第193話 戦闘シーンって飛ばしがちだよね
観客たちの眼下ではレオルドとベイナードが戦っている。それも常人には到底目が追いつけない圧倒的な速度で。
だが、そんなことは気にならなかった。時折、鍔迫り合いになり立ち止まる時がある。その時だけ二人の姿が見えるので観客たちにとってはそれで十分であった。
最初は期待などしていなかった。なにせ、ベイナードは騎士団長なので余裕で勝つと思っていたから。だから、レオルドがここまで善戦するとは誰も予想できなかった。
しかし、目の前で二人は激しいぶつかり合いを見せている。それが何よりも楽しい。いい意味で期待を裏切ってくれたレオルドに観客たちは盛り上がる。
観客たちの前で戦っているレオルドは周囲の音が耳に入っていなかった。目の前のベイナードに集中しており、それ以外の全てを思考から切り捨てている。
大会側が用意した剣を振り抜くレオルドにベイナードも大会側が用意した大剣で応える。ガギンッと音が鳴り響き、剣がぶつかり合う。両者の剣が火花を散らせてぶつかり合い、戦いの激しさを表している。
烈火の如く激しく攻めるレオルドに対して、激流を制するように受け流すベイナード。どれだけレオルドが攻めようともベイナードには届かない。それでもレオルドが攻撃の手を緩めることはない。
ベイナードに剣術で勝てないのは誰よりも理解している。相対している自分が一番理解しているのだ。だからといって、諦める道理にはならない。
届かないなら、どんな手を使ってでも届かせればいい。
それは剣術じゃなくてもいいのだ。
レオルドがベイナードに勝てるとしたら、それは――
「アクアスピア!!!」
切り結んでいるところにレオルドは魔法名を叫ぶ。詠唱破棄で発動される魔法は威力こそ低いが、発動速度は速い。高速戦闘では有用な手段の一つである。それこそ、レオルドとベイナードの二人が戦っている今こそが好機と言えるだろう。
魔法名を聞いたベイナードが魔法に備えるがアクアスピアは飛んでこない。それこそがレオルドの作戦であった。
ベイナードが一瞬でも他のことに気を取られたなら隙が生まれるとレオルドは踏んでいた。それは見事に成功してベイナードはほんの一瞬ではあるがレオルドから視線を外した。
(ここだ!!!)
両手に握っていた剣を片手に切り替えてレオルドは空いた手から電撃を放つ。
だが、そう易々とベイナードがレオルドの魔法を許すことはしない。視線を外した僅かな隙を突いて電撃を放ったレオルドの手を掴んで電撃を逸らした。
驚くレオルドだが、ベイナードならばこれくらいはしてくるだろうと予想していた。だから、すぐに思考を切り替えて次の手を打つ。
一瞬の出来事。それはレオルドの思考を超える。
ベイナードが身体を回転させてレオルドを放り投げたのだ。とてつもない遠心力に引っ張られたレオルドは突然のことに思考が追いつかない。
(投げられた!? なぜ! いや! そんなことより体勢を!)
空中で身を翻して着地するレオルドは自分を投げたベイナードに顔を向ける。レオルドが顔を向けたが、ベイナードの姿は確認できなかった。
ゾワリと背筋に悪寒が走ったレオルドは後ろを振り返る。すると、そこには大剣を振りかぶったベイナードの姿があった。
(やられる……っ!)
障壁を張ることは出来ない。試合のルールに違反するのでレオルドは剣を盾代わりにしてベイナードの一撃を受け止める。
受け止めるレオルドは尋常ではない衝撃に耐え切れずに吹き飛んでしまう。闘技場の壁際まで吹き飛ばされたレオルドは地面に剣を突き刺して止まる。
(分かっていたが……ああ、くそ。やっぱり強いな)
地面に剣を突き刺して杖のようにしているレオルドはベイナードを見上げる。強者の姿が大きく見える事があるだろう。まさに今、レオルドはベイナードが圧倒的に大きな存在に見えていた。
だけど、まだ終わってはいない。
だって、まだ全部出していない。
そう、まだ始まったばかりである。
体力も魔力も十分。そして、やる気も。
ならば、ここで止まるわけにはいかない。
刮目せよ、ここから先のレオルド・ハーヴェストの力に。
地面から剣を抜いたレオルドは待ってくれていたベイナードに剣先を向ける。剣先を向けられたベイナードはその思いに応えるようにレオルドへ剣を向ける。
駆け出すレオルドにベイナードが待ち構える。振り下ろしたレオルドの剣をベイナードが受け止める。すると、ベイナードの体勢が崩れる。その光景を信じられないと観客たちが驚いている。そして、同じようにベイナードも驚いていた。
一体何が起こったというのか。その疑問の答えはベイナードの足元にある。
ベイナードの足元はぬかるんだ地面になっており、気づかない内にレオルドが水魔法と土魔法を複合させて地面を沼地のように変えていたのだ。
卑怯かもしれない。褒められるようなことではない。だが、それは違う。レオルドは自身が持つものを有効に使っているだけに過ぎない。
体勢が崩れたベイナードにレオルドは叩きつけている剣に体重を乗せる。不十分な姿勢に足元がぬかるんでいることもあってベイナードは追い込まれる。
笑っていた。ベイナードはレオルドの成長に喜んでいた。
まだ、甘い部分はあるが以前より遥かに研ぎ澄まされた技術に。
(ふっ……強くなっているな、レオルド。応えねばなるまい、お前の強さに)
応えるべきであろう。この戦いに。レオルドの成長に。
ストンッとレオルドの剣が地面につく。ベイナードがレオルドの剣を受け流したのだ。
(な!? どんな技だよ!!!)
確実に決まると思っていたレオルドは剣を受け流された事に動揺していた。それを悟られないように、ベイナードから離れて剣を構える。
ぬかるみから抜けるベイナードがゆっくりと大剣を構える。その瞬間、レオルドの全身に鳥肌が立つ。
(空気が変わった…………!)
ベイナードが纏っていた空気が変わる。それは始まりの合図。第二ラウンドの始まりであった。
今まで守りのベイナードであったが、今日初めて攻めに出る。ベイナードは大剣を逆手に持ち、深く腰を落とすと駆け出す。土埃を巻き上げながら、真っ直ぐに駆けるベイナードにレオルドは驚きながらも土魔法で迎撃する。
「アースニードル!」
レオルドの足元から土の棘が生えて、ベイナードに向かっていく。土の棘が迫ってもベイナードは避ける素振りも見せずに土の棘にぶつかる。
「はあっ!?」
土の棘にぶつかったベイナードはダメージ覚悟で空いていた片手で土の棘を破壊するのを見て驚きの声を上げるレオルド。そして、ベイナードは跳躍して逆手に持っていた大剣をレオルド目掛けて振り抜く。
受け止めるべきではないと直感が叫び、レオルドは横に飛んで斬撃を避ける。避けられた斬撃は闘技場の壁にぶつかり、頑丈に作られて結界も張られていた壁を木っ端微塵に破壊した。ガラガラと崩れる壁を見てレオルドは乾いた笑みを浮かべる。
(ははっ……マジかよ)
改めて、自分が戦っている相手がどれだけ強いかを知ったレオルドであった。
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