第181話 うちがブラック~? 証拠はどこにあるんだ!

 夏も終わり、ゼアトに秋が来た。レオルドが進めていた領地改革も順調に進んでおり、残すは自動車事業だけとなっている。すでに区画整理などは終わっており、移住希望などが多くレオルドは嬉しい反面、住民登録などの書類仕事に追われて悲鳴を上げていた。


「いくつかの部署を立ち上げるべきだな。俺達だけじゃ過労で死ぬかもしれん」


「……」


「忙しいのは分かっているが返事くらいは欲しいんだが?」


「レオルド様ほど僕たちは体力ないんですよ!」


「お、おう。すまん。貴重な体力を使わせてしまって……」


 良くも悪くもレオルドは鍛えているので多少のオーバーワークでも平気なのだ。しかし、他の文官達はそうではない。一応、軽い運動をしており体力作りは心がけているがレオルドほどではない。だから、文官達はこの忙しさで体力と共に気力も尽きかけており、今にも倒れそうなのだ。


 早急に文官を集めなければ嫌気が差してやめてしまうかもしれない。そう考えるとレオルドはまさか自分がブラック企業の経営者になるとは夢にも思わなかっただろう。


(やばいな。労働基準監督署があったら間違いなく訴えられてるわ)


 ここが現代日本だったらレオルドの顔は今頃真っ青である。つくづくここがなんちゃって中世ヨーロッパの世界で良かったと思うレオルドであった。


 その後もレオルドは死にかけている文官達と書類を片付けていく。終わった頃にはすでに日が沈んで月が世界を照らしていた。


「お疲れさまでした……」


「ああ、お疲れさま……」


 帰っていく文官たちの背中から哀愁漂う姿は社畜を彷彿とさせる。レオルドは本当に彼らのために、人員補充を急ぐのであった。


 翌日の明朝、レオルドはいつものように鍛錬を行う。鍛錬する人数も増えて、今では五人になっている。新たに加わったのがジェックスとカレンである。


 カレンは主にギルバートに鍛えてもらい、ジェックスはレオルドとバルバロトが相手をしている。最近はジェックスの実力もメキメキと上がっており、バルバロトともいい勝負が出来るようになっていた。しかし、今はまだバルバロトの方が実力は上である。


「くっそ! いいところまでいったと思ったんだが……駄目だったか〜」


「何を言っている。この短期間でここまで実力を伸ばしたのだから誇ってもいいんだぞ」


「はっ、でも、勝てねえようじゃ話にならねえよ」


 地面に腰を下ろしているジェックスにバルバロトが手を差し出している。ジェックスは笑いながら、その手を取り立ち上がる。


「そう言うな。俺は最初お前に負けてるんだからな?」


「あの時は魔剣の能力も知られてなかったからな。純粋に勝ったとは思ってねえよ」


「戦場ではそのようなことは通じんさ。負けた俺が弱かっただけの話だ。まあ、今は俺のほうが強いがな」


「へえ〜、言ってくれるね〜。すぐに追い抜いてやるよ!」


「ふっ! いつでも受けて立つぞ」


 その光景にレオルドは笑顔を浮かべていた。切磋琢磨出来る相手がいるというのは幸せなことだ。お互いに高め合うことが出来るのだから、自ずと鍛錬にも力が入るだろう。残念なことにレオルドにはもうそんな相手がいない。


 今のレオルドは剣術でもバルバロトと同格である。ただし、まだ体術はギルバートに及ばない。それもそうだろう。ギルバートはレオルドの倍以上生きており、現在も鍛錬を積んでいるのだから、そう簡単に追いつくはずがない。


 しかし、レオルドはギルバートに及ばないものの体術においてはゼアトに敵はいない。つまり、レオルドはゼアトではシャルロット、ギルバートに次ぐ実力者なのである。


 三人が剣の鍛錬を積んでいる傍らでは、ギルバートがカレンに暗殺術を教えていた。ギルバートは徒手空拳を得意としており、主に体術をメインにカレンに教えている。

 しかし、その内容は年頃の女の子にはギルバートの鍛錬は辛いものだろう。容赦のない拳や蹴りはカレンにとっては耐え難い痛みであろう。それでも、必死に喰らいついているあたり、カレンは頑張っているほうだ。


「もう一本お願いします!」


「その意気ですよ。あなたとの鍛錬は私もつい力が入ってしまいますね」


 怯えることもなくギルバートに飛びかかる姿は誰が見ても驚きものだろう。カレンの年ならば、普通はお洒落に目覚めたりするのだから、今の姿は信じられないかもしれない。それでも、カレンには強くなりたい理由があった。


 それは少しでもジェックスの役に立ちたいからだ。今までは探索や情報収集しかしてこず、戦闘は基本不意打ちしかなかった。でも、今は戦う術を教えてもらっている。それも、最高の師匠にだ。これは、幸運と言ってもいい。

 本来であれば巡り会うことのなかった相手だ。それが、今はこうして数奇な運命を辿り、自分の体格にあった暗殺術を教えてもらっているのだ。これを幸運と言わずにはいられないだろう。


「やあああっ!」


「動きがお粗末ですよ。もっと、丁寧に」


「あうっ……!」


 簡単に転がされるカレンは泥を払いながら立ち上がると、ギルバートに力強い眼差しを向けて拳を構える。自分はまだやれるとアピールするカレンにギルバートは嬉しさに口の端が上がる。


「来なさい」


「はいっ!」


 五人の鍛錬は続いていく。レオルドは鍛錬を行いながら、今日も一日頑張ろうと思うのであった。

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