第125話 ちょいと、ごめんね~。一緒に来てくれるかな?

 レオルドが研究者たちに空間についての勉強会を始めて一週間が経過した。


 そして、事件が起こる。


 レグルスとレイラは買い物の為に馬車へ乗っていた。数人の護衛を引き連れており、よっぽどのことがない限りは問題ないだろう。

 だが、そのよっぽどの事が起こる。人通りの少ない道を通っていると、馬車を引いている馬の前に弓矢が射られる。


 驚いた馬が立ち止まり、馬車の中にいたレグルスとレイラも驚いた。一体、何事かと御者に問い詰めようとした時、護衛の騎士から注意される。


「レグルス様とレイラ様はそのまま馬車の中にいてください! 恐らく何者かの襲撃です!」


 襲撃という二文字に二人は怯える。今までそんな経験などないからだ。王都内である上に自分達は公爵家の人間だ。襲うと考える方が愚かだろう。


 しかし、現に今襲われているのだ。馬車の外から聞えてくる騎士の怒号に、襲撃者達と思われる複数の罵声。


 しばらく、身を寄せ合って隠れていた二人だが、騎士と襲撃者達の戦闘音が収まった。レグルスは嫌な予感がしていた。


 騎士が勝利したならば報告があるはずだ。それがないと言うことは、つまり負けたということだ。公爵家に仕える騎士は全員が猛者ばかりである。

 そんな彼らが襲撃者に負けるなど冗談にも笑えない。レグルスの呼吸が荒くなり、レイラはレグルスが焦っているのを見て、余計に怖くなる。


「レグルス兄さん……」


「大丈夫。僕がいる」


 馬車の方へ足音が近づいて来るのをレグルスは聞き取り、魔法を放つ準備をする。馬車の扉が開きそうになった瞬間、馬車に取り付いている窓から襲撃者が飛び込んできた。


「きゃああああああっ!!!」


「ははははっ! 利口な坊ちゃんだ! だが、そう甘くはねえよ!」


「くっ……レイラを離せ!」


「そっちこそ状況を理解してないのか? お前が魔法を撃つより先にこいつの喉を掻っ切る方が早いんだぜ?」


 窓を突き破って侵入してきた男はレイラを人質に取り、ナイフを首元に突きつけている。レグルスがどれだけ強気な姿勢を見せようが、襲撃者には通用しない。


「……お前達の目的はなんなんだ! 答えろ!」


「ああん!? お前自分の立場が分かってねえのか!」


「ひっ!」


 質問したレグルスに襲撃者の男は怒ってレイラにナイフを近づける。切っ先がレイラの肌に触れて一筋の血が流れる。小さく悲鳴を上げるレイラは怯えた目でレグルスを見つめる。


「……わかった。言う事に従うから、レイラは解放して欲しい」


「いいや、ダメだね。大体、必要なのはこっちの方だしな」


「なっ! レイラをどうするつもりだ!」


「どうもこうもねえよ。ただ、一つだけ教えておいてやるよ。お前らが大嫌いな兄貴の所為だってな。ぎゃははははははははっ!!!」


 下品に笑う男の声はレグルスには届いてはいなかった。レグルスの胸中にはレオルドへの憎悪が渦巻いていた。


(どうして、あんな奴のせいで僕やレイラが傷つかなくちゃならないんだ!)


 怒りに拳を握り締めて震えているレグルスを襲撃者達は縛り上げてレイラと共に連れて行く。本来ならレイラのみであったが、たまたま一緒にいたからという事で連行した。


 王都のとある場所へと連れて来られた二人は、窓もない狭い部屋に押し込められることになる。


「おい、一人だけじゃなかったのか?」


「どうやら、一緒の馬車に乗っていたようです。それで、ついでにというわけです」


「はあ~。いい加減な仕事しやがって。まあいい。連れて来ちまったもんは仕方がねえ。公爵家に手紙を出しとけ」


「わかりました」


 翌日、公爵家に手紙が届けられる事になる。その内容は二人の身柄とレオルドの交換であった。


 これに対して公爵家当主であるベルーガは憤慨する。だが、しかし、相手の手にはレグルスとレイラの命が握られていた。

 これでは迂闊に手を出す事が出来ない。ベルーガはどうするべきかと迷う。


 二人とレオルドを天秤にかけた。


 父親として公爵家当主として苦渋の決断をする。ベルーガはレオルドを取る事にしたのだ。

 今のレオルドは国にとって失う事の出来ない存在。対して、レグルスとレイラは国から見れば大きな損失にはならない。


 レグルスは次期当主となっているが、レオルドの功績を考えれば再びレオルドを次期当主に迎えることは難しい話ではない。


 貴族としては最善の判断であったが、父親としては最悪の決断であった。


「は? レグルスとレイラが攫われた?」


「ああ……先日のことだ。そして、犯人からこのような手紙を貰った」


 手紙を受け取ったレオルドは中身を読んでいき、ワナワナと怒りに震える。そして、同時に自分が今まで何をしてきたかを理解する。どこまでいっても誰かに迷惑を掛けてしまうのかとレオルドは自分を責める。

 しかし、それでも今は立ち止まっているわけにはいかない。どれだけ理不尽な事が起ころうとも諦めるわけにはいかないのだ。


「俺の身柄と交換だと……つまり、俺のせいで二人は誘拐されたのか?」


「落ち着け。レオルド。手は打ってある」


「内容次第によっては冷静ではいられなくなるかもしれません」


「……騎士を動員して二人を捜索している。私は、相手の要求を拒む事にした」


 血の気が引いた。レオルドは信じられないといった顔でベルーガに問い詰めた。


「二人は家族なのですよ! 見捨てるおつもりですか!!!」


「見捨てるつもりなど毛頭ないわっ! だが、レオルド! よく聞け。今、お前を失うわけにはいかないのだ……! お前は今やこの国にとってどれだけの存在価値があるか、分からぬお前ではなかろう?」


「知るかよ、そんな事! 俺にとっては二人の方が大事に決まっている!」


「待て、レオルド! 誰か、誰でもいいからレオルドを止めろっ!!!」


 いてもたってもいられないレオルドは勢い良く、屋敷を飛び出した。後ろから騎士が追いかけてくるが、レオルドに追いつくことは出来ない。

 あっという間にレオルドは騎士を撒いてしまった。そのままの勢いでレオルドは自分の所為で捕らわれてしまった二人を探すのであった。


「はあ……こうなってしまったか」


「ベルーガ。きっと、大丈夫よ。あの子ならきっとね」


「オリビア。聞いていたのか」


「ええ。ベルーガ、心配しなくてもいいわ。絶対大丈夫だから」


「もしかして、シャルロット様が?」


「はい。シャルロットさんが万が一の時は助けてくれるから」


 世界最強の魔法使いが味方にいる。これほど、心強いことはない。しかし、気になるのは万が一の場合だけしか助力しないという事だ。


 これにはシャルロットの事情があるのだが、国家が関わるような事には一切手を貸さないのだ。面倒ごとに巻き込まれるのは御免だという事らしい。


 しかし、それでも万が一にはシャルロットが助けてくれるので安心は出来る。

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