第268話 奴にはまだ三回変身が残っている

 二人の猛攻にグレンが切り札を発動させる。陽炎が立ち昇り、二人の魔法を燃やし尽くした。


「アレは、煉獄炎装れんごくえんそう!?」


 セツナは驚愕の声を上げた。グレンが発動させたのは、煉獄炎装というグレンが生み出した炎帝たる魔法。それは炎を身に纏い、最強の矛にも最強の盾にもなる魔法だ。


 ただし、欠点もある。煉獄炎装を使えば自身も焼け焦げてしまう。なので、ごく僅かな時間しか使えないという重大な欠陥が存在する。


 しかし、それでも煉獄炎装は非常に強力な魔法だ。生半可な魔法では炎の鎧に阻まれ、煉獄炎装を発動したグレンの攻撃を受ければ灼熱の炎で焼かれる。


 つまり、グレンは短い時間だけだが無敵の存在と化す。


 そう、今グレンは無敵の存在と化したのだ。煉獄炎装を発動させたグレンは劣勢から逆転して優勢の立場へと変化した。


 そして、グレンが煉獄炎装を発動させた事を知ったレオルドはと言うと運命48ゲームで何度も見た光景を目の前にして興奮していた。


(す、すげえ……。アレがグレンの最終形態か。ゲームでも見たことあるけど実物はもっと凄いな。でも、煉獄炎装を発動させたってことは魔力か体力が限界に近い証拠だな)


 攻略知識を思い出すレオルドは煉獄炎装を発動させたグレンが追い詰められている事が分かった。

 ゲームだとグレンの残り体力が四割を切ると、煉獄炎装を発動してくる。攻撃力と防御力が大幅に上昇して並大抵の攻撃は通じなくなるなどの凶悪なものになるが、グレン自身も煉獄炎装のせいで自傷ダメージを負うことになる。

 放って置けば自滅するように思えるのだが、そう甘くはない。プレイヤーが逃げようとすればグレンの行動回数が増えたりして追い詰められるので逃げる事は出来ない。


 非常に厄介なものだがここは現実なので逃げ切る事は可能だ。とりあえずレオルドは逃走を図ろうとしたが、グレンの炎魔法で玉座の間は閉ざされてしまう。


 ゲームではなかった動きにレオルドは思わず驚いてしまうが、相手が逃げる事をグレンが想定しないわけがない。


(なるほど。退路を断ったか……。グレンを倒すか、倒されるかの二択しかないわけね)


 どこにも逃げ場がないと知ったレオルドは覚悟を決める。


「セツナ! 今のグレンを相手にどれだけ時間稼げる?」


「えっ! えっと……多分、三分。いや、二分が限界」


「そうか。なら、無茶な頼みだが三分でいい! どうにか俺を守ってくれ!」


「なにするつもり?」


「ありったけを食らわせてやる。俺が今放てる最高の技をグレンに叩き込む」


「勝算は?」


「あるさ。なにせ、これは——」


 少し溜めてからレオルドはセツナに告げた。


「——対世界最強シャルロット用に考案したものだからな」


 不敵に笑みを浮かべるレオルドは目を閉じて魔力を高める事に集中する。


 先程の発言を確かに聞いていたセツナはレオルドを信じてグレンの足止めに徹する。魔力共有しているおかげでいつも以上に魔法を連発できるセツナだが、煉獄炎装を発動させたグレンは手強い。

 しかも、先程はレオルドと二人掛りでやっとだったと言うのに今は一人なので余計にだ。


 それでも、自分を信じてくれたレオルドの期待に応えるためにセツナは自身の限界以上の実力を発揮した。


「守る! 絶対に!!!」


 初対面であるレオルドの為にどうしてそこまでするのかと思われるが、理由は至極単純なものであった。助けられたから助ける。それが別の人であっても、助けてくれた彼女達の親しい人ならば関係ない。

 恩には恩を。それがセツナの考えであった。


 セツナがグレンを必死で足止めをしている中、レオルドはひたすらに魔力を高めていた。対シャルロット用に考案したと言う魔法はすこぶる燃費が悪い。


 シャルロットは常に魔法障壁と物理障壁を展開しており、ほぼ無敵の存在だ。しかも、戦闘時になれば障壁はさらに増えてこちらの攻撃が一切通らなくなる。

 だから、シャルロットにダメージを与えるには障壁を全て破壊しなければならない。だが、シャルロットは障壁が破壊されれば即座に修復するので一枚や二枚破壊した所で意味はない。


 だから、シャルロットにダメージを与える方法は超高火力による一撃で全ての障壁を貫かなければならないのだ。


 まあ、今のシャルロットは転移魔法も習得しているので転移されて逃げられるがそれは気にしてはいけない。


 そこでレオルドが考えたのがライトニングブラスターを極限まで強化する事だった。電撃砲を放つだけのシンプルな魔法ではあるが威力、発射速度などはレオルドが使える魔法の中では最上位に入る。


 ただ、まだ上手く使いこなせていないので強化したライトニングブラスターを放つまでに時間を要するのだ。その時間がレオルドの体感で三分。


 セツナがグレンを抑えている間にレオルドはどんどん魔力を高めていく。限界を超えてライトニングブラスターを放つ為に、レオルドはさらに集中力を増した。


 パリッと音が鳴りレオルドの身体の周りに電気が迸る。セツナは背後の方で尋常ではない魔力を感じたが、振り返ることなくグレンの足止めに専念する。

 きっと、嘘ではないのだろうとセツナは確信していた。レオルドの言葉は真実なのだろうとセツナは信じていた。


 ならば、自分は言われた通りにグレン相手に三分持ち堪えればいい。後は、レオルドがやってくれる。それだけを頼りにセツナは限界を超えてグレンをたった一人で抑え続けた。


 そして、ついにその時が訪れる。たった三分ではあるが煉獄炎装を身に纏った最強のグレンを見事にセツナは抑え切った。所々、炎に焼かれてしまったが無事に仕事を果たせたとセツナは笑みを浮かべる。


「待たせたな」


「ううん。平気。後は任せていい?」


「ああ。少し休んでろ」


「うん。頑張って」


 肩を叩かれてセツナとレオルドが交代する。全身に雷を纏ったかのようにバチバチと閃光が迸っているレオルドはグレンを指差して叫んだ。


「これが俺の全力だあああああああああ!!!」


 レオルドが手の平から繰り出したのは超極太の閃光。名前はライトニングブラスターであるが、正式に名称を付けるならば限界を超えた電撃砲ライトニングブラスター・リミットブレイク

 その超弩級の電撃砲は真っ直ぐにグレンへ向かう。対するグレンは残った全ての魔力を防御に回して電撃砲を受け止める。


「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 レオルドが雄叫びを上げると電撃砲の威力は増した。踏ん張っていたグレンであったが、セツナとレオルドによって削られた体力、魔力では受け切ることが出来なかった。


 光の濁流に飲み込まれてグレンは消える。そうして、残ったのは大きな穴を開けた玉座の間だけ。そこに立っているのは息を切らしているレオルドと疲労困憊で立っているのがやっとのセツナだけであった。

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