第122話 親父にも打たれたことないのにーッ!

 公爵邸は今緊張に包まれていた。


 その理由は公爵家現当主ベルーガ・ハーヴェストと息子であり伯爵のレオルド・ハーヴェストの親子喧嘩の火蓋が切られようとしていた。


「父上。思えばいつぶりでしょうか。私と貴方がこうして向かい合うのは」


「そうだな。お前が道を踏み外してからは一度も無かったから、五年以上前だろう」


「ははっ。懐かしいですね」


「ああ。随分と懐かしい」


「父上。手加減はいりません」


「抜かせ。お前の方こそ手加減などせずとも全力で来なさい」


「では――」


「――来い」


 父と息子の戦いが今幕を開けた。


 さて、公爵邸の広い中庭でレオルドとベルーガが親子水入らずの時間を過ごしている中、オリビアはシャルロットと二人で紅茶を飲んでいた。


「どうかしら、シャルロットさん。美味しい?」


「ええ。とっても美味しいわ〜」


「そう、良かった。それで、聞きたいのだけど、シャルロットさんはレオルドの事をどう思ってるのかしら?」


「う〜ん、そうね〜。興味深くて面白い玩具箱かしら」


「男の子としては見てないの?」


「まだ、異性としてはね〜。嫌いでは無いけれど、結婚となるとまだ足りないかしら」


「そうなの? 私としてはね、シャルロットさんにはレオルドのお嫁さんになってもらいたいわ」


「ええ〜? それはどうして?」


「レオルドは前までやんちゃな子だったの。今はとてもいい子だけど、またいつかどこかで迷子になっちゃうかもしれない。そんな時にシャルロットさん、貴方がいればきっと大丈夫だと思うの」


「でも、レオルドにはシルヴィアがいるわよ?」


「ええ。私は二人にレオルドの事を任せたい。レオルドはきっと自分を引っ張ってくれるような女性に惹かれると思うの。それに、私はまだレオルドの事が心配なの。ずっと嫌な感じが胸から離れないでいる。何か悪い事が起きてレオルドがいなくなってしまうんじゃないかって……。だからね……シャルロットさんがいればレオルドを守ってもらえるでしょ?」


「勿論よ〜。私はまだレオルドの事を異性としては意識してないけれど好きなのは確かだから、守ってみせるわ」


「良かった。だったら、やっぱりレオルドと一緒になって欲しいわ。それに、うふふ。シャルロットさんとこうして話すのはとっても楽しいもの」


「ええ。私もよ」


 朗らかに笑うオリビアに一切の悪感情はない。シャルロットはこれ程までに悪感情を抱いていない人間を見たのは初めてであった。


(これが母親なのね。羨ましいわ、レオルド。何の見返りもなくただ無償の愛を注いで貰えるなんて……この人の娘になるのは悪くないわね。きっと、私の事も可愛がってくれるのでしょうね。ふふっ。私の方が歳上なのに)


 レオルドしか知らないが、シャルロットは年齢不詳である。ゲームの設定ではシャルロットは魔法により老化を防いでおり、どれくらい生きているかは定かではない。

 だが、その圧倒的な知識量に魔法への理解から人間の寿命はとうに超えているだろう。故にシャルロットは真の意味で魔女と呼べる存在なのだ。


 ゲームではシャルロットについてはあまり掘り下げられない。なぜならば、シャルロットはゲームに大して関わらないからだ。

 イベントキャラであり、世界最強とされているが基本は主人公達に少しばかり依頼をするだけである。


 ヒロインでも無ければサブヒロインですらない。


 でも、モブキャラという訳でもない。


 製作者かみさまが作り出した所謂ネタキャラなのだ。ただし、冗談抜きで世界最強の魔法使いなので勝つ事は出来ない。

 ゲームの時もシャルロット戦では耐久するか、障壁を全て破壊するかでしか決着がつかないのだ。負ける事はあっても勝つ事は出来ない。それが世界最強の魔法使いシャルロットだ。


「それにしても騒がしいわね。ベルーガとレオルドが喧嘩してるって話だけど終わったのかしら?」


「さあ〜。でも、面白そうだから見に行かない?」


「大丈夫かしら? あの二人が戦ったら凄いことになってそうだけど……」


「平気よ〜。最悪、私が止めてあげるわ」


「そうね。すっかり、忘れてたわ。シャルロットさんがいるのだから、平気よね!」


「まっかせて〜。もし、本気で戦ってても止めてあげるから〜」


「うふふっ。ホントに心強いわ。貴方がレオルドの側にいてくれてホントに嬉しいわ。ありがとうね、シャルロットさん」


「どういたしまして〜。じゃあ、見に行きましょうか〜」


 二人の女傑が腰を上げる。外でドンパチ騒いでいる二人の男を止める為に。


「くっ! お前は父親に花を持たせる気はないのか!」


「父上こそ、息子に花を持たせようという気はないのですか!」


 魔法の撃ち合いから剣のぶつかり合い。一進一退の攻防が続いていた。やはり、レオルドの父親であるベルーガは強い。レオルドも強いが、ベルーガは中々に善戦している。


「ライトニング!!」


「ぐっ、おおおっ!」


 落雷を障壁で防ぐベルーガにレオルドは駆け寄り、握っている木剣を振り抜く。


「ぬおおおっ!」


「っ! 足癖が悪いですよ、父上!」


「戦場で優美に戦うこともあるだろうが、戦いとは勝ってこそだ! 覚えておけ、レオルド!」


 無防備になっていた所へ振り抜いた木剣はベルーガが足を上手く使って防いだ。


「なるほど! 勉強になります!」


 距離を取った二人は互いに魔法を撃ち合い、爆炎を巻き起こす。すかさず、距離を詰めて木剣をぶつける二人は獰猛に笑っていた。


「多少、昔のように戦えるようになったからと言って父親に勝てると思うなよ!」


「昔とは違いますよ、昔とは!」


『おおおおおおおおおおっ!!!』


 熱が入りすぎて誰も近寄れない。最早、どちらかが倒れるまで続くかと思われたが、決着は呆気なく訪れる。


「はいはい。もう十分でしょ。これにて終わり」


 ベルーガが倒れて、レオルドは片膝を着く。尋常ではない眠気がレオルドを襲っており、シャルロットへと目を向ける。


「睡眠か……!」


「わぁお……抵抗レジストしようとしてるの?」


「ぐっ……いいや、今の俺ではまだ無理だろうな。だが、いずれは……」


 バタリと倒れるレオルドにシャルロットは震えていた。自分の魔法に抗ってみせたのだ。誰一人として抗う事の出来なかった自分の魔法にだ。


(本当にレオルド、貴方は私を楽しませてくれる。きっと、これから先も)


 二人が眠りについた事により親子喧嘩は幕を閉じる。使用人達が二人を私室へと運んでいき、これにて親子喧嘩は終わりである。

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