第166話 ブラック企業って入ってみなきゃわからない
夏真っ盛りの日、レオルドは未だに完成の目処が立たない自動車製造に励んでいた。
ただでさえ、外は暑く作業が辛い。それでも、男達は夢を諦めることなく追い続ける。
「またダメだったか……」
しかし、そう簡単にはいかない。試運転している時に部品が破損した音が響き渡り、試作機は動かなくなる。
作業員達が集まり、破損した部品を片付けて改善点を話し合い、新しいのを取り付ける。
そして、また試運転を再開する。これを何度も繰り返す事が完成への唯一の道であった。
レオルドはしばらく見守っていたが他にもやるべき事があるので、工場を後にする。
屋敷へと戻り、文官達と合流して書類仕事にあたる。それから、数時間ほど書類仕事に追われることになった。
やっと、書類仕事が終わったかと思われたが、たまたま書類が落ちてしまう。拾い上げるレオルドだったが、書類の内容を見て動かなくなってしまう。
「レオルド様。どうかされましたか?」
突然、動かなくなったレオルドを心配した文官の一人が声をかける。声を掛けられたレオルドは、その声で動き出す。
「いや、気になる案件があってな」
拾い上げた書類には騎士の派遣要請が書いてあった。その内容は畑を荒らす何者かを捕らえて欲しいというものだ。
何者かと書かれているが人間であるかは分からない。何せ、畑が荒らされている事しか分からないからだ。
「これくらいなら、自分で犯人を捕まえて欲しいですね」
「そう言うな。犯人が人間であれ魔物であれ、被害者からすれば恐ろしいものなんだ。むしろ、人間の方が恐ろしいかもしれん」
「ですが、その案件はゼアトでも小さな村ですよ? それってつまり、村の中に犯人がいるって事ですよ。騎士を派遣するまでもない案件です」
「ふむ……ならば、俺が行こうか」
『はあっ!?』
レオルドの発言に思わず文官達は揃って声を上げてしまう。
「そんなに驚く事か?」
「いやいや、何を言ってるんですか! 領主であるレオルド様がするような事じゃないですよ!」
「でも、さっき騎士を派遣するまでもないって」
「確かにそう言いましたけど、だからってレオルド様が行くのはおかしいです!」
「えー? でも、領主だし別に良くないか?」
「よくありません! 大体、仕事はどうするんですか!」
「お前達に任せる。車の方はマルコがいれば問題ないし、俺がいなくても十分に領地は経営出来るだろう」
「だからって領主であるレオルド様自らが行く意味が分かりません!」
文官の言う通りである。今回の件は確かに不確定要素があるが、騎士を派遣すれば解決する問題である。ならば、やはり領主であるレオルドが行く必要性は全くない。
「……久しぶりに身体を動かしたいんだ」
「いつも、ギルバート殿やバルバロト殿と鍛錬してるでしょうが!」
「たまには実戦を……な?」
「アホですか?」
「は? おまっ! 主に向かってアホってなんだ! 言い過ぎだぞ!」
「あのですね、レオルド様。よく考えてください。ご自身の立場を」
そう言われると辛いのがレオルドである。現在、レオルドは伯爵という立場もあるが、それ以上に重要なのが転移魔法を復活させた事により各国から狙われている身であるのだ。
既にレオルドではないが、家族の方に被害が及んでいる。故にレオルドが勝手な行動をするのは許されない。
「でも、ゼアト内だぞ? 俺の領地なんだから――」
「ギルバート殿が過労死しますよ……?」
現在、ゼアトが帝国や聖教国の魔の手に落ちていないのはギルバートの頑張りがあってのものだ。元暗殺者としての能力を駆使してゼアトに潜り込んだ帝国や聖教国の内通者を秘密裏に処理しているのだ。
もちろん、この事実を知っているのはレオルドだけではない。文官達に使用人といったレオルドに近しい人物は全員が知っている。
ただ、ギルバートも万能ではないのでゼアト全域を補うことは出来ない。ギルバートが補えるのはレオルドの近くであるゼアトの中心街のみだ。
「ギルを護衛に連れていけばいいか?」
「そういう問題じゃないでしょう……」
「じゃあ、仕方がない。シャルを連れていこう!」
「え、あー……それなら……?」
文官達はお互いに顔を見合わせる。果たして、シャルロットを連れていけば安全なのだろうかと思案している顔だ。
シャルロットは、誰もが知る世界最強の魔法使いである。確かに同行させれば、これ以上ないくらいの味方であろう。ただし、シャルロットがまともに動いてくれればの話だ。
文官達も一応シャルロットについては話を聞いている。国家に関わる様なことならシャルロットは助けないし動かない。ただ、レオルドの命が危機とあるならば助けるが、それ以外ならどうなるかは分からない。
そんな人間に任せてもいいのだろうかと文官達は考える。
「それで、答えは出たか?」
「シャルロット様が一緒なら……」
多少不安であるが、シャルロットが一緒ならば問題ないだろうという結論を出してしまった文官達。
「ほう。シャルか。ならば、呼んでこよう」
「あっ、でも、シャルロット様が行かないって言ったらダメですからね!」
「うむ。分かった」
(ホントにわかってるのかなぁ……?)
部屋から出ていくレオルドが振り返ることなく文官達に向かって親指を立てた。それを見た文官達は不安に思うばかりであった。
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