第281話 蠱惑的な毒よ

 自覚した途端、レオルドは走馬灯のように今までの事を思い出す。


(思えばシルヴィアが不機嫌になる時は女性に関係する事だった。シャルロットに絡まれてる時や闘技大会の時、どれも全部女性に言い寄られていた……! つまり、シルヴィアは嫉妬していた……? え、なにそれ可愛いんだけど)


 数々の場面を思い出したレオルドは、シルヴィアが不機嫌になっていた理由を知る。まあ、シルヴィアが嫉妬するのも無理はない。なにせ、マイナーなバンドがメジャーデビューしたようなものだから。とは言ってもシルヴィアも最初からというわけではない。

 レオルドが真人の人格と記憶が融合して変わり始めた頃からなのだ。途中からではあるが、最初に興味を示したという点ではシルヴィアが一番である事は間違いない。


「あのレオルド様?」


「は、ははははい!?」


 今度はレオルドがうろたえる番だ。シルヴィアの気持ちを知ってしまったレオルドはまともに顔が見られない。なにせ、シルヴィアは絶世の美少女とも言える容姿に加えてレオルドに好意を持っているのだ。意識すればするほどシルヴィアが可愛く見えて仕方がないレオルドは目も合わせられない。


(やばいやばいやばい!!! シルヴィアが煌いて見える! なんだこれ! 滅茶苦茶可愛いやんけ!)


 心臓をばくばくと鳴らせるレオルドはシルヴィアを視界に入れるたびにキラキラとしたエフェクトがシルヴィアに施されている。


(落ち着け、オレェ!!! シルヴィアは俺のことが好きだけど虐めるのも好きなサディストだ! 絆されてはいけない! 絆されてしまえば、未来永劫意地悪されるだけだ!)


 必死に胸の高鳴りを押さえるようにレオルドはシルヴィアのドSな部分を強調する。そうすれば、きっとこの胸の高鳴りも静まるはずだと思っていた。


 だが、甘い。シルヴィアがレオルドに仕込んだ毒はついに効果を発揮する。


(あれ……そういえば最近シルヴィアって俺のことをあんまりからかってこないよね?)


 思い出してしまった。シルヴィアは母親のアドバイス通りにレオルドを虐めるのを最小限に控えていた。その事を知らないレオルドはまんまとやられてしまったのだ。

 シルヴィアは引き際を弁え、レオルドが本当に嫌がることをしなくなった。そのおかげでレオルドとの距離を縮める事に成功していた。だからこそ、レオルドもシルヴィアの事を憎からず思っていたのだ。


 その結果が今なのだ。もはや、逃れる事は出来ない。レオルドもシルヴィアも互いに想い合っていることは間違いない。友達以上恋人未満の所にまで来ている。あとはほんの少しのきっかけがあればいい。


 そう、ほんの少しの切っ掛けがあればいいだけ。


「レオルド様。やはりまだお体が優れないのでは?」


 心の底から心配そうにレオルドを思うシルヴィアに耐え切れるはずもなく、レオルドは遂に目をギャグ漫画のようにグルングルンと回して——


「ゴハッ……!」


 ——度重なるストレスにレオルドの胃が限界を迎えたのか吐血して倒れてしまった。


 何と情けない姿か。これが帝国最強の炎帝へ勇敢に立ち向かった男の姿とは到底思えない。恐らく、語られるであろうレオルドの英雄譚には載せられない。


 突然、目の前で血を吐きながら前のめりに倒れるレオルドの姿を目撃してしまったシルヴィアは動揺を隠せず悲鳴を上げた。


「きゃああああああああ! レオルド様ーッ!?」


 部屋の外に待機していたレベッカがシルヴィアの悲鳴を聞いてドアを勢い良く開けて中に入ってくる。


「殿下ッ!!! 今の悲鳴は!?」


「レ、レベッカ! レオルド様がレオルド様が!」


 あまりの衝撃にシルヴィアは上手く状況説明が出来ない。レベッカは一体なにがあったのかと部屋の中を見回すが襲撃された気配はない。では、なぜレオルドが血を吐いて倒れたのだろうかと疑問を浮かべるレベッカだが、まずは倒れたレオルドを助ける事が先決であると判断して駆け寄る。


「殿下。一先ず説明は後で。まずはレオルド伯爵を助けなければ!」


「え、ええ! 私はどうしたらいい!?」


「まずは落ち着いてください。私が医者を呼んできますので殿下はレオルド伯爵のお側に」


「わ、わかったわ!」


 想い人であるレオルドがいきなり血を吐いて倒れるものだからシルヴィアはいつもの冷静さを失っており混乱していた。それを落ち着かせてレベッカは医者を呼びに走った。


 それからレオルドが血を吐いて倒れたことが広まり、城の中は大騒ぎだ。寝ても覚めても人を騒がせてしまうレオルドは罪深き人間であろう。

 その後、駆けつけた医者により回復魔法をかけてもらったレオルドは無事に意識を取り戻し、一同は安堵の息を吐いたのであった。


 翌日、ベッドの上で寝転んでいるレオルドの側にはシルヴィアとレベッカの姿があった。


「……あの〜、殿下? もう大丈夫だと思うので、いつまでも私の側にいなくても……」


「私がお側にいてはご迷惑ですか?」


 そんなことはないのだがレオルドの精神が持たない。シルヴィアの気持ちを理解している今、どうしてもシルヴィアの事を意識してしまう。だから、側にいられるとついつい目を向けてしまうのだ。


 その度に目が合うのだが、シルヴィアが毎回狙っているかのようにコテンと可愛らしく首を傾げるものだからレオルドはいちいち胸が高鳴って仕方がない。

 対して、シルヴィアの方は狙ってやってるわけではない。レオルドが度々目を向けてくるので何か御用ですかという意味を込めて首を傾げているのだ。その様子がたまらないほどに可愛らしく見えるレオルドのほうがおかしい。


 大体、シルヴィアが離れなくなったのもレオルドが原因だ。究極のへたれっぷりを発揮して吐血したレオルドが悪い。あの場面で吐血しなければシルヴィアもレオルドの側にずっといようとは考えなかったはずだ。


(また血吐くかも……)


 胃の心配をするレオルドだが案ずる事はない。既にシルヴィアが念のためにと王国へ使いを出し、シャルロットを呼んでいる。


 だから、大丈夫だ。何も心配する事はない。

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