第9話 少し計画を変更しよう

「はあ~、こんな大きな屋敷を私とお爺ちゃんだけで回すなんて無理だよ~。こっちに着いたら臨時で人を雇うって聞いてたけど、雇い主がレオルド様じゃな~」


 使用人の部屋で盛大に愚痴を零すシェリア。誰も聞いていないからといって大胆に主の悪口まで言っている。

 ただ、彼女の言い分は正しいので否定する事も出来ない。

 レオルドは屑なのでメイド達にはよく陰口を言われていた。

 シェリアは聞くだけで被害にあったことはない。それもそのはず。ギルバートがシェリアにレオルドの毒牙が向かないように仕向けていたからだ。


 しかし、今回の辺境行きではレオルドの世話をするメイドが一人もいなかったのでギルバートはシェリアを連れて行くことになったのだ。


 だが、半ば強制的に連れて来られたシェリアはあまりいい気分ではなかった。元々、聞いていた通りの人ではないと思いたいのだが、馬車での様子を見る限り噂は本当だったのだと落胆している。


 メイドを食い物にしている。

 平民の美しい女の子を攫っては自身の性欲処理をさせている。

 婚約者を他の者に犯させて楽しんでいる

 などなどの噂だ。


 実際は違う。手を出そうにもベルーガの監視が厳しかったのでレオルドは手を上げることはあっても手を出す事はなかった。


 ただ、運命48でジークフリートが攻略に失敗するとレオルドにヒロインを奪われるといったバッドエンドは存在している。シェリアがそれを知る由は無い。


 そして、現在のレオルドは生き残る事に必死なので女に現を抜かしている暇は無い。

 なので、シェリアの心配は全くの杞憂なのだがシェリアが気が付くまでは時間を要する事は間違いない。


「今日、夜伽に呼ばれるのかな……うぅ~、嫌だ! 初めては好きな人って決めてるのに~」


 使用人が使うベッドの上でバタバタと足を動かして悶えるシェリア。本人は確定だと思っているがレオルドにその気は一切無い。


 シェリアが落ち着きを取り戻した頃、ギルバートとレオルドはこれからの事について話をしていた。


「坊ちゃま。まずは痩せる前に屋敷を管理する為に人を雇いましょう」


「うむ、そうだな。当てはあるのか?」


「町で募る予定でございます。料理人、使用人を最優先に集めましょう」


「ちょっと待て。まさか、屋敷にいるのは俺とギルとシェリアだけか?」


「はい。申し訳ありませんが」


(分かっていたが人望なさすぎだろ……一応は公爵家の長男なんだから、形だけでもいいから来てよ……ちょっと凹むぞ)


「そうか。まあ、仕方の無いことだな。今までの俺を見れば分かる」


「坊ちゃま……」


(だから、なんでこの程度で目を潤ませるんだ! 伝説の暗殺者どこいった!)


「人員の募集はお前に任せる。俺は一先ず……何をすればいい?」


「そうですな。まずは軽い運動から始めてみましょうか」


「ふむ。具体的には?」


「屋敷の周りを歩いてみるのはいかがでしょうか?」


「なるほど。ならば、俺が歩いてる間に人員の方は頼むぞ」


「お任せを!」


 やる気を見せるギルバートはレオルドと別れてシェリアを連れて町へと赴く。

 一人となったレオルドはギルバートに言ったとおり屋敷の周りを歩く。ただ、歩くだけなのだがレオルドにとっては娯楽と化していた。


「すげ~。こんな風になってるんだ~」


 画面の向こう側にあった世界が今や現実になっているのだから見るもの全てが新鮮なのだ。

 学園では余裕がなかったから、あまり楽しめなかったがこれからは楽しく過ごせそうだとレオルドは小躍りするのであった。

 しかし、豚がいきなり小躍りするものだから膝が悲鳴を上げて崩れ落ちたのは言うまでも無い。


 レオルドが膝を痛めて転げまわっている頃、ギルバートとシェリアは町で人員を募集していた。


「ほう。それでは貴方の特技をお聞かせ願えますか?」


「はい。私は――」


 既に多くの者を集めて面接を行っているギルバートは次々と合否の判定を下していく。シェリアが呼び寄せ、ギルバートが見極める。

 ただ、やはり辺境の町だけに若者が少ない。若い者は王都に憧れて町を離れてしまう為だ。

 しかし、文句は言っていられないので出来る限り手を尽くした二人。


 集まった人数は十人だけ。しかし、この十人はギルバートの面接に見事合格した精鋭と言ってもいい。

 ギルバートとシェリアを含めた十二人で屋敷に戻る事になる。


「戻ったか」


 ただ屋敷の周りを歩いていただけなのに満身創痍のレオルドが十二人の部下を迎える。


「坊ちゃま! そのお怪我は!?」


「気にするな。転んだだけだ」


「しかし、どう見ても襲撃にあったかのようなお怪我ですぞ!」


 ギルバートの言うとおりレオルドはズタボロで屋敷に備えられていた新品の服も破れてしまっている。

 まあ、理由はレオルドが小躍りしたのと転げ回った所為で服がはち切れただけなのだが。

 流石にそんな事を説明する勇気はないレオルドは必死に誤魔化す。


「くどい。これ以上は何もないと言っておる。それよりも、さっさと仕事に就け」


「っ……承知しました。坊ちゃま」


 レオルドはギルバートに背を向けてさっさと屋敷の中へと入っていく。ギルバートは後ろに控えていた者達を引き連れてレオルドを追う様に屋敷へと入る。


 屋敷へと連れて来られた者達はギルバートから仕事を割り振られ、制服を受け取ると早々に仕事を始める。

 だが、料理人以外は特に仕事はない。何故ならば、レオルドが住むことになったのでベルーガが予め屋敷を清掃させていたから。

 おかげで、使用人たちは手持ち無沙汰だ。


 しかし、時間が出来たおかげでシェリアは後輩となる女性達に指導を行う。

 それに付け加えてレオルドの悪評と悪口を教えるので勘違いが広まってしまった。


 自室へと戻ったレオルドは疲れた身体を癒そうとベッドで横になる。

 しかし、そんな甘い考えはすぐに吹き飛ぶ。


「坊ちゃま。何をしておられるので?」


「ギ、ギル!? 何故勝手に入ってきているんだ!」


「勝手に部屋へ入った事は申し訳ありません。しかし、坊ちゃま。俺は痩せたいとおっしゃったはずなのに、何故休憩なされているのですか?」


「疲れたからだが?」


「それではダメです。坊ちゃまはただでさえ人の五倍は動かなければいけませんから」


「ま、まだ初日ではないか……多少は――」


「甘えは許しませんぞ?」


 恐ろしく素早い動きでレオルドに迫るギルバートにレオルドは恐怖を抱いた。

 ここで口答えをしてもいいのだが、ギルバートの言い分は確かに理解できるところである。

 故にレオルドは、地獄の鬼も裸足で逃げ出すようなしごきが待っていると知らずに返事を返した。


「わかった。では、頼むぞ、ギル」


「お任せあれ!」


(んひいいいい! なんか凄い気迫なんですが? 背中からオーラのような物が立ち上ってるんですが気のせいですよね?)


 見間違いではない。

 レオルドは伝説の暗殺者を呼び起こしてしまったのだ。

 最早、レオルドが安息の日々を迎えることは決して無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る