第16話 え? 俺の出番はなしだって!?

 レオルドが必死こいてギルバートとの組み手に励んでいる頃、バルバロトは遠征任務に就いていた。

 餓狼の牙という名前の盗賊一味を討伐するという任務だ。


 現在はゼアトの騎士達が野営を敷いており、多くの騎士が森に滞在していた。開けた場所に小さなテントを張って野営をしている。

 そして、大きなテントには騎士達を率いる隊長がいる。現在、隊長はテーブルの上に周辺地図を広げて若い騎士に目を向けている。


「この先の廃村に餓狼の牙が潜伏していると?」


「はい。ただ、近隣住民からの報告でして……」


「斥候の方はどうなっている?」


「はい。報告によれば廃村は無人であり、人が生活していた形跡も無いとのことです」


「ふむ……」


「どう致しましょうか?」


「一先ずは待機だ。確かな情報があるまでは迂闊な真似はしないように伝えてくれ」


「はっ!」


 報告を終えた若い騎士はテントから出て行く。中に残ったのは隊長のみとなった。隊長は若い騎士からの報告を聞いて、周辺地図を見ながら思考する。


 その時、テントの中にバルバロトが入ってくる。隊長もバルバロトに気付いて一旦考えるのを止め、バルバロトに顔を向ける。


「バルバロトか。どうした? 浮かない顔をして」


「いえ、隊長は今回の任務についてどう思っているのか意見を聞こうかと思いまして」


「ふむ。そういえば、お前に近隣の村から餓狼の牙について聞いて回る役目を与えていたな。何か言われたか?」


「……」


「言われたのだな。まあ、餓狼の牙は良くも悪くも民衆にとっては英雄のような存在だからな。悪徳領主から民達を救い、詐欺商人から金品を巻き上げ民衆に返還して、性悪貴族に攫われた女子供を助け、まさに正義の味方だ。我々騎士が出来ない事をやってのける。であれば、民衆に好かれるのは当たり前だろう」


 隊長の言葉通り、餓狼の牙は民衆にとってはヒーローなのだ。

 餓狼の牙が信条としている、貧しき者からは奪わない、殺さない、犯さないと言ったものを実践しているからだ。

 勿論、民衆から支持を得る為に行っているのではない。これは餓狼の牙で頭領をしている男の考えだ。


「隊長はどう思われているのですか……?」


 恐る恐る聞くバルバロトに、隊長は腕を組んで真剣な表情をすると、上を向いた。


「そうだな。出来れば討伐したくはないと言う思いもある。だが、俺達は騎士だ。国に命じられれば嫌でも動かなければならん。だから、俺は餓狼の牙を討つ。それだけだ」


「それで納得しているのですか?」


「バルバロト。割り切れ。これ以上は俺もお前も口にしてはいけない」


「……わかりました」


 隊長が何を言いたいか理解しているバルバロトは、それ以上追及せずにテントを後にした。


 基本的に騎士というものには、貴族の三男、四男といった家督を継げない者達が多い。その中には出世を目論む者も多く、武勲を挙げて出世しようとする者もいれば、他者を蹴落としてでも出世をしようとする者もいる。

 なので、誰が聞き耳を立ててるかも分からない場所で無用心な言葉は発せられないのだ。


 時が経ち、野営では夕食が作られている。本来であれば携帯食で済ますのだが、幸いにも森で食料を調達出来たのだ。

 匂いに釣られて獣が襲ってくるのではないかと心配するところだが、屈強な騎士たちなのでむしろウェルカムといった具合である。


 満足のいく食事を取りつつ、バルバロトと隊長が話し合う。


「ところで、餓狼の牙、頭領であるジェックスについて知っているか?」


「噂は聞いていますよ。相当な実力者だと」


「ああ。お前には期待しているぞ」


「はは。期待に応えられるよう努力はします」


「ふっ。ゼアト一の騎士であるお前なら勝てるさ」


 食事を済ませた後、夜間の警備をする順番を決めた騎士たちは眠りに就く。


 深夜、警備をしていた騎士が尿意を催し、それを相方の騎士に伝えると茂みに入っていく。近すぎず、離れすぎずといった所で小便をしようとしたその時、背後から奇襲を受けて気絶させられる。


 一方、中々戻ってこない相方に呆れつつ欠伸をかいていると、茂みの中から目にも止まらぬ速さで襲い掛かってくる黒い影に、騎士は成す術も無く倒れる。


「二人、片付けた」


「了解。その調子で頼む」


「ん。任せて」


 茂みに隠れている男と騎士を寝かせた少女は、騎士たちに気付かれないように移動する。

 その後も、騎士の隙を突いて気絶させていく少女の手腕は鮮やかなものだった。


 しかし、少女も優秀だったが騎士達も劣ってはいなかった。異変に気がついた騎士が声を上げ、眠っていた騎士達が目覚める。


「ごめん……」


「気にするな。十分やってくれた。ここからは俺達の出番だ!」


 茂みに隠れていた男に少女は謝る。男は少女の頭に手を添えて慰める。

 そして、目覚めた騎士達が明かりを灯して警戒態勢になったのを確認した男は手を振り上げる。


「行くぞ! 野郎どもおおおおおお!!!」


『うおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 地響きが起きるほどの咆哮と共に、茂みの中から餓狼の牙たちが騎士達へと襲い掛かる。


「敵襲! 総員、抜刀! 出来るだけ殺すな! 掛かれぇ!」


 隊長の指示の下、騎士達が剣を抜き、襲い掛かってくる餓狼の牙たちとぶつかる。深夜の森の中に男達の怒号と金属音が鳴り響く。


「我が名は餓狼の牙が頭領であるジェックス! 貴様らが欲しいのはこの首だろう! 掛かって来い!!!」


 勇ましく名乗りを上げるジェックスに騎士達は気を逸らされる。そんな騎士達の中から一人飛び出す者がいた。


「我が名はバルバロト・ドグルム! お相手願おう!」


 名乗りを上げたジェックスに応えるようにバルバロトは名乗りを上げた。

 飛び掛ってきたバルバロトを難なく弾き返すジェックスに、バルバロトは剣を強く握り直した。

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