第195話 詠唱ってのは厨二心をくすぐる

 すうっとレオルドは息を吸う。

 そして、剣を強く握りしめたまま、ベイナードに向かって一気に距離を詰める。


 お互いに剣が届く距離まで近付き、レオルドとベイナードは剣を交える。

 金属のぶつかり合う音が闘技場に鳴り響くと同時に衝撃波が観客席を襲う。だが、衝撃波は結界によって打ち消された。


 何度も何度も二人は剣を振るい切り結ぶ。常人では到底追い切れぬ程の応酬を繰り広げる二人に観客は熱狂する。


 観客からは拮抗しているように見えていたが、実際は違う。

 レオルドの剣はベイナードに完全に見切られていた。なので、レオルドは苦戦している。


 しかし、ここで逃げて魔法に切り替えてもベイナードには通じない。

 その事を誰よりも理解しているレオルドは如何にしてベイナードに勝とうかと思案する。


(くっ……このままじゃ負ける)


 分かってはいても打つ手が思い浮かばない。先程のような小細工は、もう通じる事はないだろう。

 ベイナードとレオルドでは経験の差がありすぎる。先程はうまくいったが次も上手くいく保証などない。


 ならば、純粋に実力で上回るしかない。


 それしか方法はないのだが、あまりにも難しい。レオルドが唯一勝てるのは魔法のみである。

 しかし、その魔法もベイナードには通じない。当たれば勝機はあるのだろうが、戦い慣れているベイナードに魔法を当てるのは困難を極める。


 ベイナードに魔法を当てるには意表をつくしかないのだ。


 言うのは簡単だが、実行するのは難しい。


 しかし、それ以外に勝つ道はない。難しいかもしれないがレオルドは勝つためにやるしかないのだ。


 剣を交えている所にレオルドは詠唱を行う。


「天候満ちる時、祖は顕現せん」


 レオルドが剣を振るいながら、詠唱を始めたのを聞いたベイナードは魔法を撃たせない為に攻める手を激しくする。

 レオルドはベイナードの攻撃が激しくなったのを感じた。


(詠唱をさせない気か! まあ、そうくるよな! でも、そっちは囮だ!)


 強力な魔法だとばかり思っていたベイナードは自身の足元に亀裂が入るのを確認する。

 どうやら、レオルドは詠唱を囮に使っていたようだと、ベイナードは理解した。


(こちらが本命か!)


 足元の亀裂を避けてベイナードはレオルドに向かって踏み込んだ。


(かかったな!)


 しかし、それもレオルドの狙いであった。亀裂はわざと分かるように入れており、別の場所へレオルドは魔法を仕掛けていた。

 まんまとベイナードはレオルドの策略に嵌ってしまい、土魔法で作られた落とし穴に足を取られてしまう。


 体勢が崩れた瞬間、レオルドが反撃に出る。


 いけると確信したレオルドだったが、ベイナードは崩れた体勢ながらもレオルドの攻撃を捌き切った。


(ここまでやってもまだ届かないか! いいや! まだだっ! まだ、俺はやれるだろう!!!)


 無動作ノーモーションから慣れ親しんだ魔法アクアスピアをレオルドは無詠唱で発動する。

 水で出来た小さな槍が宙に四本浮かび、ベイナードへと放たれる。


 それらを避けるベイナードにレオルドは間合いを詰めて切りかかる。

 自分の魔法に当たるのではと誰もが思うだろう。

 だが、己が得意とする魔法を間抜けにも操作出来ない馬鹿はいない。


 レオルドは剣を振るいながらも魔法アクアスピアを操作してみせた。


「ぬぅっ……!?」


 剣と魔法の二つを同時に操るレオルドにベイナードは唸り声を上げる。

 これほどまでの芸当を出来る者は今まで戦った敵にはいなかった。

 だから、ベイナードは驚愕と歓喜が混ざり合った感情に支配される。


(が……くそ! 集中しろ! ほんの一瞬でも気を抜けば魔法が維持できねえ!)


 一方でレオルドも剣と魔法の同時使用に頭痛を起こしていた。膨大な情報量を処理しなければならないからだ。

 剣を無闇に振るうのではなく、ベイナードにどのようにして当てるか。魔法をどのようにして操作すればベイナードへ当たるか。

 そして、どのように立ち回ればいいのかを必死に脳を回転させて考えていたのだ。


 片方だけなら簡単だ。しかし、レオルドが今やっている事は、非常に難しい。

 片手で剣を、片手で魔法を。言葉にすれば一見簡単なようには思えるが、やってみると困難極まりない。


 並列思考の持ち主ならば可能かもしれないが、生憎レオルドにそのような技能はない。ただ、必死に鍛錬を積んだ成果に過ぎない。


(ぐ……お!?)


 途切れそうになる集中をレオルドは懸命に維持する。

 縦横無尽に魔法アクアスピアを動かしてベイナードに当てようとするが、中々当たらない。


 剣を防ぎ、魔法を避けるベイナードは見事としか言えない。迫りくる二つの攻撃を初見で対応する、そのセンスは舌を巻くことだろう。


(くそったれが! どんだけだよ、ちくしょうめ!)


 レオルドはベイナードの強さに感心しながらも、あまりにも理不尽な強さに腹を立てていた。


 心身ともに削られていくレオルドは、覚悟を決める。最早、残る手は一つしかないと。


 魔法アクアスピアを維持しながらレオルドは土魔法を発動させた。


「なっ……にぃ!?」


 突然、足元が不安定になるベイナードはレオルドが二つの魔法を同時に使用した事を理解して、驚きの声を上げる。


 魔法アクアスピアだけでなく、レオルドが持つ剣に加えて足元まで注意を払わなければならなくなったベイナード。


 まるで複数の敵に囲まれているかのような錯覚にベイナードは陥る。

 しかし、それら全てをたった一人で成しているレオルドに感服していた。


(まさか、まさかだな! ここまでやれる人間が存在しようとは!!!)


 それでもレオルドの力はベイナードに届かない。

 足元が不安定だからどうしたと言うのだ。四方八方から魔法が飛んで来ようが関係ない。


 幾度となくベイナードは経験してきたのだ。多くの敵に囲まれながら戦うという事を。


(惜しいな、レオルド。俺でなければ勝てたかもしれないだろうに!)


 残念であるが、ベイナードは決着をつけようとレオルドの攻撃を全て潜り抜ける。

 迫り来るベイナードにレオルドは目を見開く。


(全部避けただと!? 不味い! 避けきれない!)


 容赦なくベイナードの大剣が振るわれ、レオルドに迫る。

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