第12話 あの子、俺に気があるって思ったら終わりだよ
「一、二、三、四!」
「……」
(あれからずっと素振りさせてはいるが、文句の一つも言わないな。噂は本当なのか? 傍若無人で自分勝手な性格って聞いてたが、違うのか? 大体、貴族の坊ちゃんてのは基礎を怠るような奴らなのに……)
剣の稽古と言いながら、素振りしかしていないレオルドを観察しつつバルバロトはレオルドの噂について考え込む。
レオルドの方はしっかりと教えて貰えているので満足している。ただ、贅沢を言えば休憩を挟んで欲しいこと。時折、アドバイスをしてくれるのは有り難いことなのだが、この身体は休息を求めているのだ。
しかし、休ませて欲しいとは言えないレオルド。なにせ、バルバロトが真剣な顔つきで素振りを見てくれているのだから。
残念な事にお互い勘違いを起こしている。
バルバロトは真剣にレオルドの素振りを見ていない。ただ、噂とは違うレオルドの真面目な態度を訝しんでいるだけだ。
盛大なすれ違いを起こしつつ、レオルドは素振りを続ける。しかし、今のレオルドに長時間の運動は辛い。
ギルバートとの組み手でさえ休憩があるのに、バルバロトとの稽古は休憩無しである。何が起こるかといえば、限界に達した豚が一匹音を上げてぶっ倒れたのである。
「ぶひぃ……!」
「……っ!?」
(しまった! 考えすぎてたせいで休憩させるの忘れてた! やばい。下手したら懲罰ものかも……)
「大丈夫ですか!?」
「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」
慌てて倒れたレオルドの側へと駆け寄るバルバロトは安否を確かめる。レオルドは息をするのがやっとのようで返事を返さない。
しかし、視線だけはバルバロトにしっかりと向けられている。
バルバロトはレオルドに睨まれていると勘違いして腹を括る。恐らく、自分は罵声を浴びせられてクビになるだろうと容易く想像できてしまう。それだけで済めば御の字だろう。下手をすればゼアトから追放、もしくは考えたくはないが死刑なんてこともあり得る。
どちらにしろ自分の未来はこれで終わりだな、と諦めるバルバロト。しかし、意外な発言がバルバロトの耳に届く。
「水を……水を……くれ」
慌ててバルバロトは水を取りに行く。井戸から水を急いで汲み上げるバルバロトだが心中は穏やかじゃなかった。
「なぜ、怒ってないんだ? 罵声の一つくらいは浴びせられると思っていたのに……」
桶に水を入れ替えてレオルドの元へと急ぐバルバロトはレオルドの対応に首を傾げるばかりであった。
桶一杯の水をレオルドは受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲んでいく。相当疲れていたのか桶に入っていた水を全て飲み干してしまう。その光景を見たバルバロトは、自分が仕出かした事を改めて認識してしまう。
こんなに疲労するまで放置してしまった事を。
(水を飲んで回復したら、俺のことを激しく罵倒するんだろうな……。当然か。ぶっ倒れるまで放置してた俺が悪いんだからな)
「ふう……助かった。バルバロトよ。すまなかった。遠慮せずに休憩をお前に申し出ていれば、このような事態にはならずに済んだものを。苦労を掛けてしまったな」
「は……?」
一瞬、レオルドが何を言っているのか理解出来ないとバルバロトはあんぐりと口を開く。
呆然としていたバルバロトは理解するのに数秒を要してしまった。
「な、何を仰るのですか! 悪いのは私であって――」
「ん? お前は何も悪くはあるまい? 俺が素振りをしているのをずっと見ていてくれたじゃないか」
「そ、それは……そうですが」
「ならば、自身の限界を超えてまで素振りを続けて倒れてしまった俺のほうが悪いだろう。お前に責任はないさ」
「っ……!」
最早、言葉は出てこなかった。バルバロトはレオルドの寛大さに衝撃を受けてしまっていたから。
噂に聞いていたレオルドとは大違いで、どう解釈すればいいかも分からない。ただ、ひとつ言える事は噂などあてにはならないという事だ。
感極まっているがバルバロトは大きな勘違いをしている。噂はほぼ事実である。王都にいないからバルバロトは真相を確かめる事は出来ないが、知らないほうが良いということもある。
「それじゃ、再開するか」
「えっ……?」
「えっ、とはなんだ。まだ稽古は終わっていないのだろう?」
「そ、そうですね。まだ、時間はありますし」
「……どうした? 調子でも悪いのか? さっきから様子が変だぞ」
レオルドがそう尋ねるとバルバロトは姿勢を正して頭を下げた。突然の事で驚いたレオルドはバルバロトに頭を下げた理由を問いかけようとしたが、先にバルバロトが謝罪の言葉を述べる。
「申し訳ありませんでした。私は最初レオルド様のことを疑っておりました。噂を耳にしていた私はレオルド様の稽古など、どうせすぐに飽きるだろうと……! しかし、レオルド様は真面目に素振りを続けられ、その姿を見た私は噂とは違うのか? と疑いの目で見ていました。その結果、レオルド様が倒れられて水を欲していた時も私は自分の心配ばかりをしていました。きっと、罵詈雑言を浴びせられて酷い仕打ちを受けるのだろうと……。ですが、私を責めることなくレオルド様は寛大な心で許してくださいました!」
「お、おう……」
(圧が! 圧が凄い!!!)
バルバロトの圧に押されるレオルドは後ずさってしまう。しかし、バルバロトがぐいぐいと迫っていく。
「所詮、噂は噂だとわかりました。数々の非礼をお詫び致します! どうか、私めに罰を与えてください!」
「お前は勘違いしているが噂は事実だ。だから、お前が疑いの目で俺を見ていた事など罰を与える程の事でもない。さっきも言ったが今回は俺が悪いのだから、お前を咎める気は一切ない」
「なっ……」
「今日の稽古はもういい。それと噂が事実かどうかはギルバートに詳しく聞いておけ。聞いた上で尚俺に稽古を付けてくれるなら、また頼むぞ」
唖然とするバルバロトを置いてレオルドは屋敷の中へと帰っていく。残されたバルバロトは、しばらくの間立ち尽くしていた。
自室へと戻ったレオルドはベッドに倒れこみ、枕に顔を埋める。
(ちくしょう! ちくしょう! ただの勘違いかよおおおおおおお!!!)
バルバロトが熱心に素振りを見ていたわけではなく、噂通りの人物かどうかを見定めていた事がわかったレオルドは枕を濡らすのであった。
後日、ギルバートから事実確認をしたバルバロトが剣の稽古を続けてくれると知って、また枕を濡らすレオルドであった。
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