第248話 プライドってもんがあるんだよぉ!

 頬が引き攣っていたゼファーはなんとか冷静に努めようと引き攣っていた頬を手で元に戻すように撫でた。


「さあ、次はどんな魔法を見せてくれるのかしら?」


 ゼファーが冷静になろうとしているのにシャルロットは気が付かず、神経を逆なでるような事を口走る。

 世界最強ゆえの余裕からくる態度であろう。ゼファーは怒るのも馬鹿らしくなってくると笑いがこみあげそうになっていた。


(ははは。まるで母親が赤子の一挙一動に喜んでいるようだ。まあ、それもそうか。僕の魔法は今のところ彼女にとっては児戯に等しいんだろう)


 実際、シャルロットの方はじゃれついてくる子猫の相手をしているかのように楽しんでいる。

 元々、暇つぶしにはなるだろうと思っていたが、これは中々に楽しいとシャルロットは思っていた。


「切り裂け、嵐の鎌オラージュファルクス!」


 ゼファーが風を収束させて鎌を作り上げる。風の鎌を持ったゼファーは、シャルロットに向かって踏み込み鎌を振りぬく。

 風で作られた鎌は変幻自在で離れていようとも柄を伸ばせば敵に当たる。その場合、多少の魔力は持っていかれるがゼファーからすれば微々たるもの。


 目一杯風の鎌を伸ばして、木々を切り裂き、シャルロットも切り裂く。しかし、シャルロットに当たったと思えば障壁に防がれる。


「まだだああああっ!」


 障壁に受け止められようとも、その障壁ごと切り裂いてやればいいだけだとゼファーは力を込める。

 歯を食いしばり、腰を捻って鎌を振りぬいた。


 だが、結果は無残なものである。


 ゼファーが渾身の力で振りぬいた風の鎌はシャルロットの障壁の前に消え去った。


「う〜ん。惜しいわね。遠くから攻撃するんじゃなくて接近戦にしていれば五枚は行けたと思うわよ?」


「そうですか。では、アドバイス通りに!」


 ゼファーはシャルロットの助言を聞いて早速行動に移す。風魔法で高速移動してシャルロットに近づき、いつの間にか形成していた風の剣でシャルロットに接近戦を挑む。


「おおおおおお!」


「素直に聞き入れるのはいいことだけど、私が転移魔法を使えることを忘れていないかしら?」


「なっ……!?」


 勢いよく風の剣を振りぬいたゼファーの背後にシャルロットが転移魔法を使って移動していた。

 突然、目の前から消えて背後に姿を現したシャルロットに驚いたゼファーは後方へと飛び退いた。


(これは……勝てそうにありませんね。ふっ……威勢よく啖呵を切った結果がこの有様とは……。それでも、一度くらいは!!!)


 たった一度。たった一度でいいから一泡吹かせてやりたいとゼファーは決意する。


 自身の持つすべてを出し切り、精根尽き果てようとも構わないとゼファーは覚悟を決めて詠唱を唱え始める。


 本来なら戦っている最中に詠唱を唱えるなど自殺行為に等しいが、相手はシャルロットであり、圧倒的な存在。

 ゼファーが詠唱を唱え始めようがシャルロットは歯牙にもかけない。たとえ、どれほどの魔法を撃って来ようとも防ぐ絶対の自信があるからだ。


「風よ、吹き荒れろ。この空に暴威を振るいたまえ。天地鳴動せし刻、その咆哮は世界に轟かん。天よ! 世界よ! 大いなる嵐となりて万象等しく終焉へと導くがいい!!!」


 無人島の上空に分厚い雲が集まり、天候は曇天へと変わる。

 そして、ゼファーが詠唱を進めていくと竜巻が発生して無人島に暴風が吹き荒れる。


「これが僕の全力だ! 終局の神颪ウルティム・テンペスト!」


 無人島を囲むように発生していた竜巻は収束して一つとなり、未曽有の大災害となってシャルロットへと襲い掛かる。


「いいわ! 貴方、すごくいいわ! 久しぶりに胸が高鳴っちゃった! だから、これはお礼よ。天元閃嵐ウラヌスアセーファ


 新しいおもちゃを与えられた幼子のようにはしゃいでいたシャルロットは、ゼファーが見せた魔法のお礼として自身の魔法を見せる。

 それは圧倒的に、神々しく、そして残酷なほどに。


 ゼファーが詠唱を唱えてまで発動させた終局の神颪はシャルロットが詠唱破棄で発動させた天元閃嵐によって搔き消される。


 巨大な竜巻はたった一瞬で消えてしまった。その光景を見ていたゼファーは信じられないものを見てしまったと大きく口を開けていた。


「は……はっ……ははは。僕の最強の魔法は彼女にとってはただの見世物だったか」


 もう全部出し切ったとゼファーはその場に大の字で転がる。まだ動けるが心は完全に折れてしまい、戦う気力を失っていた。


「はあ〜……これからどうしようか」


 負けたゼファーはこれからのことを考える。私情で先代皇帝を裏切った上に完膚なきまでに敗北したゼファーは自分が帝国に居場所がないと分かっていた。

 それもそのはずだろう。立場ある人間が私情で国を裏切ったのだから信用されるはずもない。いずれ裏切ると思われ、殺されるのがオチだ。


 だから、ゼファーはシャルロットに負けても勝っても帝国を去るつもりであった。なので、これからどうしようかと考えているのだが、その前にシャルロットがゼファーをどうするかが重要である。


「何を悩んでいるのかしら?」


「これからどうしようかと思いまして」


「あら、私に殺されるとか考えてないの?」


「もしも、その気でしたらすでに僕をころしているでしょう?」


「まあ、そうね。でも、心変わりするかも」


「でしたら、どうぞご自由に。あなたにはその権利がある」


 大の字で寝転がっているゼファーは無抵抗の姿をシャルロットに見せている。その姿を見てシャルロットはどうするかと悩んだが、殺すことはしなかった。


「やめておくわ。特に恨みもないし。むしろ、いい暇つぶしにはなったからね。私は帰るけど、貴方はどうする?」


「僕は…………もう少しこのままでいます」


「そう。まあ、貴方なら風魔法で空飛んで帰れるでしょうね。それじゃ、楽しかったわ」


 そう言い残してシャルロットはゼファーの前から転移して消える。一人残されたゼファーは雲一つなくなった空を見ながら目を閉じるのであった。

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