第123話 母は強し

 パチリとレオルドは目を覚ます。見慣れた天井が視界に入ってきて、ここが私室だと分かる。身体を起こして、動きを確かめる。

 特になんの後遺症もないので、レオルドはベッドから起き上がり部屋を出る。


 部屋を出ると使用人が丁度呼びに来たのか、扉を開けたらノックをしようと固まっていた。


「何か用か?」


「あっ、はい。シャルロット様からそろそろ目覚める頃なのでお呼びするように言われましたので」


「ん。そうか。シャルはどこに?」


「はい。食堂の方です。もう、お夕食の時間ですから」


「分かった。案内してくれ」


 使用人の後ろを付いていくレオルドは食堂へと入る。中には、ベルーガ、オリビア、レグルス、レイラ、そしてシャルロットがいた。


 何故かシャルロットはレグルスとレイラの間に座っており、先程から二人にちょっかいを掛けている。それを誰も注意する事はなく、二人はされるがままである。


 ここは兄として止めるべきかと迷ったレオルドだが、二人に嫌われている自分が何かを言えば間違いなく睨まれる事になるので黙っておくことにした。


「あ〜ん! レグルスもレイラも可愛いわ〜。私の事は気軽にシャルお姉ちゃんって呼んでね」


 一先ず、シャルロットの戯言は無視してレオルドは席に着いた。


「父上。お元気そうで何よりです」


「そちらもな。しかし、彼女には驚かされるばかりだ。為す術もなく眠らされるとは……」


「仕方がありませんよ。ギルですら簡単にあしらうんですから」


「末恐ろしいものだ。しかも、今やお前の嫁候補だと言う」


「ふぁっ!? 父上。ご冗談はよしてくださいよ。ははははっ……真で?」


「ああ。オリビアから聞いたぞ。シャルロットは正式にお前の嫁候補だそうだ」


「母上ぇっ!? その話は本当なのですか!?」


「うふふ。ええ、本当よ。シャルロットさんには私からお願いしたの。レオルドをよろしくねって」


「お……おおっ!? おい、シャル! おまえは了承してないよな!?」


「不束者ですが末永くよろしくお願いするわ、レオルド〜」


「頭が痛くなるような冗談はよせ!」


「ふふふふ。まあ、一応は頭に入れておいてね。まだ、私にその気はないけど、貴方のお嫁候補だって事を」


「うっ……胃に穴が開きそう……」


 腹部に嫌な痛みが走るレオルドはキュッとなった下腹部を抑える。


「レグルス、レイラ。私がお姉ちゃんになったら、なんでもしてあげるからね〜」


「でしたら、そこの男を始末してくださいと言ったらしてくれるのですか?」


「あら〜?」


「そうですね。シャルロット様が考えつく限りの痛みをあの人に味わわせてもらいたいですね」


「あらら〜?」


 シャルロットが二人にどれだけちょっかいを掛けても何の反応も見せなかったのに、レオルドが絡んだ途端に二人は憎悪を露にした。


「レオルド〜。貴方、相当嫌われてるわね〜」


「……うるさい」


「レグルス、レイラ。レオルドは嫌っても私の事は嫌いにならないでね〜」


 二人は特に答えない。ただ、見詰める先にはレオルドがいる。その瞳には何が映っているのかは、誰にも分からない。

 唯一、分かるとすれば二人はまだレオルドを許す事が出来ないということだ。


「ところで、レオルド。今回は転移魔法の事で陛下はお前を呼んだそうだが、いけそうか?」


「私一人ならば少々厳しかったでしょうが、シャルもおりますから問題ないでしょう。逆にあるとすればシャルが暴走しない事ですかね」


「御し切れるのか?」


「父上。私と父上が二人掛かりでも勝てる相手では無いのですよ? 私一人でどう止めることが出来ましょうか」


「そうだな。そうだったな……レオルド、くれぐれも彼女の機嫌を損なうような事はするなよ」


「あのね〜、二人とも聞こえてるから。私も怒るわよ」


「まあ、そう怒るな。シャル、お前を評価していての事だ」


「む〜、納得できないけど、オリビアに怒られたくないから我慢してあげるわ」


 驚愕、衝撃の驚天動地である。よもや、世界最強の魔法使いたるシャルロットが母親オリビアに叱られたくないからと怒りを鎮めたのである。

 レオルドとベルーガは互いに顔を見合わせてオリビアを見詰める。二人に見詰められるオリビアはよく分かってないようで首を傾げている。


「何があったと言うのだ?」


「私が聞きたいですよ」


「とにかく、オリビアがいれば平気ということか?」


「さっきの言葉が真実ならば、恐らくは……」


「うーむ……毎度オリビアには驚かされるが、まさか彼女を丸め込むとは」


「母上って何者なんです?」


「まあ、かつては社交界を牛耳っていた程だ。そして、同時に多くの女性から畏怖の眼差しを受けていたな」


「気になりますけど、逆に恐ろしくて聞けませんね」


「母は強しだ、レオルド。恐らく私とお前が一生勝てない相手だ」


「なるほど。確かに」


「うふふっ。二人ともわざとかしら?」


 慌てて訂正する二人は、やはりオリビアに勝てないだろうと頭と身体で理解した。

 賑やかな食事会は続く。シャルロットのおかげで、レグルスとレイラも混ざって楽しい時間が過ぎていった。


 良くも悪くもシャルロットという緩衝材がいてくれたおかげでレオルドは久しぶりに家族と一緒に食事をとる事が出来たのである。 

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