第67話 よよよ……(涙)

 食事会も終わり、レオルドは解放されるかと思いきや、なぜか家族と共に実家へと戻る事になった。

 いったいどういうことなのかと言えば、モンスターパニックを無事に乗り切った事を祝う為、王城で祝賀会を開く事になっていた。

 そんな事を全く知らなかったレオルドは、驚きつつもギルバートに尋ねた。


「どういうことだ? 聞いてないぞ!」


「ギルを責めるな。ワザと伝えていなかったんだ」


「なんでですか!?」


「……ごめんなさい、レオルド。私がお願いしたの」


「母上が? なにか理由があるのですよね?」


 流石に先程の食事会でオリビアの性格は分かっているから、意地悪と言う事はないだろう。だが、やはり事前に何も知らされていないというのには不安を感じてしまう。


「実はレオルドが痩せたって聞いたから、新しいお洋服が必要だと思って、私呼んでおいたの」


「……まさか、デザイナーを?」


「ええ! だから、レオルド! 帰ったらお着替えしましょうね!」


「は、母上。俺はもう十六です。母上に服を選んで貰わなくても大丈夫です」


 心苦しいが、母親のセンスとは子供の想像を超える時がある。思っていた物よりも酷い事はざらにある。ならばここは断って、自分で選んだ服を着るべきだと、レオルドはオリビアの願いを断る。


「そんな……折角の親子の再会だというのに……母のお願いは聞いてくれないの?」


 よよよと泣く演技をする母親にレオルドは顔が引き攣る。しかし、先程の食事会では心を救われた手前、断るのは忍びない。

 だから、レオルドは母が喜んでくれるならと羞恥心を捨てる。


「わかりました、母上。俺に似合うものを選んで下さいね」


 レオルドがそう言うとオリビアは顔を覆い隠して泣いていた演技を止めて、満面の笑みでレオルドの手を取り大いに喜んだ。


「ええ、ええ! 私に任せて、レオルド! 貴方にピッタリのお洋服を選んであげる!」


「ははっ……ははは……」


 着せ替え人形が確定したレオルドは、聖母のようなオリビアもお茶目な一面があるのだと知る。ただ、乾いた笑いしか浮かばなかったが。


 久しぶりに帰ってきた公爵邸にレオルドは感動していた。


(思えば半年程しか離れていなかったが、久しぶりに実家に帰ってきたんだよな……。ああ、覚えている。ゲームではあまり語られなかったレオルドの思い出。そう、そうだよな。幼少期、少年期と、ここで色んなことをしてきたことを。不当な理由で使用人を解雇したり、癇癪を起こして使用人に八つ当たりしたりと、本当に碌な思い出はないな! そりゃ嫌われますね!)


 本当に過去の自分は最低な人間だと改めて認識し、自己嫌悪に陥っているレオルド。


(でも、中には綺麗な思い出もある。剣術の才能を父親に褒められて、魔法の才能も母親に褒められてたりと。武術大会少年の部で最年少優勝者になったことを両親がとても喜んだ事を。まあ、その後に自分は特別なんだ凄いんだと自惚れて出世街道から外れたんですけどね!)


 オリビアに連行されたレオルドは、夜に開かれるパーティ用の服を何度も着せ替えられた。

 一応、双子の弟と妹もオリビアに誘われていたが、恥ずかしいと言って断っていた。残念がっていたオリビアだが、久しぶりに再会したレオルドがいるので今回は我慢した。


 その反動からか、オリビアは楽しそうにレオルドの服を選んでいる。新しいのを手にとってはレオルドに勧め、それをレオルドが苦笑いになりながらも受け取って着替えると、オリビアは喜びの声を上げる。


「ふふっ! 似合っているわ、レオルド! 次はこれなんてどうかしら? 今着ているデザインのもいいけど、レオルドにはこっちも似合うはずよ」


「うっす……」


 もう返事が適当になっていた。レオルドがおかしな返事をしてもオリビアは咎めることはない。だって、レオルドが自分の我が侭に嫌々ながらも付き合ってくれているのだから。


 次々と新しい服を選んではレオルドに渡すオリビア。無我の境地にでも至りそうなレオルドは黙々と着替える。

 そんな時、オリビアがレオルドに話しかける。


「私の我が侭を聞いてくれてありがとうね、レオルド」


「そんな、俺のほうこそ……ずっと我が侭ばかりで……母上や父上にはいつも迷惑ばかりで……」


「いいのよ。だって貴方は私達の子供なんだから。迷惑を掛けていいの。度が過ぎるのはちょっと困っちゃうけどね」


 そう言って笑うオリビアに、レオルドはやるせない気持ちで一杯になる。

 過去の自分と今の自分が違うとは言え、これまで無償の愛を惜しみなく注いでくれる母親を傷つけていた。

 これ以上、屑な息子に愛情を注いでくれるオリビアを傷つけてはならないと、レオルドは強く決心する。


 生き残る以外にも目標が出来てしまった。レオルドはこのどこまでも優しい母親オリビアが胸を張って誇れるような人間になろうと、新たな目標を立てた。


「どうしたの?」


「いえ、なんでもありません。それより、どうですか? 似合っていますか?」


「それはもう! 素敵よ、レオルド! うふふ! 今日のパーティでは目立つ事間違いなしだわ!」


 オリビアが心底嬉しそうに笑うものだから、レオルドもつられるように笑う。


「そうそう、レオルド。その笑顔がいいの。私はその笑顔が好きよ」


「……恥ずかしいのであまり見ないでもらえるとありがたいです」


「まあ! どうして、隠すの? もっと、母に見せて頂戴。貴方とは滅多に会えなくなったんですから、今くらいはいいでしょう?」


「うっ……わかりました」


 それからもオリビアによるレオルドのコーディネートは続く。

 嫌々ではあったが、母親と過ごすこの時間は、確かに穏やかなものとなった。

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