第280話 まだだ、まだ笑うのは早い
シルヴィアの質問にレオルドは困惑するが、聞かれた以上は何か答えなければならない。だが、どのような答えを言えばシルヴィアが納得するかは分からない。
一向に返答してくれないレオルドを見てシルヴィアは僅かに期待する。何の好意も抱いていないのなら臣下としての建前を即答するはず。だが、それもない。なら、少なくともレオルドは自分に臣下としてではなく別の思いも抱いているのではないかとシルヴィアは考えた。
「……殿下をお守りするのは臣下の務めですので」
当たり障りのない答えであるが、その言葉を搾り出すまでに時間を要したという事は、レオルドも自分と同じように別の思いを抱いているとシルヴィアは確信する。
「レオルド様。ここには私と貴方の二人しかいませんわ。建前でなく貴方の本心を聞かせてください」
追求するなら今しかないとシルヴィアは攻め立てる。この機を逃せば次はいつになるかわからない。それにうかうかしているとレオルドを他の女性に奪われてしまうかもしれない。
なにせ、レオルドは今回の戦争を終結に導いた立役者なのだから、国が黙っているはずがない。恐らく、レオルドを囲うために王家との婚姻を結ばせるだろう。そうなれば、以前断られたシルヴィアではない王家の女性が嫁ぐ事になる。
(ああ……嫌になる。本来であればレオルド様を繋ぎ止める役目は王家の女性であるならば誰でも良い。でも、そんなのは嫌。レオルド様の横に他の女がいるなんて許せない。なんと、なんと卑しい女なのでしょうか、私は……。感情に身を任せて王家の不利益になるようなことをしてしまうなんて)
なんと醜い女なのだろうかとシルヴィアは自己嫌悪に陥る。ただ、それでもレオルドだけは失いたくない、取られたくないとシルヴィアは必死に己の恋を守ろうとしている。
(これほどまでに恋とは厄介なのですね。初めて知りましたわ。この胸の痛み、掻き毟られるような嫉妬、そして強く思う程膨れ上がる愛憎。愛おしくて愛おしくて、同時に憎たらしい。どうして、貴方は私の気持ちを
どうしようもないくらいにシルヴィアはレオルドに恋焦がれている。初めて会った時は誕生会でレオルドは傲慢な態度で興味の欠片もなかった。
それから時が経ち、人が変わったようにレオルドはその名を広めることになった。そこからだった。シルヴィアが本気でレオルドに興味を持ち始めたのは。
それが今では恋に変わり、今もこうしてシルヴィアを苦しめ蕩かせている。我が侭を許される立場ではないがシルヴィアはどうしてもこの恋を成就させたいと願ったのだ。
「……本心ですか」
「ええ。お聞かせ願えないでしょうか?」
「……なぜ聞きたいのです?」
「では、逆に問いますがレオルド様は部下から無償で遺物を貰っても何も感じませんか?」
そう言われると確かにレオルドも部下から遺物を無償で貰ったら何か裏があるのではないかと邪推してしまう。だから、シルヴィアがなにを言いたいのかをレオルドは理解した。遺物を献上した目的を知りたいのだろうと分かったレオルドは、心の内を口にする。
「ただ、殿下に死んで欲しくなかったのです。戦争が始まったと知り、私は殿下の身が危ないと感じたのです。恐らく皇帝は殿下を亡き者にしようと暗殺者を送り込んでくるのではないかと予想出来ましたので」
「それだけですか?」
死んで欲しくないというのはレオルドの紛れもない本心である。
「それだけです」
「どうして、レオルド様は私に死んで欲しくないと思ったのですか?」
「どうして……?」
途端に答えられなくなるレオルドは思考の海に潜ってしまう。どうしてと聞かれても、ただ死んで欲しくなかったから。それ以外を考えるレオルドは自分の心がよく分からなかった。
(どうして死んで欲しくないと思ったんだ、俺は?)
その答えが未だに出てこないレオルド。真剣に悩み、戸惑っている様子のレオルドを見てシルヴィアはレオルドが自身の気持ちを理解していないのではと推測する。
「レオルド様。あまり深く考えないでいいのですよ?」
「…………」
深く考えなくていい。そう言われたレオルドはもっと簡単に考えた。死んで欲しくないということは生きていて欲しいということだ。
では、どうして生きていて欲しいのか。それはシルヴィアのスキルが有用だからか。それは違うと断言できる。なぜならばレオルドも憎からずシルヴィアに好意を抱いていたから。
(ああ、そっか。俺ってシルヴィアの事嫌いじゃないんだ。シルヴィアも俺の中では大切な人の一人だったんだ)
ストンと心のつっかえが取れたように納得したレオルドは、穏やかな表情を浮かべてシルヴィアを見据える。
「殿下。私はきっと殿下の事が大切なんです。失いたくないくらいに」
曇り空が晴れたように穏やかな笑みを浮かべてシルヴィアを大切な人だと言うレオルドに対してシルヴィアは悶絶してしまう。
(はうあっ!!! き、ききききき聞き間違いではありませんよね!? レオルド様は確かに私のことが大切とそう仰りましたわ!)
これは相思相愛なのではとシルヴィアも考えるが、慌ててはいけない。一度失態を犯しているのだ。ここは冷静に慎重に答えなければならない。
「レオルド様。それはその……どういった意味でしょうか?」
「守りたい大切な人。そういう意味です」
「そ、それはもしかして……異性としてでしょうか?」
「んんんっ!?」
ここでレオルドも自分が何を口走っているのかを理解する。シルヴィアに指摘されて初めて自分がとんでもない事を口走っていることを知ったレオルドは、どうやってこの場を凌ごうかと慌て始める。
「え、あ、いや、それは、そのですね。民や家族と同じくらいに大切な人という意味でして……」
そこまで言いかけてレオルドは気が付く。先程のシルヴィアの言葉を思い出してレオルドは頭を回転させた。
(ん? 待て。シルヴィアはなんでそこで異性としてなんて聞いたんだ? もしかして、俺のことが好きなのか? え? 面白い玩具ではなくて一人の男として? まさか、そんなわけ……)
チラリと彼女の顔を盗み見るレオルドの目に映ったのは顔を上気させて潤んだ瞳でレオルドを見詰めるシルヴィアであった。
(マジ?)
流石のレオルドも勘付いた。シルヴィアはレオルドのことが好きなのだと。一度自覚してしまえばレオルドも意識せざるを得ない。
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