第66話 ハートがブレイクダンスだぜ!

 シェリアが帰ってきてから、丁度いい時間になったのでレオルドは母親オリビアが予約したというお店に向かう事にした。


 思えば、真人の記憶が宿ってから家族に会うのはこれが初めてなのだ。父親とは会っているが、母親と双子の弟と妹には会っていない。


 勿論家族と会うのが楽しみではあるのだが、同時に不安も感じるレオルド。母親は問題ないのだが、双子の弟と妹には嫌われているのだ。

 それはどうしてかと言われれば、過去のレオルドの行いが原因である。双子の弟と妹は兄であるレオルドと血が繋がっている事が恥ずかしいと言っている。


 それもそうだ。金色の豚と馬鹿にされた兄を持った弟と妹の気持ちを考えて欲しい。公爵家という由緒ある立場の人間なのに、やっている事は外道そのもの。

 両親が咎めても表向きは反省しているが、裏ではやりたい放題。

 そんな兄を見て心を痛める両親を見ては、弟と妹が愛想を尽かすのも当然と言えるだろう。


「着いたか……」


 レオルドが見上げる先には、オリビアが予約したと言う王都でも有名なレストランだ。

 これから向かう先には、両親と自分を嫌う双子の弟と妹が待っている。

 先程、シェリアの惚気話を聞いて軽く鬱になっているところだ。まだ、家族には会ってもいないというのに、既に胃がキリキリと痛みを訴えている。


(もしかして殺しに来てるのかな? だとしたら大成功ですよ! 信頼してたシェリアはジークに惚れて、頼りのギルは孫娘の応援! 精神的に死ぬから! 俺のハート破壊ブレイクされたわ、ボケえ!!!)


「はあ~~~」


「どうかなさいましたか、坊ちゃま?」


「いや、なんでもない。それよりも中で皆が待っているかもしれないから早く入るぞ」


 レオルドは予約されていた時間の五分前に到着している。家族が中に入っていくのを見ていないので分からないが、もしかしたら先に入っているかもしれない。

 そう考えると、レオルドは待たせるわけにはいかないと思いレストランへと入る。


 中へ入るとレオルドにウェイターが歩み寄る。


「レオルド・ハーヴェスト様でございましょうか?」


「ああ、そうだ」


「それではこちらへご案内致します」


 連れて行かれた先は最奥の部屋だ。煌びやかな装飾が施された扉が見える。レオルドはこの扉の先に家族が待っているのだと分かると、大きく深呼吸をした。

 ウェイターは案内が終わると下がり、ギルバートが扉を開ける。


 開いた扉の先には、中央に長方形の長テーブルがあり、壁際には絵画や花が飾られていた。そして長テーブルには、既に四人の男女が腰掛けている。


 上座にいるのは父親のベルーガ、母親のオリビア。そして、レオルドとは違って細身のイケメンである双子の弟、レグルス。そして、これまた美少女のレイラ。


 一番最後に来たレオルドは、正直離れた場所に座りたかったが、ご丁寧に父親の近くがわざと空けられていた。

 現在レオルドは、長男というだけで次期当主というわけでもない。だから離れた席でも良かったのにと心の中で愚痴りながらも席に着いた。


「ご無沙汰しております。父上、母上」


「うむ。久しいな、レオルド。お前がゼアトに行ってから半年程か。しかし、此度の件は公爵家として、そして父として喜ばしいことだ」


「ありがとうございます」


「しかしな、レオルド。一つ、どうしても聞きたいことがあるのだ」


「はい。なんでしょう?」


「いったいお前に何があったというのだ? 聞けば、ゼアトに行く前から様子がおかしいとギルから報告を受けてな。しかも、ゼアトに着いたらダイエットがしたいと言い出して、今も頑張っているそうじゃないか。だから、気になってしまってな。お前が何故、急に心変わりをしたのかと」


「あ、あ~……」


 完全に不意をつかれたレオルドは、どう返答しようかと困ってしまう。視線を上下左右に動かしては乾いた笑い声を上げて、誤魔化そうとしているが、ベルーガの目は誤魔化せない。

 流石に真人の記憶が宿って人格に変化が生じたなど信じては貰えないだろう。いや、両親なら信じてくれるかもしれないが、受け入れてもらえるかどうか自信が無い。


「えっと、あははは~……」


「なにか後ろめたい事でもあるのか?」


「い、いえ、そんな事はありません!」


 変な勘違いをされても困るのでレオルドは必死になって否定する。


「どうせ、兄さんのことですから、何か企んでるんですよ」


「そうですね。私もそう思います。父様も母様も、今まで兄さんが何をしてきたか見たでしょう? 今更、真面目になったところで信じられません」


 ピキッとレオルドは動かなくなる。何かしら言われるだろうと覚悟はしていたが、まさかここまで露骨に言われるとは思わなかったからだ。

 真人の記憶からも、二人からは嫌悪されている事は知っていたが、この場でこれほど露骨に言われるとは予想しなかった。


「あ、あはははっ……」


 レオルドはもう涙が出てきそうだった。ここに来る前にはかませ犬だと痛感させられて、血を分けた弟妹には憎悪の目を向けられている。

 いくらレオルドの過去の行いが酷かったとしても、今のレオルドが成したことまでは否定して欲しくはなかった。


 真人の記憶が宿って別人格になってしまったが、根本的な部分には本来のレオルドがいる。

 最愛の家族からここまで言われたら、性格が歪んでおかしくはない。

 確かにレオルドは自分の才能に増長して胡坐をかいて慢心していたが、今は違うだろう。


(来なければ良かった……! こんな気持ちになるなら、来なければ良かった!!)


 ジワリと視界が滲む。ここで泣いてはダメだ。

 泣くなら、せめて誰もいないところで泣くべきだ。


 レオルドは涙を堪えてベルーガの質問に答えようとした時、今まで黙っていたオリビアが口を開いた。


「よく頑張りましたね、レオルド。母は貴方を誇りに思いますよ。レグルスとレイラが言った事は間違ってはいないけれど、でも、過去は過去で今は今なの。過去の事は無かった事には出来ないけれど、今は貴方の選択次第で変えることが出来る。だから、レオルド。貴方が己の身を省みず、ゼアトの騎士達を守り抜いた事を私は誇りに思います」


「は、母上……」


 我慢していた涙が零れ落ちそうだった。父親からは疑いの目を向けられ、弟と妹からは否定されていたのに、唯一母親のオリビアだけは何も言わずにレオルドを信じたのだ。


 これが無償の愛なのだ。一切の見返りを求めず、ただ愛を与える。オリビアにとってはレオルドも掛け替えのない一人の息子。

 ならば疑う事も否定する事もない。ただ、受け入れる。だって、愛しているのだから。


「ベルーガ。何があったかなんてどうでもいいでしょう? 今は、ただこうして元気な姿を見せてくれた事を喜ばなきゃ。だって、私達の子供なんだから」


「ん……む、そうだな。すまない、レオルド。無粋な質問だったな」


「ち、父上……」


「僕は間違った事を言ったつもりはありません。今までの兄さんの事を考えれば、十分にあり得る事ですから」


「私もです。どうしても信じる事は出来ません」


 久しぶりの食事会は終わった。レオルドにとっては苦い思い出になったが、それ以上の救いがあった。両親が信じてくれたことだ。

 結局、双子の弟と妹とは和解出来なかったが、失ってしまった信頼は今後の行いを積み重ねて取り戻そうとレオルドは誓う。

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