第141話 イイハナシダナー

 逃げ出そうとした男の首根っこを捕まえて、レオルドは男が逃げ出してきた工房へと向かう。その理由は捕まえている男が職人の場合、引き抜くことが出来ないからだ。

 まずは、男が見習いかどうかを確かめる為に工房へと向かい問わねばならない。


「はっ、離せよっ!」


「阿呆。離したら逃げる気だろ」


「逃げない! 逃げないから離してくれ! 首がしまって苦しいんだ」


 事実、レオルドが先程から首根っこと言うよりは服の襟足を引っ張っているせいで男は首がしまっていた。

 息苦しい男は必死にレオルドへ頼み込む。流石にこんなくだらない事で死んでも困るので、レオルドはパッと掴んでいた襟足を離した。


「ゲホゲホ、あんた無茶するなぁッ!」


「すまんな。昂っていたんだ。許してくれ」


「まあ、別にいいけどよ……あんた、アレが何なのか理解してるのか?」


 アレとは男が持っていた設計書の事だろう。もちろん、レオルドはその内容を理解している。むしろ、理解しているからこそ歓喜に震えて大笑いをしたのだ。


「当然だ。だからこそ、俺はお前を是が非でも我が領地へ連れ帰りたいんだ」


「そ、そこまで言われると照れるなぁ。でも、貴族様の領地は――」


「先程からあんたや貴族様と俺の事を呼んでいるが、レオルドと呼べ。もしくは、伯爵閣下だ」


「じゃあ、レオルドで」


「ふっ、はははははっ! 本当にそう呼ぶとはな。俺は気にしないが、他の貴族には言葉遣いに気を付けろよ。下手をすればその場で斬首も有り得るぞ」


「えっ……!」


「そう怯えるな。俺は言葉遣いが悪くても気にせん。ただ、俺の部下がいる前では気を付けた方がいいかもしれん。注意されるだけならいいが、下手をしたらどんな罰があるやら……」


「えっ……えっ……?」


「まあ、安心しろ。今は俺しかいないから誰も文句は言わん。それよりも、話している内に着いたぞ」


 そう言うレオルドが工房に指を向ける。男はレオルドの話を聞いて怯えていたが、工房を見て別の意味で怯え始める。

 勢い良く飛び出しておいて、すぐに戻ってきたのだから何を言われるか分からない。


 チラリとレオルドの方に男は顔を向ける。レオルドは男が何を考えているのか分かり、男よりも先に工房へと向かう。

 男はレオルドの背中に隠れるようについて行く。


「頼もう!」


 威勢よくレオルドは工房の中に向かって吠える。すると、工房の奥から初老の男ではなく、別の男が現れる。


「あの、どちら様でしょうか?」


「俺の名はレオルド。レオルド・ハーヴェストだ。一応伯爵家の当主でもある」


「えっ!? レ、レオルドってあの転移魔法を現代に蘇らせたって言うレオルド様ですか!?」


「ああ。そのレオルドだ」


「あ、あわわわっ! 親方ぁッ!!」


 時の人であるレオルドが来た事に男は慌てふためき、工房の主である親方を呼びに奥へと引っ込んだ。

 しばらく、待っているとレオルドの背中に隠れている男と言い争っていた初老の男が奥から現れる。初老の男はレオルドの背中に隠れている男を一度だけ睨むと、すぐにレオルドへと目を向ける。


「伯爵様がこのような場所になんの御用で?」


「一つ尋ねたい事があってな。俺の後ろに隠れている男はここの工房の職人か? それとも見習いか?」


「知りませんな。そいつはうちの職人でもなけりゃ見習いでもないです」


「本当か?」


 確かめるようにレオルドは後ろに隠れている男へ聞いてみるのだが、男は目を泳がして答えようとしない。


「ふむ。親方よ。俺は今ゼアトと呼ばれる領地の主をしている。そこで、俺は王都から人材を集めている最中なのだが……この男を是が非でも我が領地に迎えたい。しかし、陛下からは職人はダメだと言われている。見習いまでなら許可を得ているのだが、本当にこの男は職人でもなければ見習いでもないのか?」


 真剣な表情で問い質すレオルドに親方と呼ばれている男は顔を歪める。言い難そうに口を閉じていたが、口を開いた。


「そいつは……マルコはうちの職人だ。だが、さっき解雇した。だから、もうウチとは関係ない」


「なっ!?」


 レオルドの後ろにいたマルコが驚いた声を出した。レオルドは驚いているマルコを置いて、話を続ける。


「ならば、俺が連れて行っても構わないな?」


「ええ。どうぞ、ご自由に」


 そう言って親方と呼ばれている男は、二人の前から去ろうとする。しかし、そこにマルコが慌てて親方と呼ばれている男へしがみつく。


「お、親方っ! なんで、オイラが首なんだよ。オイラは確かに親方に無茶なお願いをしちまったけど、首にするなんて……そんなの嫌だよ! 諦める。オイラ、諦めるから! もう二度と馬鹿な事は考えないから、首にはしないで――」


「バカヤロー! マルコ、お前は自分で未来を閉ざす気か!」


「へっ……?」


「いいか? 伯爵様、いいや、レオルド様は今や国では知らない人の方が少ないくらい有名な御方なんだ! お前は、そんな凄い御方に見初められたんだ! お前の才能をレオルド様は買ってくださるんだよ……」


「そ、そうなのか……?」


「ああ。その通りだ。大体、さっきも話しただろう。お前は天才だと。お前がどうしても欲しいと」


「ここまで言って下さるんだ。マルコ、俺じゃお前の夢は叶えてやれない。だけど、レオルド様ならお前の夢を叶えてくれるかもしれない。だから、行け。俺の事は気にするな。お前がやりたいようにやるんだっ!」


「お、親方。でも、オイラはまだ親方に貰ったもん何も返してないのに……」


「そんなのはいいんだ。お前はウチで十分働いてくれた。だから、もういいんだ。レオルド様の所へ行って夢を叶えて来い」


「お……親方ぁ……!」


(いい話だなー……)


 熱い男達の物語にレオルドは心の中で涙する。目の前で涙を流す男二人を眺めながら、レオルドは感動していた。


 ただ、一つだけ気になるのはレオルドの周囲には何故男ばかりが集まるのかということだった。 

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