第244話 勘違いも甚だしい!

 帝国軍は想定外の事態に陥ってしまったが、見事に恐慌状態に陥った兵士達の鎮圧に成功した。しかし、それは多くの犠牲を生むことになってしまったが。


 嗚咽を漏らして泣いている多くの兵士達がいる。彼らの多くは友をその手で殺めてしまった者達だ。中には家族がいて、恋人がいて、幸せな者達もいた。

 だけど、自分の手で壊してしまった。勿論、これは戦争なのだから仕方がないと諦める事も出来るが、今回のは違う。


 明らかに酷い。酷すぎる。どうして味方であるはずの仲間を殺さなければならなかったのか。

 その問いに対する答えは簡単だ。全て王国のせいだ。王国が何かしらの魔法で兵士達を狂わせたのだ。


「これが王国の戦い方なのか……!」


 ギリッと歯を食いしばる兵士達。最早、慈悲など与えぬ。この恨み、この苦しみ、数倍にして返してやると兵士達を奮い立たせた。

 最初は命令に従うだけで士気も高くはなかった帝国軍は王国軍の卑劣な戦いに怒り狂い、士気を高めた。


「絶対に許さない!」


 立ち止まっていた帝国軍が再び進軍を始める。


 砦から帝国軍の様子を見ていたベイナードは帝国軍の纏う雰囲気が変わったことを察知する。


(帝国軍の様子が変わった。恐らく先程の魔法が原因か。王国に対して強い憎しみを抱いているに違いない。こうなってくると手強いのだが……)


 怒りと言う感情は人を突き動かす原動力となる。それこそ怒りが強ければ強いほど激しさを増すだろう。

 今、帝国軍を突き動かしているのは皇帝の命令だけでなく王国へ対しての怒りも含まれていた。


 こうなったら、人は強い。怒りが鎮火するまで激しく燃え盛る烈火のように帝国軍は止まらない。


 だが、しかし、忘れてはいけない。


 レオルドが施した策が一つだけではないことを。


「では、第二幕と行きましょうか。ベイナード団長。次の魔法陣を起動させましょう」


 ルドルフの言葉にハッとするベイナード。敵に同情してしまったが戦争をしているのだ。切り替えねばならないとベイナードは次の魔法陣を起動させた。


 進軍している帝国軍の頭上に再び魔法陣が現れる。瞬時に警戒態勢を取る帝国軍だが、先程とは違い怪しげな光に照らされることはない。


「こ、今度はなんだ? なにをする気だ?」


 何の動きも見せない魔法陣に戸惑いの声が上がる。そのすぐ後に魔法陣からいくつかの玉が落ちてくる。ボトボトと玉は地面に転がり落ちていく。

 コロコロと転がっていくのを帝国軍が固唾を飲んで見守っていると、転がっていた玉はやがて止まる。


 何の変哲もない玉が転がっただけかと安心する帝国軍だったが次の瞬間、玉からブシューッと音が鳴り、紫色の煙が噴き出した。


 これには帝国軍も驚いてしまう。先程の件もあって帝国群は紫色の煙も何かあるに違いないと距離を取る。

 しばらくすると、紫色の煙が玉から噴き出していたのがピタリと止まる。


「なんだ? ただのこけおどしか?」


 恐る恐る近付いた瞬間、兵士達は苦しみだして泡を吹く。次々と倒れていく兵士達は苦しみに地面をのた打ち回り、ビクビクと痙攣した後に死んだ。


 その光景を見ていた者達は恐怖に逃げ出すが、もう遅い。既に兵士達は吸い込んでいるのだ。


 シャルロットが入手してきた毒を持つ魔物や毒草で作られたルドルフ特製の毒ガスを。


 即効性のその毒は吸引すれば間違いなく死ぬ。その場にシャルロットや聖女などの高位の回復魔法使いがいれば解毒して助かるが、残念ながらいない。


「風魔法だ! 風魔法で周囲の空気を吹き飛ばせ!」


 先程の紫色の煙は毒だと分かった指揮官は指示を出して周囲の空気を吹き飛ばそうと考えたが意味がなかった。


「ふふふ、そうでしょう。そうするでしょう。ですが、もう意味はないのです。既に先程の毒ガスは効果を失いましたからね」


 ルドルフが製作したのは、ほんの数秒程度しか持たない毒ガスであった。長時間も保たせると味方が突撃した時、こちらも被害を受けかねないからという理由で作られていたのだ。


「これは本当に戦争なのか……?」


 戦慄に震えるベイナードは心境をポツリと漏らしてしまう。


「ベイナード団長。そのような発言は控えた方がよろしいかと」


「ッ……聞かなかったことにしろ」


「ええ。勿論ですとも」


「先程の煙はこちらに被害はないのか?」


「はい。魔法陣を展開した時点で煙を完全に遮断するように結界を張りましたので、こちらには何一つ影響はございませんよ」


 くつくつと笑うルドルフを見てベイナードはホッとすると同時に不安を抱く。


(レオルドはあとどれだけの策を練っているのだ)


 帝国軍は多くの者が毒に苦しみ死んでいく様を見て、さらなる怒りが湧いた。

 しかし、同時にこれ以上進軍するべきではないと本能が警告していた。最初の魔法陣、二度目の魔法陣。そのどちらも人の心を抉るには十分すぎるものだった。


 まだそのような魔法を王国が隠しもっているならば、これ以上の進軍は危険だと帝国軍は判断した。


「これ以上の進軍は危険だ。一時撤退し、態勢を整え直す」


 指揮官の指示に従い、引き返す帝国軍。その様子を見ていたルドルフは口角を上げる。


「ベイナード団長。敵が引き返していきます。最後の仕上げをしましょう」


「まだあるのか?」


「ええ。とはいっても先程までとは違いますがね」


 ベイナードはルドルフの言葉が信用できない。しかし、このまま見逃してしまう事も出来ないので、嫌な予感を感じながらもベイナードは最後の魔法陣を発動させた。


 撤退をしている帝国軍の足元に魔法陣が広がる。突然の魔法陣に帝国軍は慌てる。


「な!? 急いでこの場を離脱! 総員退避せよ!!!」


 並んでいた帝国軍は地面に突如現れた魔法陣に慌てて回避行動に出る。バラバラに逃げ出すが、レオルド達が考えた魔法は誰一人生かすことはない。


 地面が割れて、底には溶岩が溜まっている。逃げ出す兵士達は必死に足を動かしたが、地割れから逃れる事は出来ない。

 身体強化を施して跳躍するも着地先に地割れが発生して、そのまま吸い込まれるように地の底へと飲まれていく。


 帝国軍の悲痛な叫びが木霊した後、割れた地面は何事もなかったかのように閉じていった。

 それを見ていた王国軍のほとんどは腰を抜かしていた。


「なんなんだ、これ……? 戦争じゃない。もっと恐ろしいなにかだ……!」


 王国はレオルドの力の一端を知ることとなり、戦慄に震えた。敵対しようなどと考える事がどれだけ愚かなのかを多くの者達が理解する事となった瞬間である。

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