堪らない。


(くぅ! 狙ってんのか! それとも素なのか! ちくしょう! ギャップ萌えありがとうございます!)


 口にこそ出さないが心の中でシャルロットの普段とは違う魅力にときめきを隠せないレオルドは感謝の言葉を述べた。


 そのようなやり取りが終わった頃に馬車が停止した。どうやら、ハーヴェスト公爵家に着いたのだろう。馬車の運転をしていた御者が中にいる二人へ声を掛ける。


「ハーヴェスト公爵家に到着致しました」


「わかった。ご苦労だった」


 二人が馬車から降りると帰って来るのを待っていたレオルドの家族が出迎えた。


「無事で何よりだ、レオルドよ」


「ただいま戻りました。父上」


「うむ」


 まず最初に出迎えの言葉を述べたのはベルーガであった。それから次にオリビアなのだが、レオルドの方へ駆け寄り、その豊満な胸にレオルドを抱き寄せる。


「あなたと言う子はどうして心配ばかりさせるの! 無事だったのなら無事だったと一言くらい連絡しなさい! どれだけ私たちが心配したと思うの……」


 言い訳をしようにもレオルドは顔面から母親オリビアの胸に埋もれているので喋ることはおろか息すらまともにできない。


 あらゆる困難を乗り越えてきたが、ここに来て最大の危機を迎えるレオルド。安息の地である実家は最大の死地だった。はたから見れば美人ママの胸に顔が埋まっているだけなので天国に見えるが、その本人は窒息死寸前である。


 最初は呻き声を上げていたのに、どんどん勢いは衰えていき、最後は何も発さなくなったレオルドは抵抗をやめてダランと腕を下げている。


 母は強し。まさにその瞬間であった。


 まあ、流石に危険だったので妹であるレイラがオリビアからレオルドを引き剝がす。


「ちょっと、母様! レオ兄さまが死んでしまうわ!」


「え! あ、私ったらつい……」


「心配なのは私もわかりますが、つい勢いで殺すのはやめてください!」


「ご、ごめんなさいね。レオルド」


 窒息しかけていたレオルドはレイラの手によって無事生還を果たした。


「ここは……天国か……?」


「現世よ! レオ兄さま、しっかりして! 救国の英雄ともあろう御人おひとが母親の胸で窒息死なんて笑い話どころではないわよ!」


「う、うぅ……」


「しっかりして、レオ兄さま!」


 朦朧としているレオルドを必死に揺さぶり呼び起こそうとしているレイラ。その頑張りが実ったようでレオルドは完全に意識を取り戻した。


「はっ……! 生きているのか、俺は」


「よかった〜〜〜!」


「む、レイラか。お前が俺を助けてくれたのか?」


「そうよ。もう本当に危ないところだったんだから感謝してよね!」


「ああ。ありがとう。もう少しで窒息死するところだった」


 レオルドから感謝の言葉を受け取ったレイラはオリビアに注意する。


「今後、母様はレオ兄さまを抱きしめるのは禁止ね!」


「ええっ!? それは流石に酷いわ」


「だって、母様ったら毎回レオ兄さまを胸元に抱きしめて窒息死させようとしてるじゃない!」


「それはそうだけど。でも、息子なんだし……」


「勿論わかってるわ。でも、嬉しくても心配でも毎回抱きしめて窒息させているのは事実でしょう?」


「う……はい」


 レイラの言い分は正しく、オリビアもたじたじで言い返すことが出来ない。まあ、確かに毎回窒息するレオルドの身としてはレイラの言うことは有難い。


「まあまあ、二人とも。折角レオ兄さんが帰ってきたんですから喧嘩はやめて、ね?」


 その時、レグルスが二人の間に割り込んで仲裁を試みる。


「それもそうね。ごめんなさい、母様。少し言い過ぎました」


「いえ、いいのよ。レイラの言うことも正しいから。でも、その家族としてのスキンシップで抱きしめるのは許してほしいかなって……」


「母様!」


「は、はははは……」


 全く懲りていないオリビアにレイラが怒り、どうする事もできないレグルスは渇いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

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