第106話 振り回すのはワタクシの方でしてよ!

 レオルドシルヴィアの熾烈な駆け引きが続いている中、唐突に音楽が鳴り始める。

 以前と同じような流れにレオルドは毒気を抜かれて、シルヴィアを引き離す事を諦めた。そして、前と同じようにシルヴィアへダンスを申し込む。


「どういう風の吹き回しでしょうか?」


「……打算ですよ。ここで殿下と別れれば私は多くの女性にダンスを求められるでしょうから」


「ふふっ、そうですわね。本当ならここでレオルド様を困らせてあげたいのですけれど、私もまたレオルド様と踊りたいと思っていますわ」


「なら、返事は了承という事でいいですか?」


「ええ、喜んで」


 先程までは追いかけっこをしていたような二人だったが、今は思いが一致している。

 鮮やかに、美しく、艶やかに、会場の人間を魅了していく二人のダンス。

 やがて、曲が終わりダンスも終わりを告げた。


 そして、前回以上に拍手の嵐が巻き起こり、二人は一礼して他の者に場所を譲った。多くの拍手に見送られてレオルドとシルヴィアも見物客となる。


「ふふ。レオルド様とのダンスはとても楽しいですわ。また、踊って頂けませんか?」


 何の打算もなく純粋に楽しかったと思っているシルヴィアはレオルドに約束を求める。


「……私でよければ、いずれ必ず」


 レオルドも踊っている最中は悪い気はしなかった。彼女のサディストな部分もなく、本当に楽しそうにしていたシルヴィアにレオルドはほだされていた。


「次が楽しみですわね、レオルド様!」


 シルヴィアは本当に嬉しそうに笑う。今のシルヴィアは何一つ偽っていない。心の底から楽しみにしている。


 そんなシルヴィアを見て、レオルドは心が乱される。


(落ち着け~落ち着け~俺!)


 年相応の反応を見せるシルヴィアは強敵であった。恐らく、こういう部分だけを見せ付けられればレオルドは呆気ないほど簡単に落とされていただろう。


 レオルドが乱れた心を静めているとき、シルヴィアも心臓をバクバクさせていた。


(私、何を言っているのかしら……! いけませんわ! 私はレオルド様が困っている姿を見るのが楽しくて仕方がないだけでしたのに……! でも、先程のダンスは本当に楽しかった。それに以前に比べてレオルド様ったら、筋肉がついてて男らしくなっていて……横顔が素敵でしたわね……)


 どうやら、レオルドも負けじとシルヴィアをときめかせていた。元々、シルヴィアはレオルドに興味を抱き近付いた。

 レオルドのことをどんどん知る事になり、興味が尽きないでいた。さらには、転移魔法を復活させると言った偉業を成し遂げて、ますます興味が尽きない。


 それは、つまりレオルドのことが気になって仕方がないと言ってもいい。


 恋とはそういうものではないだろうか。


 興味が湧いて知りたいと近付き、その人のことばかりを考えるようになり、自然と目で追いかけてしまう。

 ふとした瞬間に魅力に気が付き、恋に落ちてしまうこともあるだろう。


 今のシルヴィアにはまだ分からない。この胸の高鳴りは嗜虐心なのか、それとも――


「殿下? 先程からお静かですが本当に気分が優れないのですか?」


 膝を曲げてシルヴィアと同じ目の高さになるレオルドは先程から沈黙しているシルヴィアに声を掛ける。


「ひゃっ!?」


「ひゃっ? 大丈夫ですか、殿下?」


 可愛らしい悲鳴をあげてレオルドから逃げるようにシルヴィアは後ずさる。しかし、そこで不幸な事が起こる。


 たまたま後ろを歩いていた給仕係に後ずさったシルヴィアがぶつかり、給仕係が運んでいた飲み物が零れてしまう。

 それを見たレオルドが咄嗟に手を伸ばしてシルヴィアを抱き寄せる。そのおかげでシルヴィアのドレスが濡れる事はなかった。


「怪我はありませんか?」


「はわ……」


「はわ? お腹ですか?」


 腹と聞き間違えるレオルドに抱き寄せられたシルヴィアは爆発寸前であった。最早、これ以上は耐えられない。悲鳴を上げるまで残り三秒を切った所で、助け舟が現れる。


「申し訳ございません! 私が不注意なばかりに!」


 先程、シルヴィアとぶつかってしまい飲み物を零してしまった給仕係が二人に頭を下げる。とりあえず、レオルドはお互いに怪我はなかったので給仕係を許した。


「気にするな。それよりも片付けるのを手伝おう」


「い、いえそんな! レオルド様のお手を煩わせるわけには!」


「こちらが悪かったのだ。これくらいはやらせてくれ」


 何度も頭を下げる給仕係と一緒にレオルドは落ちて割れてしまったグラスを片付ける。その様子をシルヴィアは茫然とした様子で見ているだけであった。


 大きな騒ぎにはならなかったが、注目を浴びてしまったレオルドは騒がせてしまった事を詫びて、シルヴィアを連れてその場を離れる。


(う~ん。さっきからシルヴィアの様子がおかしいな。なんか反応もおかしかったし)


 レオルドは未だに気が付いていない。シルヴィアがポンコツになってしまった事に。


(あわわわ……!!!)


 聡明な彼女はどこへやら。既にシルヴィアはポンコツ化しており、何も考えられないでいた。計算づくしで行動してレオルドを弄ぶはずだったのに、何故こうなってしまったのか。


 良くも悪くもシルヴィアはレオルドに振り回されるのであった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る