第40話 急げ急げ~

 レオルドが一人決意している頃、ギルバートが執務室で領主であるベルーガへと報告書を綴っていた。


「さて、今回は急ぎですからね」


 いつもならば、部下に手紙を預けて公爵邸にいるベルーガへと届けるのだが、今回は急を要するので別の方法で届ける。


 ギルバートは執務室の窓を開けると、指笛を吹いた。ピィーッと音が鳴り渡って、しばらくすると一羽の鷲がギルバート目掛けて飛んでくる。そのまま、ぶつかると思いきや鷲は減速してギルバートの肩に止まった。


「お利口ですね。よしよし」


 ギルバートは肩に乗っている鷲を存分に可愛がった後は、ベルーガへの手紙を取り出す。


「貴方にはこれを届けて貰いたいのです。届け先はベルーガ様へお願いします。無事に届け終わったら、ご褒美にお肉を上げますので、どうかよろしくお願いします」


 ギルバートは律儀に鷲へと懇切丁寧に説明する。鷲が理解出来るものかと疑ってしまう光景であるが、鷲は一鳴きするとギルバートから手紙を預かり、手紙をくちばしに咥えるとギルバートの肩から窓の外へと飛び立っていく。


「頼みましたよ……」


 憂鬱げな顔で呟くギルバートは執務室を後にする。


 所変わって公爵邸で書類整理に忙しいベルーガの元へ部下が走り込んで来る。バンッと扉を勢い良く開けて飛び込んでくるものだから、ベルーガも驚いてしまう。


「何事だ? いきなり飛び込んできて、どういうつもりだ!?」


「も、申し訳ありません。ですが、一刻も早くこの手紙を届けねばと思いまして……」


 部下が取り出したのはギルバートからの手紙だ。しかし、それだけならば別に急ぐ理由もない。無駄にベルーガの機嫌を損ねるだけだが、急ぐ理由があった。


「ギルバート殿から急ぎの報せです。ギルバート殿が飼っている鷲が届けに来ました」


「なにっ!?」


 ベルーガが驚いたのはギルバートが飼育している鷲を使っての報せだったからだ。普段は人を使って手紙を届けているが、今回は余程の急ぎだったらしく、飼育している鷲を使ってまで報せたい事があると言う事だ。


 ベルーガは部下から手紙を受け取り、封を切って中身を確かめる。


「な、なんだと……! 大至急、国王陛下にお取り次ぎしろ! 事は一刻を争う!」


「お、恐れながらベルーガ様。お手紙の内容はなんと?」


「……モンスターパニックの前兆を確認したとのことだ」


「な!? た、直ちに国王陛下へと報告いたします」


 ベルーガから手紙の内容を聞いた部下は真っ青に顔を染めて部屋を出て行く。部下が出て行ったのを見たベルーガは頭を抱える。


「次から次へと問題ばかり……レオルドがゼアトに行ってからか……。神はレオルドに試練でも与えているつもりか?」


 頭を悩ませる原因は辺境送りにした息子のレオルドについてだ。

 レオルドをゼアトに送ってから、立て続けに問題が起こっている。勿論、レオルドが原因というわけではないがタイミングが悪い。レオルドを送ってからなので、どうしても邪推してしまう。


 レオルドは疫病神なのではと考えてしまうが、ギルバートからの定期連絡ではレオルドの成長は著しい。

 最早、別人なのではと勘繰ってしまうほどだがギルバートが嘘をつくはずがない。ならば、ギルバートからの報告は正しく、レオルドは立派に育っている。


 さらにレオルドは屋敷を襲ったワイバーンを撃退しており、ゼアトの水不足を解決したりと喜ばしい成果を出している。

 ならば、神がレオルドに試練を与えていると言う方がしっくりくる。


「……考えても仕方がない。報告を纏めておこう」


 ベルーガは疲れた目を解すように目頭を揉みながら、書類を纏めていく。問題ばかりが山積みになっていく事に溜息を吐いた。


 ベルーガが書類を纏め始めてから、しばらくすると扉をノックする音が聞えてくる。ベルーガは書類を纏めながら、入室の許可を出したら部屋へ入ってきたのは妻であるオリビアだった。


「失礼します」


「オリビア。どうしたんだ?」


「いえ、先程部下の方が走り回っていたので気になってしまい貴方にお話を聞こうと」


「ああ。そうか……オリビア、落ち着いて聞いて欲しいのだが、ゼアトでモンスターパニックが起こるかもしれない」


「えっ! レオルドは! レオルドはどうなるのですか!?」


「……連れ戻す事は出来ない」


「そんな……どうにかならないのですか?」


「現状、レオルドは罰としてゼアトへ押し込めている。それをモンスターパニックが起きたから、保護したいという理由では無理だろう」


「じゃあ……レオルドは……」


「モンスターパニックで死んでしまったら、それがレオルドの運命だったと諦める他にない」


「あぁ……」


 眩暈を起こして倒れ込むオリビアに焦ったベルーガは駆け寄る。


「オリビア!」


「ベルーガ……レオルドが……私達のレオルドが……」


「すまない……父親だと言うのに息子を救えない私を許してくれ」


 いくらあやまちを犯したレオルドといえども、やはり二人にとっては大切な息子に変わりはなかった。

 出来る事ならばゼアトから避難させたいが、世間が許さない。何も出来ないベルーガは下唇を噛んで耐えるしかなかった。

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