第102話 ワタクシ、逃げる者ほど追いかけたくなるの

 王族相手に危険な賭けであったが、見事に勝利して見せたレオルドは喜びに満ち溢れていた。


「しかしな、レオルド。お前はこれからも沢山苦労する事になるぞ」


「まあ、父上からは話を聞いてますが、私と縁を結びたいと多くの方々から縁談が来たということは聞きました。しかし、そこまで心配することなのでしょうか?」


「うむ。お前が今回もたらした転移魔法だが、先程も言ったとおり、莫大な利益を生むことになるだろう。だから、多くの貴族は少しでも甘い汁を吸おうとお前に擦り寄ってくるのは間違いない。それに、お前には婚約者がいないから娘を宛がうのは常套手段だ」


「そんなにですかね?」


「レオルドよ。今まで危険を冒してまで舗装のされていない場所まで移動していたが、転移魔法が普及すればみんな使いたがるだろう? だから、私は公共事業として転移魔法を活用したいと考えている」


 ここまで聞けばレオルドにも理解できる。転移魔法を使えば安全に遠くまで行く事ができて、尚且つ一瞬で目的地へ着く事ができる。

 もしも、転移魔法が普及して公共事業として成り立てば大きな利益を生むのは間違いない。


「なるほど、確かに……」


「それに私は転移魔法によって生まれる利益をお前には一月ひとつき毎に二割は還元するつもりだ」


「二割ですか……」


「少ないと思うだろうが、予想では十分だと考えている」


 確かに二割という数字は少なく見える。だが、転移魔法がもたらす利益は恐らくはレオルドが想像する何倍もの数字だろう。

 長い目で見れば決して悪い数字ではないとレオルドは考える。


「さて、話が脱線してしまったが、要はお前に気を付けろと言いたいのだ」


「はあ、わかりました」


 散々説明されたが、いまいちレオルドは自身の置かれた状況を把握出来ていなかった。転移魔法を復活させたという功績から多くの縁談が来ている事くらいしかレオルドにはわかっていない。


(本当にわかっているのだろうか? 念の為に帝国と聖教国が動いている事を教えておいた方がよいか?)


 思案する国王だったが、余計な事を教えて混乱させる訳にはいかないと判断して何も教えることは無かった。この選択が正しいのか、間違っているのかは誰にもわからない。


 ただ一つ言えるのは近い内にレオルドの身に何かが起こるという事だけだ。


 国王は話したい事を全て話し終えたので、席を外してもらった四人を部屋へと呼び戻す。王妃とシルヴィアは怪訝そうな顔をしており、ベルーガとオリビアは心配そうにレオルドを見詰めていた。


「待たせてしまったな。レオルドと少し話をしたが、シルヴィア」


「はい。なんでしょうか?」


「すまないが今回の話は無しになった」


「えっ? 何故ですか……?」


 到底受け入れることなど出来ないだろう。シルヴィアはいくら何でもレオルドの要求は断られると考えていた。何せ、シルヴィアとの婚姻は国王の命令と言っても過言ではないものだ。


 それなのに、どうして今回の話が無かったことになるのかシルヴィアには理解出来なかった。シルヴィアは国王からレオルドへと視線を移す。一体どのような手を使って国王すらも跳ね除けたと言うのか。


 レオルドは試合に勝ったが勝負に負けた。


 シルヴィアは国王すらも跳ね除けてみせたレオルドに益々興味を抱く。悪寒に身震いするレオルドは知る由もなかっただろう。


 まさか、シルヴィアがレオルドに執着する事になるとは。


(ふふっ……うふふふふ。レオルド様。今回は私の負けですわ。でも、諦めはしませんので、どうかお覚悟を)


 本日一番の笑みを見せるシルヴィアにレオルドは鳥肌が立ち背筋が震えた。何か起こしてはいけないものを起こしてしまったかのような恐怖がレオルドを襲った。


(な、なんだこの悪寒は……? まさか、シルヴィアからか?)


 背筋を震わす悪寒の出処を探すレオルドはシルヴィアに目を向ける。相変わらず、可愛い笑顔をこちらに向けており毒気を抜かれそうになるが騙されてはいけない。


(あれは……諦めてない!)


 確信した。レオルドはシルヴィアがまだ諦めていない事を。嫌いではないが、結婚となると話は別だ。切実にレオルドは願う。


(どうか、国王陛下。シルヴィアを更生させて下さい)


 果たして叶うかどうか。それは委ねられる。シルヴィアの父親であり国王のアルベリオンに。


 こうして、レオルドとシルヴィアの縁談は白紙になり、国王夫妻はシルヴィアと共に王城へと戻る事になる。

 ハーヴェスト一家は国王達を見送り、姿が見えなくなると屋敷へと入る。そして、レオルドを逃がさずに尋問を始めた。


「レオルド! 一体何をしたと言うんだ? 何故、陛下はお前の要求を飲んだんだ? どんな手品を使った!?」


「落ち着いてください、父上」


「そうよ。ベルーガ。落ち着きましょう。それで、レオルド。私も聞きたいのだけれど、どうしてシルヴィア殿下との縁談は断りたかったの?」


「勘でしょうか……」


 誤魔化すようにレオルドは首を傾げながら断った理由を答える。


「勘なのね。なら、これ以上は何も聞かないわ。でも、レオルド。私の勘では貴方はきっと……うふふっ!」


「えっ、ちょっ!? な、なんなんですか! その意味深な笑いは! 教えてください、母上!」


「……私の質問にも答えて欲しいんだがな、レオルド」


 一人悲しく放置されているベルーガに意味深に笑ったオリビアへ問い詰めるレオルド。三者三様の光景だったが、和やかな家族の在り方でもあった。

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