第70話 ワタクシ、怒りましてよ? 

 思いも寄らない人物に目をつけられてしまったレオルド。

 これは夢なのでないのだろうかと頬を抓ってみるが普通に痛い。

 なるほど、これは夢ではない。だとすれば、自分は幻覚を見ているのではないかと首を捻るレオルドだが、先程からの奇行にシルヴィアはレオルドに尋ねた。


「先程から何をしているのです? 頬を抓ったり、首を振ったりと。もしかして、夢か何かだと勘違いしていますの?」


 ドキッとするレオルドは慌てながらも言い訳をする。


「い、いえ。そういうわけではないんです。少し、寝違えてしまいまして首に違和感があるのですよ。はははっ……」


 誤魔化すように笑ってみるが、レオルドの目の前にいるシルヴィアは騙されない。

 ジト目でレオルドを見つめており、やがてレオルドは耐えられず頭を下げる。


「お許しを、シルヴィア殿下。これ以上は身が持ちません」


 頭を下げるレオルドを見て、シルヴィアは困ったように笑う。


「まあ、そんな。私、レオルド様を困らせるつもりはなかったのですよ?」


(どの口が言うんじゃい! 分かっててやってるんだろうが!)


 公の場でレオルドが第四王女であるシルヴィアに頭を下げている光景は多くの貴族達に見られていた。


 その中から一人が、レオルドとシルヴィアの下へと近付く。レオルドは頭を下げているから誰かは分からなかったが、近付く足音は聞いていたので、誰かが近づいた事は分かった。

 そして、シルヴィアは近付いてきた人物に顔を向けて挨拶をした。


「御機嫌よう。エリナ様」


 その名にレオルドは驚いてしまう。まさか、エリナが来るとは思わなかったからだ。

 確かにエリナも公爵家であり、今回のパーティに呼ばれていてもおかしくはない。だが、わざわざ嫌いなレオルドの近くには来るような性格ではない。


「お久しぶりでございます。シルヴィア殿下。一つお聞きしたいのですが、この男は殿下にどのような無礼を働いたのですか?」


 とんだ誤解である。レオルドは何一つ悪いことをしていない。しかし、エリナはレオルドの性格上、シルヴィアに対して無礼を働いたと思っている。


「誤解だ。俺は殿下に対して何もしていない」


 頭を上げてレオルドはエリナに物申す。


「どの口が言うのかしら。貴方がこれまで仕出かした事を考えれば当然の事だと思うのだけれど?」


「そうかもしれんが、今回に限っては断言できる。俺はなにもしていないと」


「ふん。白々しい。じゃあ、どうして頭を下げたりなんかしたの?」


「それは……」


 流石にレオルドもエリナの質問に対して答えることが出来ない。

 シルヴィアに目を付けられて、勘弁してくださいと言う意味で頭を下げていた事を正直に話しても信じては貰えないだろう。


「ほら、見なさい。何もなければ言い淀んだりしないはずよ」


「……」


「大方、今回のモンスターパニックで貴方が成した功績について聞かれたけれど、捏造した事がバレそうになったから頭を下げて誤魔化そうとでもしたんでしょう」


 エリナの発言にレオルドは否定しようと口を開きかけたが、先客が現れる。


「口を慎みなさい、エリナ。貴方は今、レオルド様だけでなく王族すら侮辱するに等しい言葉を発した事を理解なさい」


「え……!? それはどういう――」


「まだ、わからないのですか? 今回、レオルド様が挙げた功績は、王族、並びに陛下が認めたものです。それを貴方は捏造と言いましたね? つまり、貴方は我々王族が真偽も見抜けぬ愚か者だと馬鹿にしているに等しいのですよ? 貴方、わかっていますか?」


「そ、そのようなつもりで言ったわけでは――」


「黙りなさい。エリナ、私もレオルド様については知っております。貴族として相応しくない行いばかりをしてきたことを。勿論、陛下もです。だからこそ、陛下も最初はレオルド様が挙げた功績を信じず、独自に調査を行いました。その結果、今回レオルド様が挙げた功績は確かなものでした。先入観で物事を語ってしまう気持ちも理解できますが、もう少し視野を広げる事ですね。レオルド様がこの場にいることが何よりの証拠なのですから」


 まさか、シルヴィアに救われるとは思っていなかったレオルドだが、最後の一言が気になってしまう。


「あの、最後のはどういう意味でしょうか?」


「言葉通りですわ。レオルド様がここにいることが何よりの証拠だと言う事が。だって、もしも捏造だったなら、今頃レオルド様は首と胴体が繋がっておりませんでしたもの」


 おほほほ、と面白おかしく笑っているシルヴィアにレオルドは顔から血の気が引いていた。レオルドにとっては笑い事ではなかったからだ。なにせ、嘘を吐いていたら首が飛ぶなんて知りもしなかったのだ。


 そして、レオルドと同じようにエリナも顔を青くしていた。なにせ、いつものようにレオルドを馬鹿にしていたら王族に叱られたのだから、顔が青くなるのも無理はない。


(私は間違った事を言ったつもりはないわ! こうなったのも全部、この豚のせいよ!)


 あらぬ方向に怒りを向けるエリナはレオルドを睨み付けた。睨まれているとは知らずにレオルドは、シルヴィアからどうやって逃げようかと考えていた。


(どうにかして、ここから逃げたい……)


 悲しい事にレオルドは逃げられない。シルヴィアに目をつけられた以上、安息の場はない。

 今宵は胃に穴が開きそうなレオルドであった。

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