第101話 そんな大層な人間じゃないっすよ、俺!

 レオルドは静かに怒りを見せている迫力満点の国王へ自身の答えを述べる。


「陛下、ご無礼をお許しください。ですが、やはり私にはシルヴィア殿下は勿体なき御方です。陛下もご存知の通り、私は元婚約者を襲った卑しき罪人にございます。そのような人間に陛下は娘を任せられるでしょうか?」


「ふむ。お前の言い分も理解できる。だが、今のお前になら私は任せられると思ったから、今回の話を持ってきたのだ」


「なるほど。過大な評価をしていただき光栄にございます。しかし、それでも私には相応しくないでしょう。殿下にはもっと相応しい相手がいるはずです」


「お前は自分が不足だと申すのか?」


「はい。その通りにございます」


「ならば、考えを改めるといい。お前はモンスターパニックを終息へ導くのに一役買い、さらには伝説の転移魔法を現代に蘇らせたという歴史的偉業を成した。特に転移魔法の復活はあまりにも大きい。どれだけ国に貢献したかお前は理解していないようだが、はっきりと言おう。お前には爵位と領地を与えるつもりだ。それだけ与えてもまだ足りないと私は思っている」


「そ、それは流石に他の者が黙っていないのでは?」


「ああ。だが、転移魔法を活用した場合の利益を考えて見ろ。どれだけこの国を潤してくれると思っている。隣国である帝国は大陸一の国であるが、転移魔法を復活させる事は叶わなかった。しかし、お前は帝国ですら叶わなかった転移魔法を復活させたのだ。それほどの偉業を他の者が越える事は出来るか?」


国王はそこで言葉を切って、確信めいた表情でレオルドに言い放つ。


「いいや、出来るはずがない。文句を言うのは一人前だが、何かを成し遂げる事が出来る人間は多くないのだ、レオルド。だから、レオルドよ。謙遜することはない。誇っていいのだ。お前の成した事はそれだけ素晴らしい事なのだ」


「……陛下のお言葉、誠に光栄の極みでございます」


「であるならば、なぜシルヴィアとの婚姻を断る? お前にとっても悪くない話であろう? シルヴィアは親の欲目抜きにしても美しく、聡明で、器量よしだ。こんな言い方は良くないのだが、私達王族とも縁を結ぶ事になるのだぞ。だというのに、どうして断るんだ?」


 国王の言う事はもっともである。恐らく貴族ならば誰だって王族と縁を結びたいと考えるだろう。だが、レオルドは違う。縁を結びたいという気持ちもあるが、それ以上にシルヴィアとの婚約は避けたいのだ。


 故にレオルドは切り札を切ってみせる。


「……陛下。ここで借りを返していただきたいのです」


「な……に……?」


 レオルドの言葉に国王は戸惑う。恐らくレオルドが言う借りとは、過去に国王がレオルドに言った言葉だ。


「……まさか、ただシルヴィアとの婚姻を断りたいが為にお前は借りを返せと言うのか?」


 信じられないと国王はレオルドを見詰める。しかし、レオルドは本気のようで、その瞳は固い意志が見られる。


「はい……」


 これは賭けだ。レオルドは国王という最高権力者に勝負を挑んだのだ。あまりにも無謀、あまりにも愚か。されど、レオルドに残されていたのは過去に国王と約束した借りを返すというもの。

 正式なものではないが、国王は必ず返してくれるだろう。だが、今回の話を断る為というのはあまりにも無茶なものだ。


「本気なのだな?」


「無論。冗談でこのようなことは言いません」


 国王とレオルド以外の四人はただ固唾を飲んで見守る事しか出来ない。緊迫した時間が続き、レオルドはやはりダメかと強く拳を握り締める。


「……少し、レオルドと二人きりにして欲しい」


『え?』


 国王の言葉に全員が困惑の声を上げる。一体、何故二人きりになる必要があるのだろうか。他の者には聞かせられない事でもあるのだろうかと疑ってしまう。


「お父様。なぜ当事者である私まで席を外さなければならないのですか?」


「今は私の言う事を聞いてくれ」


「……わかりました」


 レオルド以外の四人は席を外す。応接室には、レオルドと国王の二人のみとなった。

 しかし、一向に国王は話そうとしない。重たい空気だけがレオルドの肩に圧し掛かる。いつまでもこのままではいられない。むしろ、胃が保ちそうにないレオルドは自ら口を開こうとしたが、国王の重たかった口がようやく開いた。


「レオルド。お前がそうまでして断りたい理由を聞かせてはくれないか? 勿論、どんな理由だろうと私はお前を責める事はしないと約束しよう」


 言える訳がない。お宅の娘さんはサディストなのでお断りしたいです、なんて口が裂けても言えないだろう。


 国王から目を背けてダラダラと冷や汗を流すレオルドを見て国王は予想していた通りだと確信して話を続けた。


「そうか。お前は気付いていたのか。シルヴィアの本質に……」


「え、それはまさか……陛下も?」


「ああ。お前の話をシルヴィアから聞いている時に垣間見てな……。そうか~そうだったか~」


「あ、あの陛下?」


「いや、すまない。レオルド。まさか、娘にあのような一面があるとは思わなかったのでな。しかし、お前は知っていたのか……。だから、断りたかったのだな? あの時の借りを使ってまで」


「うっ……はい」


「別に責めているわけではない。まあ、気持ちは理解できる。我が娘ながらどうしてあのように歪んでしまったか……」


 一緒にいてもいいという人ならばレオルドも問題はなかった。だが、シルヴィアと一緒になれば何をされるかは分からない。

 勿論、殺されるなんて事はないと信じたいが、シルヴィアの興味が失せた途端に寝首をかかれるのだけは御免である。


「わかった。今回の話は無かったことにしよう」


「い、いいんですか!?」


「流石に今のシルヴィアは危うい。一度しっかりと話そうと思う」


「あ、ありがとうございます!」


 まさか、上手くいくとは思っていなかったレオルドは感激に震えながら頭を下げる。しかも、シルヴィアの父親であるアルベリオンまで味方をしてくれるとは予想も付かなかった事だろう。


 最高の結果にレオルドは飛び跳ねそうになった。

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