第256話 いいぜ、かかって来いよ!

 セツナを仲間にするはずが、炎帝と遭遇してしまったレオルド達は逃げる事も出来ずに動けないでいた。


(クソが! 出口はグレンの向こう側……! 逃げようにもグレンをどうにかしない限りは……不可能!)


 最悪の事態にレオルドは必死に思考を巡らせるが、どうすることも出来ない。逃げようにも出口はグレンの背後にある。

 つまり、ここから生き延びるにはグレンを越えなければならないのだが、それはあまりにも難しい。


「……」


 先程から一言も発さないグレンを不気味に感じながらも警戒を緩めないレオルド。

 そんなレオルドへとモニカが近付いて耳打ちをする。


「レオルド様。ここは我々にお任せを」


「なにをするつもりだ?」


「我々三人が道を切り開きます。ですから——」


「ならん。お前達はシルヴィア殿下から預かった大切な部下だ。必ず生きて帰す」


 その言葉にモニカは胸が温かくなるが、シルヴィアから与えられた命令を守る為にレオルドへと進言する。


「申し訳ございません。レオルド様。我らはシルヴィア様からレオルド様をお守りするように言われております。ですので、ここは我らにお任せを」


 そう言ってモニカは決死の覚悟を胸に抱いて飛び出そうとしたが襟首をレオルドに掴まれてしまい、情けない声を出してしまう。


「グエッ……!」


 流石に女性相手にこれはないだろうと自己嫌悪しながらもレオルドはモニカを自分の後ろへと引っ張った。


「気持ちはありがたいが、ここは俺に任せろ」


「し、しかし!」


「勝てるはずがないと?」


「そ、それは……」


 思わずレオルドから顔を背けるモニカ。その反応は口で言っているようなものだ。言葉で表すよりもモニカの反応は物語っていた。


「ふっ……。まあ、俺もどうかしていると思う」


「で、でしたら、ここは我々に任せて」


「ただ、それでも仲間を犠牲にしてまで生き延びようとは思えんのだ」


 少なくともレオルドはここまで一緒に旅をしてきたモニカ達を死なせたくはないと情が移っていた。生きたいと思いながらも部下や仲間を犠牲にする事は出来ないとレオルドは、我ながら甘い自分に鼻で笑ったのだ。


「聞け! これから俺が炎帝を相手にする! お前達は殿下を連れてセツナを探し出せ!」


 力強く叫んだレオルドは土で作られた壁を自分とグレンを囲むように魔法で作り出した。

 それを見たジークフリート達はレオルドの覚悟を踏みにじる訳にはいかないと地下牢から脱出する。


 残ったのはレオルドとグレンの二人だけ。両者互いに言葉を発さずに睨み合っていた。


(何で無言なんだと思ったら隷属の首輪を嵌められてるんだっけ。なら、余計なおしゃべりはしないか)


 グレンは隷属の首輪により、魔法名を唱えたり詠唱をする事以外は喋る事を禁じられている。その理由は余計な事を喋らず、ただ黙って命令に忠実に従えという皇帝の考えのためだ。


 そういう理由があるとは知らないレオルドは腰に差していた剣を抜いてグレンに剣先を向ける。グレンは剣を向けられたにも関わらず微動だにしない。余裕の現われか、それとも隷属の首輪のせいなのかは不明だが、途方も無い緊張感が漂っているのは間違いない。


(剣を向けられても微動だにしないか……。余裕なのか、それともそういう命令を受けているのか……。詳細は分からんが、仕掛けてこないのならこちらから仕掛けるのみ!)


 不気味さに戸惑いながらもレオルドは地面を蹴ってグレンへと間合いを詰める。剣の届く距離にレオルドが近づいた時、グレンが動いた。


「ッ!」


 グレンの鋭い蹴りがレオルドを襲う。咄嗟に身を捻って避けるレオルド。一度、離れようとレオルドはバックステップで距離を開けた。


(攻撃されたら反撃するのか? 皇帝はどんな命令を下したんだ?)


 距離を置いたレオルドはグレンの行動に頭を悩ませる。一体、皇帝はグレンに何と命じたのか気になっている。


(気にしても仕方がないか。今はどう倒すかよりも、どう切り抜けるかが重要だ。カレン達も十分に逃げ出しただろうから、俺も後を追ったほうがいいだろう。まあ、そう簡単にはいかないと思うけど)


 一先ずグレンがどのような命令を受けたのかは考えず、どのようにしてこの局面を乗り切るかをレオルドは考える。


 その時、今まで攻めてこなかったはずのグレンが攻勢に出た。グレンは火属性の魔法をレオルドへ撃ち放った。


 メラメラと燃える豪火の塊がレオルドに迫る。咄嗟に障壁を張って魔法を防いだレオルドだが、安心するのも束の間グレンがレオルドへと近付いて来る。

 グレンは魔法を防いで気が緩んでいるであろうレオルドに向かって拳を叩き付ける。


 だが、レオルドはグレンの魔法を防いだからと言って気を緩めはしない。そもそもレオルドからすればグレンは遥か格上の相手。そのような格上相手にレオルドが気を緩める事など一切無い。


 むしろ、いつも以上に神経を尖らせている。当たり前だ。なにせ、今までレオルドが戦ってきた格上相手は基本鍛錬や試合と言ったもので殺し合いなどではなかったのだから。

 しかし、今回は違う。正真正銘の殺し合いだ。グレンは皇帝の命令によりレオルドを殺すだろう。レオルドも殺されないように抵抗する。その果てに相手を殺すことになるかもしれない。


(よくよく考えれば格上相手と本気の殺し合いはこれが初めてか……)


 呑気な事を考えているレオルドだが、二度目の実戦相手が帝国最強と呼ばれる炎帝なのは残酷な巡り合わせであろう。

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