第250話 子供の頃の夢だったんだ
意気揚々と帝国軍は進軍し、ゼアト砦の前にまでやってきた。報告どおり土の壁が砦に入ろうとする不埒な輩を拒んでいるが、帝国が持つ武器の前では何の役にも立たない。
砲撃部隊が大砲を撃ち、土の壁を簡単に破壊する。ガラガラと壁が崩れて土煙が舞う中、その様子を後方から確認していた指揮官は微笑んだ。
「ふふっ。大方、門の修理が間に合わず急いで魔法使いに土の壁を作らせたのだろうが、何の意味もない。今頃、王国軍は慌てふためいているころだろう」
見応えのある戦いになりそうだと確信していた指揮官であったが、すぐにその考えは吹き飛ぶ事になる。
文字通り、指揮官の頭が吹き飛んだのだ。側に控えていた副官は目を何度も見開き、首から噴水のように血を噴いている指揮官の死体を見詰めるのであった。
そして、ようやく事態を理解した副官は大慌てでゼアト砦に顔を向ける。土煙が邪魔で見えなかったが、やがて土煙が晴れると、そこには見たこともない兵器がずらりと並んでいた。
「アレはなんだ? アレは一体なんなんだ……っ!」
未知なる物に恐怖で声を震わせる副官をよそにその兵器は動き出した。
その様子を見ていたベイナードは冷や汗をかいていた。先程、ルドルフから提示された作戦はレオルドと共同で開発した新兵器を実戦に投入するというものだった。
「ベイナード団長。実はレオルド様と共同で開発していた新兵器がございまして、そちらならすぐにでも戦場に投入出来るのですが如何でしょうか?」
「それはどういうものなんだ?」
「まあ、口で説明するよりも見て頂いた方が早いかと」
そう言ってルドルフはベイナードを連れてマルコ達技術者がいる施設へと案内した。そこには、忙しく動き回っている技術者と指示を出しているマルコがいる。
一体、なにをしているのだろうかとベイナードが不思議に思ったとき、二人の来訪に気が付いたマルコが近付いて来る。
「あれ、ルドルフじゃないか? 戦争で呼ばれたんじゃなかったのか?」
「ええ。そうです」
「だったら、なんでここに? ていうか、そちらのお方は?」
「私がここに来た理由は少々ゼアトが危なくなりましてね。開発中のアレを実戦投入してみようかと思いまして。それと、こちらのお方は王国軍の総大将であられるベイナード騎士団長ですよ」
「ええ!? し、失礼しました。オイラの、いや、私の名前はマルコと申します! レオルド様の下で兵器開発をやらせていただいております。よろしくお願いします!」
知らなかったとは言え、マルコはベイナードに失礼な態度を取ったかもしれないと慌てて自己紹介をした。そんなマルコを見てベイナードは特に怒る事もなく、ルドルフが言っていたアレとやらが気になってマルコに尋ねる。
「構わない。俺はそういうのを気にしないからな。それよりも、ルドルフが言っているアレとはなんなのだ?」
「そ、そうですか。よかった。オイラ、堅苦しいのは苦手で。へへっ」
後頭部をかきながらニヘラと笑ったマルコは、ベイナードの質問に答える。
「えーっと、さっきルドルフが言っていたのは多脚式移動砲台のことですね」
「多脚式移動砲台? それは一体どんなものなんだ?」
「一応、形としては完成しているから見に行きます?」
そう言われてベイナードは首を縦に振る。それを見たマルコは二人を連れて施設の奥へと向かう。すると、そこには蜘蛛のような八本足の上に砲台が乗っている不思議なものがあった。
それを見たベイナードは首を傾げて、これは一体なんなのかとマルコに顔を向ける。
「これが多脚式移動砲台です。製作方法は機密事項なんでお答え出来ないですけど、材料なんかは特に秘密でもないんで教えますけど?」
「いや、別に材料とかは知らなくていい。これがどういうものなのかを教えてくれ」
どう説明しようかとマルコが考えた時、今まで付いてくるだけで何も喋らなかったルドルフが口を開いた。
「そこから先は私が答えましょう。こちらの多脚式移動砲台は元々レオルド様が発案された戦車というものが元となっており、それを私とレオルド様で改良した結果がこちらの多脚式移動砲台です。まあ、見ての通り動く砲台だと考えていただければ結構です。ただ操縦しなければならないので訓練を受けた操縦士が必要ですね。まあ、そちらはここの人間が出来ますので御安心を」
「……あー、大体わかった。お前はこれを実戦に投入したいわけだな?」
「ええ、はい。動作確認までは出来ておりますが実戦でのデータは取れておりませんので」
ベイナードは頭が痛くなってきていた。まさか、戦争を丁度よい実験の場にしようとする輩がいるとは思いもしなかったとベイナードはこめかみを押さえつつ、話を続ける。
「聞いておくが先日の魔法とこちらの多脚式移動砲台はどちらが危険だ?」
「え? まあ、こちらではないでしょうか? 動力源に魔力は必要ですが魔力の少ない一般人でも訓練を受ければ動かせますし」
(それは流石に危険すぎるだろう!)
手で目を覆いながらベイナードは上を向いた。ルドルフの話を聞く限りでは一般人でさえも動かす事が出来る兵器。そんなものが量産されればどうなるかなど容易に想像出来る。
戦争の歴史が変わるのは間違いない。帝国が開発した魔道銃も画期的で戦争の歴史を大きく変えたが、この多脚式移動砲台はそれ以上かもしれない。
だがしかし、今は急を要するのは確かだ。迷っている暇などない。ベイナードはどのような結末になろうともゼアトを死守しなければならないのだ。
ならば、やることは一つ。ルドルフに命じて多脚式移動砲台を使用する事。
「ルドルフ。用意できる多脚式移動砲台を全て出せ」
「仰せのままに!」
深々と礼儀正しく頭を下げるルドルフの顔は満面の笑みに満ちていた。ベイナードは見ていなかったがマルコはばっちりと見ていた。
(あー、アレは深夜テンションのレオルド様に似ているな~)
そのような事を思いながらもマルコは止める事をしなかった。こういう時の人間は好きなようにやらせるのが一番だと思ったから。
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