第243話 フフ、ええ、実に愉快です

 これから起きる出来事は歴史に刻まれるものとなる。

 ベイナードはゼアト砦防衛の為にレオルド達が悪ふざけで作った魔法陣を起動させる。


 これからなにが待ち受けているかなど想像もしていない帝国軍は意気揚々と進軍していた。ゼアト砦を破壊する為に用意された攻城兵器を持ち出しており、やる気に満ち溢れていた。


「何も仕掛けて来ませんね。こちらが攻城兵器を持ち出していることは既に向こうも承知のはずですが……」


「ふっ……我々を恐れているのだろう。それにゼアト砦は一度も攻め落とされたことのない砦だ。かつての栄光にすがり付いて、閉じこもっているだけだろう」


「そうだといいのですが……。前回のようなこともありますのでここは慎重に進んだ方がよろしいのでは?」


「君は上の判断が間違っているとでも?」


「そういうわけではありません。一つの可能性として——」


 後方で指揮を執っている指揮官と副官が話している最中に魔法陣が空に浮かび上がる。突然、魔法陣が空に現れて帝国軍は慌てて足を止めるが、時既に遅し。


 展開された魔法陣は精神干渉の魔法。怪しげな光が一瞬だけ照らされる。


 後方にいた指揮官はその光に目を閉じたが、特に変化は見られず、側にいた副官に話しかけた。


「なんだったのだ、今のは?」


「さあ? 私も分かりませんが特に何もなかったようですね」


 二人が不思議に思っていると前方で悲鳴と銃撃音が鳴り渡る。


 前方にいた兵士たちは魔法陣の影響を受けており、恐慌状態に陥っていた。混乱しており、敵味方の区別がつかず命令も聞けるような状態ではない兵士たちは互いを撃ち殺し合う。


「うわああああああ!!!」


「死ねええええええ!!!」


「きぇあああああああ!!」


「ああああああああ!!!」


「ひぇゃあああああ!!!」


 最早、この世が地獄だと言わんばかりに兵士たちは錯乱しており、暴れている。止めようとする兵士も見られるが、恐慌状態に陥っている兵士は全てが敵だと認識しており、仲間であろうと容赦なく引き金を引き続けた。


 その光景を砦から見ていたルドルフは歓喜に震えていた。失われた精神干渉の魔法。人の尊厳を奪う最悪の魔法は知識としては残っていても使用できる者は一人もいなかった。

 しかし、シャルロットという規格外の存在が再びこの世に、その魔法を蘇らせた。本来であれば禁忌とされ封印されてもおかしくはない。


 それほどまでに冒涜的な魔法なのだ。


 現に価値観の違いによってルドルフとベイナードの晒している表情は違う。

 窓から帝国軍を眺めているベイナードとルドルフの二人は対極の顔をしている。ルドルフは絶大な効果に予想していた通りの結果を見て歓喜に満ちており、満面の笑みだ。

 対してベイナードは今まで見てきた魔法の中でも最悪と言ってもいいほどの光景に顔面蒼白となっている。


(あのような魔法が存在するのか……! レオルドはなんと……なんと恐ろしいものを。今は味方ではあるが、もしレオルドに離反の意思が生まれれば、あの魔法が我々に向けられる。想像はしたくないが……打つ手もなく殺されるだろうな。しかし、この光景は私だけではなく多くの者が目にしている。恐らく、いや、十中八九レオルドを排除しようとする者が現れるだろう。これだけの魔法を見せられれば手段を問わず、レオルドを亡き者にしたいと考えるのは自然のことだ)


 ベイナードの考えている通り、今回の戦争が終わればレオルドを排除しようとする者は確実に現れる。人は未知のものに恐怖するのは自然の事だ。今回レオルド達が考えた魔法の数々は人に恐怖を与えるには十分であった。


「いや~、素晴らしいですね~! 予想しておりましたが、ここまでの成果を出せるとは! しかし、効果範囲が狭いのが難点ですね。魔法陣の下にいる者達だけにしか効果が発揮されない。これは改良の余地ありとしておきましょう」


 狂喜に震えているルドルフはポケットにしまっておいたメモ帳へ帝国軍の様子と魔法の効果について記載する。カリカリとペンを走らせるルドルフに目をやりながらベイナードは外の光景を見詰めていた。


 阿鼻叫喚の地獄と化しており、帝国軍は進軍を中断して恐慌状態に陥っている兵士の鎮圧に追われていた。最早、ゼアト砦を落とすという目的を忘れて、懸命に恐慌状態の兵士の対処をしている。


 声を掛けても止まらず、押さえようとしても暴れ、正気に戻す事もできない。

 状態異常は回復魔法を使えば治す事が出来る。石化や毒や麻痺といったものでも回復魔法での治療が可能なのだが、生憎使い手は前線にはいない。

 回復魔法の使い手は貴重なので安全な後方で待機している。そのせいで恐慌状態に陥っている兵士を助ける術はない。


 止める方法は拘束するか、気絶させるか。


 もしくは殺すしかない。


「う、くっ……!」


 決断の時である。帝国軍は味方を友を仲間を救う方法を選ばなければならない。

 一分一秒を争う。止めなければどんどん被害は拡大していく。


「……ぐ。これ以上犠牲者を出すわけにはいかない。正気を失っている兵士を射殺せよ」


 苦渋の決断をした指揮官は命令を下す。恐慌状態に陥っている兵士を止める為に射殺するように命じた。

 命令を受けた兵士達は涙に頬を濡らしながら、狂ってしまった友に仲間に味方に引き金を引いた。

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