第85話 覚悟はできた

 眩い光を放った魔法陣にレオルドは目を瞑っていた。光が収まったことを確認したレオルドはゆっくりと瞼を開くと、三人の姿はなく先程までいた部屋ではなかった。


 どうやら、無事に成功したらしい。レオルドはホッと胸をなで下ろした。だが、まだ終わりではない。恐らく、真人の記憶にあるゲームと同じならば、この場所は王都の近くにある古代遺跡の内部である。

 王都の近くにある古代遺跡は既にトレジャーハンターによって内部を暴かれ、国が調査を行っており、ただの文化遺産と化していた。

 

 しかし、実はレオルドが見つけた古代遺跡と転移魔法陣で繋がっていたのだ。それも、トレジャーハンターや国の調査隊も見つけることが出来なかった場所に。


 早速、レオルドは確かめる為に魔法陣から降りて、古代遺跡から出ようとする。しかし、ここで一つの考えが思い浮かぶ。


 このまま自分は逃げ出すべきなのでは、と。


 良からぬ事を考えてしまったが、今までの事を考えると悪い事でもないように思える。真人の記憶が宿り、新たな人格が構成されたレオルドからすれば過去の自分が犯した悪行で苦しめられているのだ。

 

 多くの者は蔑み、近しい存在の家族である弟妹から憎悪の目を向けられ、心無い言葉を嫌という程浴びてきた。

 

 今でこそ、信頼を取り戻しつつあるが、それでもまだまだレオルドの事を馬鹿にして蔑む者は多い。事実、モンスターパニックを終息に導いた立役者の一人でもあるのに関わらず、レオルドは王都でも辛い目にあった。


 そして、何よりもこのまま国に残っていたらレオルドは死んでしまうのだ。まだ、確定した訳じゃないが生き残るのなら、この国ではなくどこか遠くでも問題ないはずだ。

 それこそ、レオルドの事を全く知らない場所にまで逃げてしまえば、もう苦しむ事も悲しむ事も無くなるだろう。何もかも捨ててしまえばいい。公爵家という立場も、レオルド・ハーヴェストという名前も。

 そう考えれば、逃げる事はデメリット以上にメリットが多い。


 レオルドは立ち止まり、魔法陣を見詰める。ここの魔法陣を破壊して転移魔法陣を使えなくして、どこかへと逃げてしまえば楽になれると、心のどこかで叫んでいた。


 そうだ。何も真人の記憶を利用して運命に抗う必要も無い。生き残る事が目的であるなら、死ぬ確率の高い土地から逃げて逃げて、どこか遠くで寿命が来るまでひっそりと暮らしていた方がいい。

 レオルドが持つ力に真人の記憶にある知識を使えば、誰も見知らぬ土地で生きていくのは造作もないことだ。


 考えれば考えるほど、魅力的なことばかりが思い浮かぶ。このまま逃げ出してしまえと、弱い自分は叫ぶ。レオルドは魔法陣へと近寄り、破壊しようと手を伸ばす。


 その時、レオルドは手を止めた。


 逃げるな、抗え!


 と、誰かが叫んだ気がした。


 もう、楽になってしまえ――


 弱い自分が嘆く。


 悔しくないのか? 馬鹿にされたままでいいのか?


 誰かが咆哮を上げている。


 苦しいのも悲しいのも痛いのも嫌だ――


 挫けた自分が哀しむ。


 お前はただ生きられればいいのか?


 誰かが問い掛けてくる。


 死にたくない――


 臆病な自分の願いだ。


 後悔はないのか?


 誰かが哀れむ。


 ギリッとレオルドは奥歯を噛み締めて、拳を握り締める。破壊しようとしていた魔法陣からゆっくりと手を離して、レオルドは床を殴り付ける。


「馬鹿か俺は……! ああ、そうだ……俺は誓ったんだ。運命に抗い、生き残ると。そして、道を踏み外した俺に変わらぬ愛を注いでくれる母に誇れる息子になると! 今、決めた……!」 


 誓いを胸にレオルドは立ち上がると、天に向かって吠えた。


「俺を馬鹿にした奴等を……俺を見下した奴等を……必ず見返してやる!!! 待ってろよ……運命だけじゃない。俺に関わった全てに俺は打ち勝ってみせる!!!」


 迷いはない。心は晴れた。ならばこそ、見せ付けてやろう。レオルド・ハーヴェストという漢の生き様を。

 必ずや、この世界に。


 子供じみた考えであろう。だが、レオルドはそれで構わないと思った。それもまた自分なのだと。


 レオルドは胸を張って堂々と歩き、閉じられていた部屋の扉を開く。光が差し込み、目を覆いたくなるがレオルドはこれから自分が進むべき道のように思えて足を一歩踏み出した。


 古代遺跡の外へと出たレオルドは真人の記憶通りだと言うことを確認して、転移魔法陣がある古代遺跡の中へと戻る。

 そして、もう一度起動させる。帰ったら、忙しくなるだろう。だが、それがどうしたと言うのだ。運命に世界に見せ付けるのだ。

 レオルド・ハーヴェストの生き様を。ならば、忙しいからと嘆いてる暇はない。帰ったら、早々に古代遺跡の調査について書類を纏めて国王陛下に報告するべきだろう。


 レオルドは不敵に笑いながら、魔法陣を起動させて三人の元へと帰還した。無事にレオルドが戻ってきた事に、ギルバートとバルバロトは喜び、イザベルは観察対象であるレオルドが戻ってきた事に安堵した。


 その後、四人は古代遺跡を後にした。ゼアトへと戻ったレオルドは古代遺跡についての書類を纏め、国王陛下へと提出した。


 それから、数日後。レオルドの元に国王陛下から使者が現れて、レオルドは再び王都へと向かう事になる。

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