第217話 私情で裏切る奴はまた裏切るって

 帝国守護神と呼ばれている三人の内、二人を手中に収めんと動き出したアトムースは、早速禍津風のゼファーを自身の下へと呼び寄せた。


「殿下。ご用件はなんでしょうか」


 アトムースの前に跪く軍服を身に纏った細身の男。彼こそが、帝国守護神と呼ばれている三強の一人、禍津風のゼファーである。


「良く来てくれた。まずは、頭を上げるがいい」


「はっ!」


 頭を垂れていたゼファーが言われた通りに頭を上げる。ゼファーの瞳が捉えたのは、意味深に笑っているアトムースであった。


「堅苦しい話はなしだ。ゼファー、お前に聞きたい。お前は今の生活に満足しているか?」


「……ええ。勿論ですとも。私は恐れ多くも陛下から帝国守護神の名を与えられ、二つ名まで授かりました。おかげで、今の私は何一つ不自由ない生活を過ごす事が出来ております。不満などあるはずもございません」


「――本当にそうか?」


 まるで見透かしているかのように問い掛けてくるアトムースにゼファーはピクリと眉を上げる。

 第二皇子が何かを企んでいるという噂をゼファーは知っている。だから、ゼファーはなにがあってもいいように警戒を高めた。


「質問の意図が分かりません。私は先程も言いましたが、今の生活に――」


「違うだろう。本心では退屈だと思っている。お前は戦いを求めている。身体が闘争を望んでいる。そうだろう? 禍津風のゼファー」


「…………」


 図星である。ゼファーは確かに今の生活に満足していた。ある一点を除いて。


 それはアトムースの指摘通り戦いである。ゼファーは平和な世の中に退屈していたのだ。

 これには理由がある。ゼファーが貰った二つ名は禍津風というもの。


 帝国守護神である他の二人と比べると、どこか危なさそうな名前である。この名前の由来はゼファーの戦い方から来ている。


 風魔法を扱い、敵を八つ裂きにするのがゼファーの戦い方だ。一切の容赦なく、敵を風魔法でズタズタに引き裂く姿は恐ろしいものがある。

 ゆえに禍津風。そう呼ばれる事になったのだ。


 そして、どうしてそのような戦い方をするのかと言えば、自分の力を試しているからである。ゼファーは自身が成長したかどうかを確かめるには戦場が一番と考えている。


 だから、ゼファーは帝国守護神となる前までは積極的に魔物討伐の遠征任務や盗賊の討伐任務に参加していた。


 しかし、強くなりすぎたゼファーは帝国守護神という地位を与えられ、以前までのように動く事が出来なくなっていた。

 そのせいでゼファーは鬱憤が溜まり、欲求不満となっている。


「どうした? なにを黙っている?」


「……殿下の言うとおりでございます。確かに私は、戦いを欲しています。しかし、私は帝国守護神の一人にございます。私欲に溺れて世を乱すことなど、出来ようはずがありません」


「お前の言い分はもっともだ。だが、大義名分があればどうだ?」


「それはどういう意味でしょうか?」


「俺の軍門に下れ」


「ッッッ……!?」


 短い言葉ではあるが、それがどういう意味をしているのかをゼファーは知っている。


「私に、陛下を裏切れと?」


「ああ、そうだ」


 帝国守護神はその強大な力から、政治的なことに関しては一切関わらないことになっている。

 その強大すぎる力を使えば、盤面をひっくり返す事も出来るからだ。


 圧倒的な暴力は権力すらねじ伏せる。


 だからこそ、帝国守護神が誰か一人に肩入れする事は決してない。あくまで、帝国守護神は帝国の為に存在している。

 そして、アトムースはそれを破れと言っている。つまり、国家反逆を企てているという事に等しい。


「もう気がついているだろうが、俺は近い内に謀反を起こす。その時、最大の障害となるのがお前達、帝国守護神だ。しかし、お前たち帝国守護神を手中に収める事ができれば俺の野望は一気に叶うだろう。歴史上誰も成し得なかった大陸統一が現実味を帯びるのだ。そうなれば間違いなくお前が望んで止まない戦場に行くことが出来るぞ。どうだ、悪い話ではないだろう?」


 アトムースの話はゼファーにとっては魅力的な話であろう。権力や栄光など求めていないゼファーにとっては、戦場は最も望んでいるもの。

 しかし、ゼファーは帝国守護神の一人。私欲に溺れてアトムースの手を取るわけにはいかない。


 ただ、それでも心が戦いを渇望している。それを理性が必死に押さえている。


(殿下の手を取れば、僕が求めて止まない戦いが待っている。でも、それは国を裏切るということ。一時の感情に流されてはダメだ。僕は…………)


 感情を必死に理性で抑え込んでいるゼファーをアトムースは後少し背中を押せば落ちると見抜いた。


「そういえば王国には今、最強の魔法使いと呼ばれているシャルロット・グリンデがいるそうだ。王国と戦争になれば前線に出てくるやもしれんな〜。なにせ、奴はレオルド・ハーヴェストという男を愛しているからな。愛する男を守るためなら、国家に関わらないという誓いを破ってでも戦争に参加するに違いない」


 その言葉はゼファーには絶大な効果を発揮した。戦いを渇望するゼファーにとって最強の魔法使いが相手という響きは理性を壊すには充分であった。


(一度は戦ってみたいと思っていたシャルロットが戦場に出てくる?

 確かに王国にいることは耳にしていたが、戦争に参加するはずがないと思っていたのに……! この機会を逃せば戦うことは難しいだろう。いや、もしかしたら永遠にそのような機会は訪れないかもしれない。陛下……お許しください! 僕は自分の力がどこまで通用するのか試したくなりました!)


 決心がついたゼファーはアトムースに忠誠を誓う。


「我が命は御身のために!」


 こうして帝国守護神の一人、禍津風のゼファーはアトムースの配下となる。次なる標的は炎帝のグレン。アトムースは笑うことが抑えきれなくなり、高らかに笑い声を上げる。


「ふふふ、ふはははははははっ! 残すは炎帝のグレン! 待っていろ。もうすぐだ。もうすぐ、帝国は俺の手に!!! はははははははははははははっっっ!!!」

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