第196話 激熱は外すから激熱なんだよ?

 迫り来る大剣を見詰めながらレオルドは今まで積んで来た鍛錬の日々を思い出す。その日々は決して楽なものではなかった。

 辛く、厳しい鍛錬は何度も逃げ出したいと心の中で弱音を吐いたこともある。

 それでも、頑張ってこれたのはどうしようもない屑だった自分を信じて支えてきてくれた人達がいたから。

 だから、応えたい。彼らと積み重ねてきた日々は決して無駄なことではなかったのだと。


(こんな所で終わるのか? こんな所で終わっていいのか? 嫌だ……そんなのは嫌だ! 断じて認めるものかよ!!! ギルバートやバルバロト、シャルロット達と積んで来た鍛錬はこんな所で終わるものじゃない!)


 レオルドはカッと目を見開き、自身の足元に落とし穴を作って無理矢理大剣を避ける。


 だが、それはその場凌ぎに過ぎない。ベイナードが大剣を巧みに動かしてレオルドを切り伏せようとする。


「ぐっ、あああああああっ!」


 崩れた体勢のレオルドは身体を強引に曲げてベイナードが振り下ろした大剣の横っ腹を殴りつけて逸らす事に成功した。


 しかし、それすらも時間稼ぎにしかならない。でも、それでいい。レオルドは賭けに出た。一か八かの大勝負。最後は運に頼るのみ。


「イーラガイアッッッ!!!」


 紡ぐ魔法名は土魔法の一つ。運命48ゲームでは敵味方関係なく広範囲に大ダメージを与える魔法。


 レオルドが魔法名を唱えた後、地震のように大地が揺れ動き、地面にヒビが走った瞬間に吹き飛んだ。文字通り、地面が吹き飛んだのだ。


 当然、レオルドもベイナードも関係なく吹き飛び、上空に打ち上げられる。


「ぐあっ!!!」


「ぐううっ!!」


 吹き飛んだ両者の腕輪はまだ壊れない。しかし、両者共にこれまでのダメージが蓄積されていたようで腕輪がピシリとヒビ割れる。


 足場のない上空へと打ち上げられた二人は、互いの腕輪が持たないと知り、最後の攻勢に出る。


 レオルドは最も速く最も威力の高い雷魔法を選ぶ。


「雷光よ! 刃となりて我が敵を切り裂け! トニトルギス!!!」


 雷光が迸り、レオルドの背後に雷のつるぎが浮かび上がる。

 雷の剣はレオルドが手を振り下ろした事により、ベイナードへと放たれる。


 対するベイナードは避ける事は不可能と判断して、大剣をレオルドへと振り下ろす。肉を切らせて骨を断つという言葉通りの戦法を見せつけた。


 両者互いに攻撃を受けて地面に激突する。


 土煙が舞い上がり二人の姿を包み隠す。観客はどちらが勝ったのかと、息を呑んで土煙が晴れるのを待った。


 そして、土煙が晴れる。


 滅茶苦茶になった闘技場に立っていたのはベイナードで、側には倒れ伏すレオルドの姿が観客の目に飛び込んできた。


 瞬間、歓声が上がる。


 激闘を制したのはベイナードだったことに。やはり、騎士団長は強かったと多くの観客が盛り上がる。


 その時、ベイナードが腕輪をつけていた腕を空に伸ばす。すると、ピシリと腕輪が割れて地面に落ちる。


「え?」


 誰かが戸惑いの声を上げた。立っているのは、間違いなくベイナードで倒れているのはレオルドの方だ。


 これは揺ぎ無い事実である。


 しかし、闘技大会のルールでは腕輪が壊れた方が負けなのだ。

 これは、つまりベイナードの負けとなる。


 丁度いいタイミングでレオルドが起き上がる。フラフラと覚束ない足元に大丈夫なのかと心配してしまいそうになるが、最後はしっかりと地面を踏みしめて立ち上がった。


「レオルド。お前の勝ちだ」


「へ?」


 状況が飲み込めないレオルドにベイナードは砕けて壊れた腕輪を見せる。


「こ、これは……?」


「俺がつけていた腕輪だ。お前の方も壊れかけているが、まだ壊れていない。だから、レオルド。お前の勝ちだ」


 勝ち、そう言われてもレオルドには理解できなかった。なにせ、実力では確かに負けていた。

 最後など、一か八かの博打に賭けたのだ。これを勝利と呼べるのだろうかとレオルドは納得できなかった。


「お、俺は――」


「運も実力の内だ。お前は確かに負けていたかもしれない。それでも、お前は諦めることなく最後まで戦い抜いて、勝利をもぎ取ったのだ。たとえ、それが運任せであろうとも勝ちは勝ちだ。ならば、胸を張れ。上を見ろ。お前の勝利を信じていた者がいるだろう?」


 背中を押されてレオルドはフラつきながらも上を見る。多くの観客がいる中、家族がいる場所を探して見つける。

 そこには確かにレオルドの勝利を信じて疑わなかった者達がいた。


 最愛の家族、信頼している仲間達。皆が見てくれていた。

 過程は大事だ。でも、今は今だけは結果を喜ぶべきであろう。


 決して優雅でも鮮やかでも劇的でもないが、レオルドは勝ったのだ。あのベイナードに。


 ならば、やるべき事は一つ。


「うぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!!」


 それは勝利の咆哮であった。天高く突き上げたレオルドの腕には鈍く光る腕輪がある。

 それは勝者の証。闘技大会が決めたルールで、勝利を決める腕輪であった。


 審判を務めていた者が声高らかに宣言する。


「一回戦第一試合、勝者レオルド・ハーヴェスト!」


 勝者の名を告げたのだった。

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