第33話 覆水盆に返らずっていい言葉ですよね
調査隊の中で一番身分が高いのはレオルドだ。だが、指揮を執っているのはバルバロトの為、バルバロトが言う事は絶対である。
だから、バルバロトが終わりと言えば終わりなのだ。それにレオルドの消耗も激しいのでこれ以上の調査は難しい。
よって、バルバロトの判断により調査は一旦切り上げてゼアトへと戻る事になる。
「いたた。もう少し優しくしてくれないか?」
「何を仰っているのですか。自分で蒔いた種でしょう。レオルド様に発破を掛けるためとは言え無茶をしたんですから」
「それは分かっているが、一応怪我人なんだしさ」
「レオルド様の荒療治を選んだのは貴方なんですから、これくらい我慢してください!」
バシィッと回復術士はバルバロトの治療を施した傷跡を叩く。
「あいたぁっ!」
「自業自得なんですからね!」
回復術士はバルバロトの治療を終える。今回、同行している回復術士は裂傷程度なら治療をする事が出来るレベルでバルバロトに出来ていた傷は完治した。
ただ、青痣になった部分は放置している。理由はバルバロトがあまりにも無茶をしたから。
いくら怯えて動けないでいたレオルドを動かす為とは言え、身体を張りすぎた。それにレオルドへ心配を掛け過ぎた。少しは誰かが無茶をやらかしたバルバロトを咎めなくてはならなかった。
それが、たまたま傷ついたバルバロトを治療する回復術士の役目だった。
一方でレオルドは騎士達に囲まれて質問攻めにあっていた。最初はレオルドを避けていた騎士達もレオルドが噂通りの人間ではないと、先の戦いを見て確信した。
だから、今はレオルドに興味が湧いて質問ばかりを繰り返している。
「レオルド様。先程の戦いはお見事でした。本当に初めての実戦だったのですか?」
「ああ。初めてだ。だから、バルバロトに勇気付けられるまでは動けていなかっただろ」
「普段から戦っているバルバロトに比べてどうでしたか?」
「分かりきった事を聞くな。ゴブリンなぞバルバロトと比べる事すらおこがましい」
「屋敷におられるギルバート殿とはいつも何をしておられるので?」
「ギルとは基本的に体術だな。ダイエットの一環なのだが、これが実に辛い。手加減はしてくれているのだろうが、毎回気絶しているぞ」
ワイワイ話が盛り上がっていたが、とある質問に空気がガラリと変わる。
「王都で聞いたレオルド様の噂は事実なのですか?」
この空気ならばいけると判断したのだろうが、大失敗である。レオルドを中心に取り囲んでいた騎士達はピタリと止まり、最悪な質問をした騎士へと一斉に顔を向ける。
これには騎士も自分が失敗してしまったと分かる。だが、ゼアトの騎士団の中では若い騎士はどうしても噂の真偽が気になってしまったのだ。
目の前にいるレオルドと噂で聞いたレオルドはあまりにも印象がかけ離れているから。
「本当だ。噂は真実で俺は屑で間違いない」
調査隊の騎士達に衝撃が走った。よもや本人が肯定するとは。一切の言い訳もなく噂を真実と認めたレオルドに騎士達は戸惑いを隠せなかった。
「いや……あの……質問をした私が言うのもなんですが、少しは否定してもよろしいのでは?」
「否定してどうなる。お前達からの評価が多少は変わるだろうが、後々知られれば今回の評価も変わってしまうだろう」
その言葉に騎士は返す言葉が出てこない。暗い雰囲気となってしまった為、レオルドは騎士達から離れようとする。
「けっ……噂は本当だったのかよ。見直して損したぜ」
レオルドが騎士達から離れた瞬間、悪意が現れた。当然、レオルドの耳に届いており騎士達へ振り返るも誰が言ったかは分からない。
犯人を見つけてやろうとはレオルドは思わない。言われて当然なのだからと諦めた表情で騎士達の元から離れた。
(当然だよな。いくら頑張っても過去の悪行が許さない。覆水盆に返らずとはよく言ったものだ)
人並みの事が出来てもレオルドが過去に行った悪行が消える事はない。
ギルバートやバルバロトが特別だっただけで他の人はそうではないのだと改めて痛感したレオルドは、もっと精進せねばと気を引き締めた。
回復したバルバロトは調査隊を引き連れてゼアトへと戻る。帰り道、レオルドを始めとして調査隊の空気が暗かったことに首を傾げるが、理由は分からず終いだった。
ゼアトへと戻った調査隊は兵舎へと戻り、各々の持ち場へと戻っていく。
バルバロトはレオルドの迎えが来るまで、レオルドと訓練場で剣の稽古に励む。
しかし、稽古中レオルドの様子がおかしい事にバルバロトは気が付く。帰り道でも暗かったことを思い出したバルバロトは稽古を中断した。
「どうしましたか、レオルド様。心ここにあらずといったご様子ですが」
「ふ、久しぶりに現実を知って落ち込んでいただけだ」
「何を言われました?」
僅かながらバルバロトの声に怒気が含まれている。その事を察したレオルドは宥める様に濁して話す。
「過去の事について少しだけな。もう終わった事だ。気にする事でもない」
「気にするなと仰いますか。ならば、何故そのような顔をするのです?」
気が付けばレオルドは悲痛な表情を浮かべていた。
「これは、アレだ。腹が減ってだな――」
「レオルド様。調査に同行した騎士を召集して来ますのでお待ちを」
「待て! いいんだ、バルバロト。確かに悲しい気持ちになったが過去の俺は誰がどう見ても極悪非道の屑人間だ。お前が気に病むことはない」
「しかし、今のレオルド様は汚名を返上しようとしているではありませんか! その努力を見もせずに罵るような真似を許していいはずがありません!」
「ありがとう。お前にそう言って貰えるだけでも俺は嬉しい。だけどな、バルバロト。お前のように俺を認めてくれるような人間のほうが少ないんだ」
「それは……!」
実際その通りなのだからバルバロトは何も言い返せない。マイナスがゼロになった所で誰が褒めようものか。
「世間一般から見る俺は屑なままだ。取り返しが付かない事を俺は仕出かしたんだから当然だろう。だから、この話はここまでだ。わかったな?」
「ですが、それではいつまで経ってもレオルド様は――」
「それ以上何も言うな。お前やギルのように見てくれる人がいるだけで俺は十分だ」
「レオルド様……!」
(どうして、このようなお方が道を踏み外してしまったのだ……!)
むしろ、ギリギリで踏み止まっている方だ。運命48の原作通りに世界が進んでいれば、バルバロトはレオルドの評価を改める事はなかったに違いない。
真人の記憶が宿ったからこそ、今のレオルドがいるのだ。ある意味奇跡と言ってもいいかもしれない。
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