第32話 部下からの信頼が重い……!

 走り出したレオルドの先には三匹のゴブリンがバルバロトを痛めつけている。レオルドはその光景に怖気付いてしまうが、既に走り出した身体は止まらない。


 それに覚悟を決めたのだ。今更止まるつもりなどない。


「バルバロトオオオオオオオオ!!!」


 全速力で走るレオルドはバルバロトの名前を叫ぶ。叫び声に反応したのはバルバロトだけでなく、三匹のゴブリンも反応した。


 三匹のうち一匹がバルバロトを助けに来たレオルドの方へと向かう。


「ギギッ!」


 走ってくるレオルドに向かってゴブリンは爪を突き出す。


「どけっ!」


 レオルドは突き出された爪を避けるとゴブリンを払い除けて見せた。


 しかし、まだ二匹残っている。そして、もう一匹がレオルドに向かって飛び掛る。だが、レオルドに当たる事はない。レオルドは飛び掛ってきたゴブリンを潜り抜けて、バルバロトの元へと走る。


 最後に残ったゴブリンは手に持っている錆びた剣を大きく振りかぶる。そして、眼前にまで迫ったレオルドへと振り下ろした。


(この程度なら!)


 ゴブリンの振り下ろす剣をしっかりと見て、普段から見ているバルバロトの剣に比べれば避ける事など造作もないと分かったレオルドは見事に避けてバルバロトの元へと辿り着いた。


「馬鹿者が! 無茶をしおって……」


「はは。信じてましたからな……ぐっ!」


 いくら鍛え抜かれたバルバロトと言えども非武装で無防備な所を袋叩きにされては無事では済まない。

 おかげで、複数の裂傷に青痣が沢山出来ていた。見ているこちらが痛そうなバルバロトにレオルドは泣きそうになっている。


(こんなになるまで俺を信じてたのかよ……)


 レオルドは自分が思っている以上に慕われていることを理解した。

 そして、ここまで傷だらけになるまで信じてくれた男の期待に応える為にレオルドは渡されていた剣を抜いた。


「見ていてくれ、バルバロト。俺が戦う様を」


「ええ。特等席で見てますとも……」


 剣の師であるバルバロトを背後にレオルドは三匹のゴブリンへと構える。

 目の前にいる三匹のゴブリンと対峙するレオルドは大きく息を吸い込んだ。


 怖い。

 恐ろしい。

 痛いのは嫌だ。


 でも、死ぬのはもっと嫌だ。


 だから、殺す。生きる為に殺す。殺されたくないから殺す。

 ならば、既に心は決まった。あとは実行に移すのみ。


 レオルドの尋常ならざる雰囲気に三匹のゴブリンは動けないでいた。

 三匹のゴブリンは目の前の人間が後ろにいる人間よりも弱く見えていた。醜く肥え太り豚のような人間だ。さぞかし食べ応えのあるであろう人間にしか見えていなかった。


 だが、今はそうじゃない。目の前にいる人間からは死を彷彿とさせる気配がしている。故に弱者だと思っていた戸惑いによりゴブリンは動けないでいたのだ。


 レオルドは深呼吸をして、前を見据える。動かないゴブリンに疑問を抱くが、こちらの出方を窺っているのだろうと判断して一歩踏み込んだ。


「ギギィ!?」


 その巨体から信じられない速度でゴブリンへと迫ったレオルドは一刀のもとに一匹のゴブリンを殺した。

 ゴブリンの身体から鮮血が舞い上がり、レオルドの頬を濡らす。

 レオルドは極めて冷静に返す刀で二匹目のゴブリンを斬り裂く。


 残った一匹は殺された二匹を見て、本能が逃げる事を告げた。錆びた剣を持つゴブリンはレオルドに背中を向けて逃走する。


 しかし、そんな事が許されるはずがない。ゴブリンが逃げた先には武装した騎士が待ち構えていた。

 逃げる事は許されないと分かったゴブリンはレオルドと騎士を見比べる。


 見比べた結果、ゴブリンが選んだのはレオルドだった。単純に勝ち目がありそうだと判断した結果だった。


「ギギィッ!!!!」


 形振り構わずレオルドへと無謀な攻撃を仕掛けるゴブリン。対するレオルドは丁寧に見事な身体捌きでゴブリンの攻撃を避ける。

 我武者羅に錆びた剣をゴブリンは振るうが一向に当たらない。段々、ゴブリンは苛立ちが目立つ様になり動きが益々大胆になる。


 中々攻撃が当たらない事に痺れを切らしたゴブリンは大きく跳ねてレオルドへと襲い掛かる。

 レオルドはこの瞬間を待ち望んでいたかのように、跳び上がったゴブリンが剣を振り下ろした瞬間に首へと一閃。


 ズルリとゴブリンの頭が転がり落ちる。レオルドの初めての実戦での勝敗が決した瞬間であった。


「ッ……ハアッ……ハアッ……!」


 時間にすればほんの数分。だが、レオルドからすれば何時間にも及ぶ戦闘に感じていた。極度の集中状態にあったレオルドは呼吸を思い出したかのように息を整えている。

 初めての実戦に命の奪い合い。戦い終わったレオルドは己の手を見詰める。


 確かな感触が残っていた。


 確かにこの手で命を奪ったのだ。


 生の実感、死の感触。


 二つの事実がレオルドに圧し掛かる。無事に生き残る事が出来た喜びと三つもの命を奪ったという罪悪感。レオルドはこの先も生きる為に殺す事は増えるだろうと己の手を見詰めながら拳を握った。


「ありがとうございます。レオルド様、おかげで俺はこうして無事に生き残りました」


「バルバロト……」


「どうでしたか、初めての殺し合いは?」


「……思っていたよりも呆気なかった」


「そうでしょう。レオルド様が毎日相手にしてるのはギルバート殿に俺ですから。ただ、一つ殺す事に慣れないでください」


「どうしてだ? これから先も俺は今回のような場面に出くわすだろう」


「だからこそです。殺す事に慣れてしまえば境界線が失われます。殺すのは最終手段なんです。出来ることなら殺す事は控えてください。相手が魔物なら話は別なんですがね」


 バルバロトはレオルドに優しさを失って欲しくなかった。殺す事に慣れてしまえば、殺すことを躊躇わなくなる。

 戦時中ならば、それでも良いのだろうが今は平穏な時代なのだ。キリングマシーンは必要じゃない。


「さあ、初めての実戦で心身共にお疲れでしょうから本日はここで切り上げましょうか」

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