第7話 今更気が付いたけど演技する必要ないじゃん!

 辺境行きが決まったレオルドはギルバートにより準備を終えていた。

 しかし、ここでレオルドにピンチが迫る。それは今後の展開が分からないという事。


 どうして分からないかといえば、運命48はジークフリートが主人公の物語であるからして、描かれる視点はジークフリートのものなのだから。

 レオルドとなった真人は確かに未来を知ってはいるが、それはジークフリートの視点から見た未来である。


 ゆえに、レオルド当人になってしまった今、結末以外ほとんど知らないと言ってもいい。

 時折第三者視点で物語が語られる事もあったが、レオルドに関しては最初の追放シーンしかない。


 つまり、今のレオルドをどういう風に演じればいいのか分からないのだ。

 今までは原作通りの台詞を吐いておけばどうにかなっていたのに、とレオルドは内心ぼやく。


「それではレオルド様。準備が整いましたので、早速出発しましょう」


「う、うむ」


 なるべく、今までの傍若無人なレオルドのように振舞っているつもりだが失敗している。

 レオルドは理解していないがギルバートは大層驚いていた。顔にこそ表れていないが内心ではひっくり返りそうな勢いである。


(素直に了承した!? 馬鹿な。癇癪を起こして逃げ出すものだとばかり思っていたのに……先日、旦那様に叱られたのが影響しているのか?)


 色々と考えてしまうギルバート。それも仕方のない事だ。長年仕えてきたギルバートはレオルドの性格を熟知している。

 そのレオルドが、これから辺境に送られるというのに、癇癪も起こさず素直に返事をしたのだ。


 流石にギルバートが邪推するのも無理は無い。


 早速やらかしてしまったレオルドは、自身の失敗に気付かないまま、ベルーガが用意した馬車に乗り込む。

 レオルドの体重によって軋んだ馬車だが、公爵家だけあって頑丈なつくりをしている。

 それを軋ませるレオルドの体重にも驚きではあるが。


 馬車の中にはギルバートとギルバートの孫娘であるメイドのシェリアがいる。レオルドは二人と対面するように座る。


 レオルドはシェリアを見て興奮してしまう。なにせ、画面の向こう側にしか存在しなかった美少女が手の届く目の前にいるのだから。


 自然と鼻を鳴らしてしまう。


「ぷっきっきっき……」


 気持ちの悪い笑い方をして、鼻息まで荒くするレオルドを見たシェリアは既に限界である。今すぐにでも馬車から飛び降りて逃げ出したい気持ちで一杯だ。

 仮に馬車から飛び降りて大怪我を負ったとしても、目の前にいる醜悪な豚に仕えるよりは大分マシなのだとシェリアは思う。


 チラリと祖父であるギルバートを見上げるシェリアだが、祖父はレオルドの一挙一動をじっくりと観察していた。


「レオルド様」


「きっきっき――な、なんだ?」


 レオルドは声を押し殺して笑っていたつもりなのだが丸聞こえであった。

 そんなレオルドにギルバートが声を掛ける。

 突然声を掛けられた所為で焦ったような返事をしてしまうレオルド。


「これから向かう場所については覚えておいででしょうか?」


「む? ゼアトという辺境の都市だろう。それがどうしたというのだ? まさか、俺を馬鹿にしているつもりか!?」


(レオルドならこれくらいは言うよね! 間違ってないよね!)


 心配そうに心の中で確認するレオルドではあるが、もう間違っている。

 本来のレオルドであれば質問された時点で怒鳴り散らしている。素直に答えたりしないのがレオルドという人間なのだ。


「いえ。確認をしたまでです。失礼をお詫び申し上げます」


「ふんっ!」


「ぷっ……」


 ギルバートの謝罪にレオルドが鼻を鳴らしたのだが、鼻を大きく広げて鳴くものだから、その様が豚に見えてしまい、思わず吹き出してしまったシェリアは慌てて口を塞ぐ。


 しかしもう遅い。レオルドはシェリアが笑ったのを見逃さなかった。流石にこれは不味いと、ギルバートはシェリアに謝罪をさせようとしたが、レオルドの方が先に口を開いた。


「今、笑ったか?」


「す、すみません! 主であるレオルド様に対して、とんだご無礼を――」


い。気にしていない」


(よくよく考えてみれば、俺って生き残るのを目標にしてるんだから、元のレオルドを演じなくていいよね。これからは新生レオルドなんだから)


「へ……?」


 間の抜けた声を出してしまうシェリアだが、その横では目を見開いて驚愕するギルバートがいた。かつて、伝説の暗殺者アサシンとして恐れられた男が初めて見せた顔である。


(馬鹿な! レオルド様なら今の笑いで首を刎ねていてもおかしくはなかった。一体、なにがあったというのだ……)


 最早ギルバートにも理解できない事態となってきた。

 ベルーガから下された最後の大仕事と言ったが、もしかしたらとんでもない事になるかもしれないと、ほんの僅かであるが心躍るギルバートであった。


 一方でシェリアは、許された安堵感よりも、レオルドの取る態度が聞いていた話と違い困惑していた。

 もしかしたら、周りで言われているほど悪い人ではないのではとレオルドを一瞥する。

 すると、偶然レオルドもシェリアに目を向けていたから視線が重なる。


 ニチャアと不気味な笑みを浮かべるレオルドに、シェリアは自身の純潔は遠くない内に奪われるのだろうと絶望してしまう。


 対してレオルドは、シェリアの反応を見て紳士的な対応が出来たのではないのだろうかと喜んでいた。

 残念ながら、己の絶望的な未来を悟ってしまい、達観するに至ったシェリアを見て都合良く勘違いをしているだけなのだが、それは知らない方が幸せというものだ。

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