第246話 戦場で口説くほどイイ女

 翌日、四度目の戦いが始まろうかとした時、帝国軍の陣地から単騎で飛び出してくる影が一つ。王国軍の見張り役はその影に気が付いて声を荒げるが、その影の進行速度は尋常ではない。


 見張り役の騎士が振り返ったときには既に砦に辿り着いていた。

 一体何者なのかと見張り役の騎士が相手の姿を確認すると驚きに目を見開く。


「禍津風のゼファー……っ!!!」


 大急ぎで報告に向かう見張り役の騎士だが、もう間に合わない。ゼファーはゆっくりと砦の固く閉ざされた門に手を当てると、得意の風魔法で簡単に吹き飛ばした。


 砦の門が破壊された事で王国軍に緊張が走る。敵が攻めてきた証拠だと。

 しかし、先日の戦いを見てもまだ帝国軍は攻める気概があったのかと驚いていたりもする。


 ただ、今はそんな事よりもいとも容易く砦に侵入してきた敵の対処だ。多くの騎士達が砦の門の前に集まる。すると、そこにいた侵入者の姿を見て驚愕に震える。


「君達に用はない。僕が用があるのはシャルロット・グリンデ。ただその一人だけだ。道を開けて貰おうか」


 ゼファーから放たれる圧倒的な威圧感に誰もが動けない。しかし、そこへ王国軍最高戦力であるベイナードがゼファーの前に現れる。


「まさか、単身で敵地に突っ込んでくるとはな。どういう了見だ?」


「聞いていなかったのかい? 僕はシャルロット・グリンデに用がある。君達に構っている暇はないんだ」


「ほう。そうは言ってもお前は敵だ。禍津風のゼファーよ。はい、そうですかと言って簡単に通すわけにはいかん」


「ふん。僕の侵入を止める事が出来なかった癖に随分と強気な発言じゃないか。王国騎士団長ベイナード・オーガサス」


 両者共に尋常ではない威圧を放ち、いつぶつかってもおかしくはない。周囲で見守っている騎士達は巻き込まれないように、その場をそっと離れる。

 ゼファーが腰を低く落とし拳を構えて、ベイナードが背中に担いでいた大剣を抜くとゼファーに剣先を向けて構える。


 両国の最高戦力がぶつかり合うかと思われた、その時、両者の間に一人の女性が姿を現した。


「む……貴方は!? どうしてここに?」


 突然、二人の間に現れた女性を見てベイナードが驚いて声を上げる。


「どうしてって、そりゃ、まあ、私に用があるって言うから仕方なく?」


「仕方なくって……。いや、そもそもこれは戦争ですよ。貴方は関わらないはずでは? 現に今まで沈黙を貫いていたではありませんか。シャルロット殿」


 ベイナードの口から出た名前を聞いて周囲で固唾を呑んで見守っていた騎士達がどよめく。存在こそ知ってはいたが姿を見たものはいなかったからだ。

 まさか、生きている内に見られるとは露ほどにも思わなかったことだろう。


 そして、騎士達とは違う意味で驚いている者もいた。それは、ゼファーだ。ゼファーもシャルロットのことは知ってはいたが顔までは知らなかった。

 だから、いきなり目の前に現れた美女に動揺していた。だが、ゼファーの目的はシャルロットと戦う事。すぐにゼファーは落ち着きを取り戻してシャルロットへと話しかける。


「失礼、貴方がかの高名なシャルロット・グリンデ様で間違いないのでしょうか?」


「ええ、そうよ。私に用があるんでしょ? さっさと済ませてもらえないかしら。こう見えても私忙しいの」


 そう答えるがシャルロットは先程までギルバートとイザベルの二人にお世話されながら優雅に朝食を取っていた。

 たまたま、使い魔を通して戦場を覗いていたら自分に用があるという輩がいるので、暇潰しにはなるかと思って出てきたのだ。つまり、忙しいと言うのは嘘であり見栄を張っただけである。


「そうですか。では、手短にお伝えしましょう。私と戦っては頂けませんか? 勿論、本気で」


 どよめいていた騎士達が一斉に黙る。相手が誰か分かって言っているのだろうかと、ほとんどの騎士達が同じことを思っていた。


「本気で言っているのかしら?」


「冗談に見えますか?」


「いいえ。貴方からは確かに本気の熱意を感じるわ。使い魔を通して見ていたけど嘘じゃなかったのね」


「見ていたのですか。少し恥ずかしいですね」


「まあ、見ていたとしても真意まではわからないのだけどね。それよりも、どうして私と戦いたいのかしら?」


「簡単な話ですよ。僕の力が世界最強の魔法使いである貴方にどこまで通用するのかを試してみたい」


「なにそれ。そんなことの為に戦争に参加したの?」


「ええ。僕にとってはどうしても譲れないことですから」


「男ってホントくだらないことが好きよね」


「僕もそう思いますよ」


 しばらく、シャルロットが何かを考えるように目を瞑る。考えが纏まったのかシャルロットが目を開いてゼファーに目を向ける。


「いいわ。相手をしてあげる。でも、ここだと町が壊れるから移動するわね」


 そう言ってシャルロットが指を鳴らすと、ゼファーとシャルロットの二人はゼアトから姿を消した。唖然とする騎士達であったが、ベイナードの指示により壊れてしまった砦の門の修復作業を急ぐのであった。


 そして、ゼアトから消えた二人はと言うと鬱蒼とした森の中に転移していた。周囲の景色が変わったことに戸惑いを隠せないゼファーにシャルロットが転移した事を説明する。


「ここはレオルドとよく修行する無人島よ。だから、気にせず戦えるわ」


「驚きました。まさか、転移魔法まで習得していようとは……」


「当たり前でしょ。私は今も成長しているのよ」


 その台詞にゼファーは息を呑む。目の前にいるシャルロットはどれほどの実力を持っているのかと。一つ言えるのはゼファーが想像しているよりも遥かに上であるのは間違いない。

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