第236話 敵にも家族はいるのよ!

 数の暴力で押し切れば王国の騎士は成す術もなく倒れるだろうと確信していた指揮官の顔は真っ青に染まった。


 夥しい銃弾の数を受けても騎士たちの障壁は消えることなく、こちらへと接近してきたからだ。


(馬鹿な!!! 奴らは障壁に魔力を注ぎ込んでいるはずだ! それが何故ここまで!! はっ! まさか、魔法使いが紛れ込んでいるのか? いや、見る限り魔法使いらしき存在はない! だとすれば、奴らは魔法剣士なのか!? くそ! とにかくここは後退すべきだ!)


 騎士は魔力が少ないという認識が指揮官の思考を邪魔してしまった。そのせいで帝国軍の歩兵部隊は王国軍の騎士が近づくことを許してしまった。これは帝国軍にとっては大きな失態である。


「全軍撤退せよ! 奴らは魔法剣士の可能性が高い! 接近される前に撤退!」


 急いで撤退命令を下すが、すでにバルバロトの届く距離になっていた。

 バルバロトは帝国軍が銃を撃ちながら後ろに下がるのを見て、一気に距離を詰めるべく足に力を込める。


 ドンッと地面を抉ってバルバロトが加速する。盾魔法シールドによって銃を気にすることなくバルバロトは帝国軍へと接触する。


「う、うわあああああっ!!!」


 バルバロトが目の前まで迫ってきた帝国軍の歩兵は恐怖に叫び声を上げながら銃を撃つ。その歩兵は聞いていた話と違うことに驚き、そして怯えていた。

 王国には帝国のような銃もなく、昔ながらの剣と魔法を使った戦法しかないと聞かされていたのに、全く違ったから怯えずにはいられなかった。


 死にたくないと必死に銃口をバルバロトに向けて撃ち続けたがすべて障壁に阻まれる。

 やがてカチカチと引き金を引く音しか聞こえなくなる。そう魔力という名の弾薬がすべて尽きたのだ。


「あ、ああ、あああ!!!」


 銃を捨てて逃げ出そうとしたが時すでに遅し。バルバロトが一閃した。それだけで帝国軍兵士の首が三つ飛ぶ。


 返り血を浴びながらバルバロトは名乗りあげる。


「我が名はバルバロト・ドグルム! ゼアト一の騎士なり。さあ、我こそはと言う者は掛かってこい!!!」


 バルバロトがそう名乗りあげたが帝国軍は怯えてしまい、逃げることしか頭にはなかった。

 しかし、一人だけ怒り心頭にバルバロトを睨みつけていた。


「副官。すまない。敵を軽んじていた私の失態だ。私は殿を務める。貴官はこれより私に代わり指揮を取れ!」


「な!? 指揮官! 考え直してください! この程度の被害ならばまだ立て直すことは十分に可能です!」


「いいや。敵は我々が想定していた以上に強い。それに先程見た敵の機動力ならば撤退は不可能だ。ならば、ここは何人かを残して足止めに徹しなければならない。だからこそ、私の失態で招いてしまった責任を取らねばならない。わかってくれ」


「で、ですが……」


「これ以上は時間がない。副官、あとは頼んだ」


 それだけ伝えると指揮官は腰に差していた剣を抜き、数人の部下を引き連れてバルバロトと対峙する。

 後を託された副官は指揮官の武運を祈り、部下を引き連れて撤退を再開した。


「待て! 逃がさん!」


「ここから先へは行かせんぞ。バルバロト・ドグルムっ!」


「ぬぅっ!」


 帝国軍を逃がさまいとしたバルバロトに指揮官と数十人の兵士がバルバロトを取り囲む。

 これはさすがに厳しいかと思われたが、そこへバルバロトの部下たちが到着する。


「バルバロト隊長! ここは我等にお任せを!」


「おう! 頼んだ!」


 すでに相手の実力を見切っていたバルバロトは目の前の兵士を切り伏せて、逃げていく帝国軍を追いかけようとする。

 だが、そこへ指揮官が飛び出してバルバロトと剣を交わせた。


「む! 俺の剣を止めるものが帝国軍にもいたか!」


「侮るな! 貴様ら王国軍とは数も違えば質も違うのだ!」


「ほう! よく言った。ならば、見せてみろ。その力の差を!!!」


 力強く指揮官は言うもののバルバロトの一撃は重く、今も受け止めるので精一杯であった。


(くっ……これほどまでに王国軍は強いというのか! だが、しかし! 私も帝国軍で指揮官にまで上り詰めたプライドがある! ここで負けるわけにはいかぬ!)


 指揮官も帝国軍という大勢の人間がいる組織で荒波に揉まれながらも、今の地位にまで実力と功績で上った男だ。そう簡単に負けるほど弱くはない。


「ぬぅうううおおおおおっ!」


 押し負けていた剣を指揮官は気合と共に弾き返した。


「おおっ! 見事! だが、その程度ならば!」


 剣を弾き返されたことに驚きながらも相手を称賛するバルバロトは一歩も引かない。むしろ、少しは歯応えのある相手がいると喜んでいた。


 バルバロトはさらに踏み込んで先程よりも強力な一撃を指揮官に叩き込む。


「ぬっ、ぐぅおお!?」


 受け止めた指揮官であるが先程よりも重たい一撃に身体が悲鳴を上げていた。これは流石に防ぎきれない。そう思った指揮官は身体を捻って剣を受け流し、バルバロトから距離を取る。


「ふむ。なるほど、見切ったぞ。貴様の剣」


 冗談であってほしいと願う指揮官だが、次の瞬間バルバロトが間合いに入ってきていた。防御に回ろうとしたが、バルバロトの剣速には間に合わなかった。


「討ち取ったり」


 その言葉と同時に指揮官は地に倒れ伏す。指揮官の血が地面を赤く染め上げる。


(ああ、時間稼ぎにもならなかった……)


 命を賭しても大した時間稼ぎは出来なかったと指揮官は無念の死を遂げる。

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