第112話 光陰矢の如し!

 冬到来。レオルドがゼアトに来て初めての冬である。領地改革は今も続行している。水道の整備は順調でゼアトの町に行き届いている。

 魔法による突貫工事であったが、上水道、下水道が完成したのだ。


 既に住民達が活用しており、ゼアトの住民達は綺麗な飲料水を手に入れた。大喜びの住民達はレオルドに感謝の言葉を口々にしている。


 春の頃は王都で噂になっているレオルドが来たと怯えていた住民たちも今では評価を改めている。これは、レオルドにとって喜ばしい変化であった。


 そして、そんなレオルドは今暖炉の前で寒さに震えていた。


「ゼアトはこんなに冷えるのか……」


 水道工事を終えたレオルドは書類仕事に追われていて、冷え込む屋敷の寒さに震えていた。


「毎年、これが普通ですよ?」


「そうか~。暖房の魔道具でも作るべきか」


 魔道具。運命48に存在している便利な道具だ。魔法が使えなくても魔法を行使出来るようになったりすることが出来る。


 そこでレオルドは暖房の魔道具でも開発しようかと考えた。やはりここは真人の記憶にあるエアコンを作るべきかと思案する。

 しかし、エアコンは電力で動く科学の発明品。この世界では魔力で代用も出来るかもしれないが、水道の時のように魔素を周囲から吸い取る魔法陣だと、いずれ魔素が枯渇してしまう恐れがあるかもしれない。


 本当に枯渇する事があるかは分からないが、可能性としては有り得るのかもしれないので保留する事に決めた。


 うんうんとレオルドが今後について色々と考えていると、シャルロットがレオルドに背後からもたれかかる。


「ひ~ま~! ねえ、レオルド~。暇なの~」


「鬱陶しい。引っ付くな!」


「ええ~? こ~んなスタイル抜群の美女が抱きしめてるのに、何が不満なの?」


 男を誘惑するかのようにシャルロットは惜しみなく自分の身体をレオルドに見せ付ける。思わず、うろたえるレオルドだったが、禁句を述べて誤魔化す。


「自分が何歳か考えたらどうだ」


 瞬間、パラパラと髪の毛が落ちる。どうやら、シャルロットが目にも止まらぬ速さで魔法を撃ったようだ。

 全く気がつかなかったレオルドは改めて、世界最強の魔法使いに怯える。


「何か言ったかしら?」


「さあな。それよりもこれから仕事だからお前には構ってやれんぞ」


「もう~? もっと構ってよ~」


 レオルドは鬱陶しく絡んでくるシャルロットを引き連れながら、仕事部屋へと向かい、書類仕事を片付けていく。


 一息吐いたところでイザベルが紅茶をレオルドに差し出した。レオルドが受け取り、紅茶を飲んでいるとイザベルがレオルドに話しかける。


「レオルド様。最近、私の影が薄くなったと思うのですが」


「……気のせいだろう」


 シャルロットというインパクトのある人物が登場してからは確かにイザベルの存在が希薄になっていた。

 実際、ギルバート、バルバロトはレオルドの鍛錬相手であり、時折シャルロットもレオルドに魔法を伝授している。そうなると、イザベルはあまり存在を感じられない。


 これは由々しき事態だとイザベルは焦っており、レオルドに問い詰めているのだ。


「そもそも、お前は使用人であり、王家の諜報員だろう。影が薄いのは悪いことではないだろう」


「そうかもしれませんが、私にも立場というものがあるのです!」


「どんな立場だよ……」


「クールでミステリアスな出来る使用人メイドです!」


「もう崩壊してるわ。諦めろ。お前はシャルロットのインパクトには勝てん」


「そんな……!」


「まあ、落ち込まないで。えっと……名前なんだったかしら?」


「近くにいたのに聞いてなかったのかよ! イザベルだよ、イザベル。今はキャラが崩壊しているけど、本人の言うとおりクールで仕事が出来るメイドなんだが……」


 ご覧の有り様である。仕事はきっちりとこなしているのだが、アイデンティティが失われていると感じているようで四つん這いになって落ち込んでいる。


 クールでミステリアスな出来るメイドはどこへ行ったのやらだ。


「はあ……イザベル。そう落ちこむな。お前はきちんと仕事をこなしてくれている。十分に評価しているんだ」


「当然ですね! まあ、出来る女ですから!」


 ドヤ顔を決めるイザベルにレオルドは溜息を吐く。少々、面倒ではあるが元通りになって良かったと思うのであった。


 そんな様子を見ながら作業を進めていた文官たちの思いは一致していた。


(イチャイチャしていないで仕事しろ)


 と、雇い主であるレオルドに対して腹を立てていたのであった。


 そして、いつものように書類仕事、鍛錬、魔法の勉強と言った日常を過ごして終わる。


 冬が過ぎればゼアトにレオルドが来て一年が経つ。そう思えば長いようで短かった。

 ゼアトに来た春には豚だったレオルドはダイエットを決意し、夏にはモンスターパニックという災害に巻き込まれ、秋には歴史的偉業を遂げて、と目まぐるしい日々であった。

 今まで生き残れたのはひとえに真人の記憶が宿ったおかげだろう。


 最初は真人の記憶が宿って混乱していたが今はレオルドと真人の記憶が溶け合って一つとなり、新たな人格が形成されている。それはある意味、転生と言っていいかもしれない。

 最初は本当に転生したのだと信じており、歴史や地理について勉強したのも今ではいい思い出だ。


 たった十数ヶ月で色々な出来事があったが、レオルドはこれからも理不尽な運命に抗う為に頑張るのだ。

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