第143話 あなた、お邪魔虫なのよ
とりあえず、レオルドはマルコの友人である建築士をしている女性に会う為、集合住宅の階段をマルコと一緒に上がっていく。
先導していたマルコが止まった事で、レオルドはマルコが借りている部屋に辿り着いた事を知る。
「ここだ。ちょっと待っててくれ」
「ああ。わかった」
部屋の扉を何度かマルコが叩く。すると、ガチャリと鍵の開く音が聞こえて扉が開いた。扉の隙間から、顔を覗かせているのは紛れもなく女性であったが陰湿な見た目をしていた。
髪はボサボサで目元が隠れるまで伸びていた。首から上しか見えないが肌は白く、病気なんじゃないかと疑いたくなるような見た目である。
「マ、マママルコ?」
「うん。オイラだよ。サーシャ、会ってもらいたい人がいるんだけど中に入れてくれないか?」
「エ、エヘッ、ここはマルコが借りた部屋だから私の許可なんて必要ないよ……」
「そっか? まあ、でも一応な」
「あ、あありがと。マルコは優しいね」
許可を得たのでマルコはレオルドを部屋へと招き入れる。部屋の中は二部屋しかなくて、所謂1DKと呼ばれる形をしていた。
(ふむ。そこそこ広いな)
奥の洋室へと案内されたレオルドは足元に無造作に散らばっている紙に注目した。拾い上げて裏返して見ると、建物のデザインが描かれている。
芸術的センスのないレオルドもそれは素晴らしいと感じた作品だったが、サーシャが奇声を上げてレオルドから紙を奪い取る。
「あぁぁああぁぁぁああああっ!」
「うおっ!? び、びっくりしたな」
「こら、サーシャ! その人はレオルド様って言って貴族様なんだぞ!」
「ひっ! も、申し訳ありません! お、おゆ、おゆゆるしください!」
マルコに叱られて、レオルドが貴族だということを知ったサーシャは土下座をして謝罪をする。
「いや、構わない。それよりも顔を上げてくれ。俺は君と話がしたい」
「で、でもでも……わ、私の顔なんて貴族様にお見せするような顔じゃないので……」
これでは話が進みそうにないと困ったレオルドは助けを求めるようにマルコへと顔を向ける。マルコはレオルドが助けて欲しそうに顔を向けていることがわかり、土下座をしているサーシャに優しく説明した。
「サーシャ。レオルド様が困ってるから、顔を上げてくれ。大丈夫、オイラもレオルド様もサーシャの事を虐めるような事はしないから」
(俺はいじめっ子か何かと思われてるのか? いや、まあ、昔はいじめっ子みたいなことしてたけども……)
ビクビクと怯えているサーシャは僅かに顔を上げてマルコを見詰める。マルコが安心させるように笑うので信じてみようとサーシャは顔を上げた。ただし、髪の毛のせいで目元が見えないが。
「サーシャと言ったな」
「は、はははい……」
「そう怯えるな。俺はお前に頼みたい事があってきたんだ」
「わ、わた、私なんかに頼みたい事って……?」
「うむ。ウチの領地に来て建築士として働いてみないか?」
「えっ、えっ、えっ?」
「戸惑うのも無理はないだろう。突然の事で混乱してるかもしれないが、ウチの領地はまだまだ発展途上でな。色々と足りない事が多いんだ。いくつか、施設を建設しようとは考えてるんだが、肝心の建築士がいなくてな。そこで、俺は陛下に頼み、王都で集めることにしたんだ。今はまだマルコしか見つかっていないが……どうだろうか? マルコの友人という事もあるサーシャには是非とも来てもらいたいんだが」
「あ、えっと……その……」
なんと言えばいいのだろうかと困っている素振りを見せるサーシャはマルコに助けを求めた。先程から、レオルドとサーシャから助けを求められているマルコだが、嫌な表情一つも見せずに助けている。
「落ち着いて、サーシャ。オイラはサーシャに一緒に来てもらいたい。実は、オイラはレオルド様に付いていくんだ。だから、もうここには帰って来ない」
「えっ……うそ……?」
「本当だよ。オイラはレオルド様と一緒にゼアトって領地に行く事に決めたんだ。だから、もしサーシャが来ないならここでお別れになる」
ここでサーシャがマルコと別れてしまえば、サーシャはマルコに養われていたので明日からの生活に困るだろう。一人前の建築士なのだから、仕事を探せばあるのだろうがサーシャの性格上難しい。
なので、サーシャの答えは決まっているようなものだ。
「マ、マルコが行くなら……私も一緒に……」
「本当かっ!?」
「ひぃっ!」
「……マルコ、頼む」
毎回怯えられてしまうレオルドは悲しげにマルコへと後を託した。
「えっと、一緒にって言うけど今度はきちんと仕事をしてもらいたいんだ」
「うっ……で、でも私なんかのデザインなんて……ゴミだし……誰も喜ばないよ」
「そんな事ないよ。オイラはサーシャのデザイン好きだよ」
(なに、ナチュラルに口説いてんねん。はっ倒すぞ?)
口を挟めばサーシャが怖がるので無言のレオルドだが、内心ではキレッキレの突っ込みである。
「マルコは優しいから……」
「嘘じゃないよ。レオルド様、さっき見ただろ? サーシャが描いたデザインを」
「ああ。見事なものだった。だから、サーシャよ。考えてみてくれないか。もしも、来てくれるのならマルコと一緒に外へ出てきて欲しい。俺は外で待っている。マルコ、後は頼んだぞ」
「えっ、いいのか?」
「俺がいたら邪魔だろう。あと一つ言っておくが、サーシャが断ってもお前は来るんだぞ! いいな!」
そこだけは譲れないとレオルドは念を押す。そのまま、一人で外へと出ていくレオルドの背中を見詰めていたマルコはサーシャへと向き直る。
「サーシャ。もう一度聞くけど、一緒に来てくれないか?」
「……わ、私なんかでいいのかな?」
「いいに決まってる。レオルド様もさっき言ってただろ? だから、大丈夫だって」
「マルコは……? マルコは私が一緒だと嬉しい?」
「オイラ? 当然じゃないか。オイラはサーシャと一緒なら嬉しいよ」
なんという天然だろうか。女性が不安げに聞いている質問に対する回答としては完璧ではないのだろうか。サーシャがマルコの事をどう思っているかはまだ分からないが、少なからず嫌いではないはずだ。
「な、なら……私……頑張ってみるね」
「おおっ! ありがとう、サーシャ!」
「ひゃっ、ひゃあああっ……!」
歓喜のあまり抱き締めるマルコに悲鳴を上げるサーシャは顔が真っ赤に染っていた。ここにレオルドがいたのならば、間違いなく切れていただろう。
自分もシルヴィアをお姫様抱っこした事があるのに拘らず、他人へ嫉妬するのがレオルドなのである。
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