7・鉄路

『――外国人が多い地域は、瞬く間にオニに喰い荒らされた。初期段階では警察も自衛隊もオニに対する攻撃が許されず、立ち直る間もなく本州は分断されてしまった。政府が機能を放棄して、ようやく銃器の使用が始まったのだ。北海道が比較的早期に立ち直れたのは、駐屯する自衛隊が独自に「存立危機事態」だと判断し、行動したからに過ぎない。家族や地域住民を守るために「法」を超える実力行使を断行したのだ。道庁や政府からは反乱行為だと非難されたが、彼らは数日でこの世から消えた。

 結果が、北海道の聖域化だ。北海道では日本政府の消滅後、自衛隊組織がその代替機能を担った。初期の混乱を生き抜き、移動の手段を持つ者たちは、全国から北海道を目指して集結した。そして、次の生き残り戦略が策定された。

 当面の間はオニたちは喰い合って勢力を減退させていくだろうが、長期的には暴力的で強力な統率者の誕生も予測される。大陸方面からの生き残りの流入が確認されてもいた。新たな食料を求めて清浄地域に浸透してくるのは時間の問題だと判断された。

 そこで比較的汚染度が軽微な東北地方が、防衛ラインとして設定された。自衛隊の残存能力の大半を投じて、青森、岩手、秋田のオニを集中的に掃討したのだ。東北守備隊は北海道を死守するための緩衝地帯であり、最前線だった。前線を維持するために重要視されたのが鉄道だ。電力は緊急に再稼働を行なった泊原発から供給する体制が整えられたが、車両や船舶用の化石燃料はいったん枯渇すると補給がほぼ不可能だ。

 そのため、苫小牧、むつ、秋田に備蓄されていた原油も極端に節約する仕組みが求められた。仙台がオニの支配圏に入ってしまったために、石油プラントは苫小牧が中心になった。むつ、秋田の備蓄基地から鉄道で原油が運ばれ、苫小牧で精製することが優先された。それらを守る守備隊に送る物資の供給、交代兵員の輸送なども主に鉄道で行われた。従って、路線の保守は共同体維持のための重要な任務となった。そして青函トンネルもまた、その重要性を高めた――』


 長老のノートの印象は、現場を見て一気に崩れ去った。

 ブルドーザーのバケットに揺られながら、タケルが誰にともなくつぶやく。

「これでも保守してたって……?」

 周囲はまだ暗い。それでも、青森市内や駅周辺の荒廃は隠しようがなかった。線路周辺は、タケルの予想を超えて荒れていたのだ。

 ケンジが応えた。

「ここ数ヶ月で、状態は一段と悪くなった。補修も追いつかないが、鉄道だけは死守している。まだ列車は動かせる。それだけオニの攻撃は頻繁になってるんだ。しかも、統率が取れてきた」ため息が混じる。「だから、捨てるしかない……」

 列車は、青森駅をすこし出た場所に止められていた。駅自体の崩壊が激しく、停車場としての機能が果たせないことは一目で見て取れる。トレーラーで運んだ荷物をコンテナ用の車両に乗せるために、急ごしらえで左右が開けた場所を作ったようだ。

 土木機械で強引に押しのけたように、周辺はうず高い瓦礫の山に囲まれていた。トレーラーが接近した車道の周辺だけを、整地したのだ。列車の両脇にはクレーン車が数台並んでいる。

 列車は10輌以上が連結されている。先頭に3台のディーゼル牽引車があり、その後ろに連結されたコンテナ車にトレーラーのコンテナが外されてそのまま搭載されている。列車へはクレーン車で移動したようだ。

 バケットから降りたタケルは、あらためて列車を観察した。

 先頭の牽引車には、除雪用の排雪板が取り付けられている。分厚く積もった重い雪でもかき分けられる、豪雪地帯ならではの装備だ。オニが線路上に障害物を置こうとも、自動車程度の重量なら跳ね飛ばすことができるはずだ。コンテナ車の後ろには、数台の貨物車が繋がっている。兵員の撤退用だろう。

 本州放棄の体制であることは明らかだ。数100人の守備隊員が暗がりの中で撤退戦の準備に奔走しているようだ。ショウヤたちの部隊は見当たらない。周辺の警備に組み込まれたらしい。

 タケルはケンジの言葉を繰り返す。

「放棄するしかないのか……」

 それでもケンジは悔しそうだ。

「もはや維持できる戦力は残っていない。六ヶ所村と分断されたら残っている意味も薄い。重要な遺跡を手放すのは残念だがな。幸い、本州側にはもう燃料が残り少ないから、オニたちも海からの大規模攻撃は仕掛けられない。青函トンネルからの攻撃なら、出口で殲滅できる。だから周辺に配備されていた兵員も、今日を最後に北海道に移動するという」 

「初めて来たのに、本州の見納めなんだな……」

「希望がないわけじゃない。オニ化を防ぐ方法さえ見つかるなら、文明の回復は期待できる。だからこそ、アケミさんの研究が重要なんだ」

 アケミはブルドーザーの近くで、バケットに乗せた資料の移動を指揮していた。

 そこにショウヤの副官の女、サチが馬で戻った。数人の部下を従えている。近くにショウヤの姿はない。馬を降りてタケルらを見るなり、驚きの声を上げる。

「生きていたのか⁉ 探しに行ったんだけど、そう遠くまでは無理だった。もうダメかと思ってたよ!」

 ナナミが驚き、タケルの背後に身を隠す。

 タケルはケンジを示してうなずいた。

「彼らに助けられた。オレたちを探しに行ってくれたのか?」

「ああ。ショウヤの指示だ。コンテナの積み込みの人手は足りてるし、長老からお前らの警護を命じられてるからな。ショウヤも別の場所を探している」そしてナナミを見る。「それにそっちの女、大事な資料も記憶したんだろう?」

 オニの出没する場所に戻った理由はそれだ。資料の実物はコンテナに入っているが、バックアップはあったほうがいいに決まっている。この先も、どんな危険があるか分からないのだ。

 だが、ショウヤの目的が同じだとは限らない。

「ああ、おかげで今では重要人物だ。ありがとう」

「これもあたしたちの任務だ。だけど、よく生き延びられたね。病院らしい建物の近くに食い散らかされた馬の死骸があった。てっきり、あんたらも喰われたのかと思ってたよ」

「運が良かったんだ」

「生き残るには運が一番大事だ」そしてケンジを見る。「あんたが学者さんかい? トムからあんたも探すように頼まれていた。あたしは泊防衛隊のサチだ」

 ケンジがうなずく。

「オレはケンジ。助手……というより、弾除けかな。学者はあっちのアケミさんだ」

 守備隊員と資料の積み込みを仕切っているアケミを指さす。

 サチがうなずく。

「無事で何よりだ。あたしの任務も、とりあえず完了だな」

「俺も奴らに喰われなくてほっとしてる」

 そしてサチは、背嚢のポケットからトランシーバーを取り出す。

「これはあんたたちのかい?」

 トランシーバーを見たケンジが怪訝そうな表情を見せる。

「俺のじゃないし、ここで使ってる種類とは違うが……どこで手に入れた?」

「馬の死骸のそばに落ちていた。だったら、オニたちが使っていたのか? 奴ら、そんなこともできるのか?」

 タケルの背中に隠れて様子を見ていたナナミがつぶやく。

「ショウヤとおなじ……」

 タケルが振り向く。

「何がおなじ?」

 ナナミがトランシーバーを指さす。

 サチが断言する。

「それはない。あたしたちはトランシーバーを持ってきてない。機材は何もかも足りないんだ」

 ナナミは譲らない。

「もってた。みた」そして前に出て、型番の表示を指さす。「ここもおなじ」

 サチの表情が強ばる。ナナミの記憶力が規格外なことを身をもって知っている。ナナミが断言することを否定はできないのだ。

 反射的に出そうになった言葉を飲み込んでから、ささやく。

「それ、他の人間には言うな」

 タケルは、サチの表情に緊張が走ったのを感じ取った。ナナミは極めて重大な問題を目撃したらしい。あえて確かめる。

「なぜだ? 持っていたらまずいのか?」

「それも聞くな」質問を立ち切るように背を向ける。「あたしたちはあっちを手伝ってくる」

 そしてサチたちは馬を引いて列車へ向かおうとした。

 そこに、馬を見かけたトムが走り寄った。サチは馬を部下に預け、トムとともに戻ってくる。

 トムは言った。

「戻れて良かった」

 ケンジを見つめていた。顔馴染みのようだ。心底安堵したという表情だ。

 ケンジが目を伏せる。

「心配かけて悪かった」

 トムは軽く肩をすくめた。そしてナナミに聞く。

「これと同じものを本当に見たのか?」

 さっき見せたトランシーバーを、隠すように持っていた。サチから預けられたのだ。

 ナナミがうなずいて、液晶に表示されている使用チャンネルを指さす。

「すうじも、おなじ」

 トムは苦渋に満ちたようなため息をもらした。

 タケルが尋ねる。

「さっきから、なんなんだ? トランシーバーになんの問題がある?」

 トムが声を落とす。

「ちょっと目立たない場所に行こう」

 タケルは敏感に感じとる。

「仲間に知られたくないことか?」

 瓦礫の陰に隠れると、トムは言った。

「ショウヤ君から警告を受けていた。六ヶ所村から一緒に来た部下が、トランシーバーを隠し持っていたのを目撃したという。以前から疑いは持っていたんだ。で、私もこっそり確認した。守備隊では使っていないタイプのものが、確かにあった。チャンネルも同じだ」

 サチが気づく。

「そいつがスパイか?」

「オニとの通信に使っていたんだろう。数日前から偽情報を教えて様子を見ていたんだが……。だからエルキャックの到着時刻は教えていない。それでもこんなことになってしまった。もう放置はしておけない。だがそいつは、さっきまで私と一緒に列車の積み込みをしていた。病院方面には絶対に行けないんだが……」

「ってことは、スパイは何人もいるのか?」

「それ以外考えられない。だから君たちの協力が必要だ。私の部下は全て侵食されていると疑わなければならない。そいつを連れてくるから、ここで取り押さえてくれ」

 数分後、トムは若い男を連れてきた。

「トム、こんな場所に何が――」

 男は不意にサチとケンジに囲まれて言葉を失う。

 背後に立ったトムがトランシーバーを見せて言った。

「これ、お前のだよな」

 男は慌てて迷彩服のポケットに手をやる。ケンジがすかさずその手を押さえ、ポケットの中身を取り出す。

「何をする⁉」

「良かったな、トランシーバーを落としてなくて」

 男のポケットには、同じ型番の物が入っていた。スイッチを入れると、液晶に同じチャンネルが表示される。

「それがなんなんだ……」

 トムが悲しげに言った。

「それ、ここじゃ配給していない型だ。機種が違っても通話はできるが、このチャンネルも使っていない。そもそも、トランシーバーは貴重品だからお前には渡していない。どうしてそんなものを持っている?」

 男の表情がこわばる。

「トム……何が言いたい?」

「オニに内通していたのか?」

 男は身を翻して逃げようとした。それを予期していたサチが、股間を膝で蹴り上げる。男は腰を折って膝をついた。

 トムは男を見下ろした。

「他にもスパイがいるのか?」

 男は苦しそうにうめく。

「知るか……そんなこと……」

「なぜこんなことをした?」

「守備隊にいたって……どうせ捨て駒だ……。撤退戦とか粋がってるが……しんがりの弾除けじゃないか……。だったら……寝返った方が……喰われずに済む……」

「誰に説得された?」

「オニの司令官……年寄りだよ……。仲間に入れば幹部になれる……ならなければ、この場でオニに喰わせる……って……」

「偵察で1人だけ生き残った時だな」

「ああ……」

 トムが悲しげに言った。

「残念だ。ケンジ、こいつを縛ってくれ」

 だがサチは、素早く行動した。銃を抜くと、有無を言わせずに男のこめかみを撃ち抜く。

 トムが倒れた男を見下ろして、つぶやく。

「甘い……って言いたいのか?」

「ああ。作戦の成否がかかってるからね」

「だが、情報撹乱に使えたかもしれない」

「逆に、撹乱されたかもしれない」

「仲間……では、あったんだ」

「痛みは感じなかった。せめてもの慈悲だ。生かしておいたら、また裏切る。何10人もの仲間が殺されることになるかもしれない。最悪、北海道を取られることになる。その責任を背負えるのか?」

 と、数人の兵士が銃を構えて走ってくる。

「襲撃か⁉」

 トムが制した。

「違う。自殺だ。恐怖に耐えられなかったらしい……」

 兵士たちは驚きもしないで戻っていった。守備隊ではさほど珍しくない事件なのだろう。

 トムは無言で死体を瓦礫の陰に隠して、サチと共に去っていった。

 ケンジが言った。

「俺も作業を手伝ってくる」

 タケルとナナミも、ケンジについて行く。

 そこにショウヤが戻った。走りながら馬上で叫ぶ。

「タケル、無事だったか!」

 タケルが気づいて、手で応える。

 サチたちも足を止めていた。サチはまだ、ナナミがショウヤのトランシーバーを見たことをトムに告げていないようだ。

 それはもはや、裏切りと同義だ。

 ショウヤは馬を降り、手綱を引いて走り寄った。

「もうダメだと思ったぞ。よく切り抜けたな」

 そう言ったショウヤの目は、しかしナナミに向けられている。視線が冷たい。

 タケルはナナミを守るように前に出た。

「みんなに助けられた」

 タケルの背にしがみつくナナミの震えが伝わる。ナナミは、ショウヤに撃たれたとはっきり言ったのだ。ナナミを疑うことはできない。

 ショウヤはナナミを殺そうとしている。だとすれば、防衛隊は救助に向かったのではない。死亡を確認したかったのだ。

 だが、まだその理由は仮説でしかない。

 ショウヤは何事もないように微笑む。

「そうか、よかった。心配したんだ」そして傍のサチを見る。「ついてこい。警備の打ち合わせだ」

 彼らは去って行こうとした。

 その瞬間だった。線路上に並んだ列車の先端、ディーゼル車が突然爆発した。辺りが怒号に包まれる。兵士たちが散り散りに身を隠す。

 守備隊の司令官らしい声が飛ぶ。

「RPG! 発射地点はどこだ⁉」

 馬たちも驚いて暴れていた。ショウヤは立ち上がろうとする馬の手綱を引く。爆破地点との間に馬の体を割り込ませ、身を守る。

 青森の守備隊はRPGが発射された周辺に向けて銃弾を放っている。闇の中に向けた、当てずっぽうだ。しかしロケット弾は瓦礫の隙間を縫って撃ち込まれたので、発射できる場所は限られている。2撃があるなら、少しは時間が稼げるかもしれない。

「無駄撃ちはするな!」

 ショウヤが、周囲を見回して馬をつなげる遮蔽物を探す。

「警備がザルだろうが!」

 ケンジが言った。

「手が足りないんだ!」

「もう囲まれているかもしれない。列車は守備隊に任せる」そして部下たちに命じる。「俺たちは反対側を守る。挟み撃ちにされたらまずい。列車を破壊させるわけにはいかない」

 ショウヤの部隊は建物の陰に馬を繋ぎ、身を隠しながら散っていく。

 と、背後でディーゼル車が激しい炎を吹き上げる。燃料に引火したようだった。まだ火が回っていない連結部分に、誰かが走り込む。燃える車両を切り離そうとしている。

 さらにクレーン車が動き出す。ブームを前に突き出して、先頭車に突進していく。燃えた牽引車は線路を塞ぐ障害にしかならない。レールから転がり落として、進路を開けるためだ。1台分の牽引力が減ろうとも、延焼が全体に広がることも防がなくてはならない。

 金属が激突する轟音とともに、炎と火花を撒き散らしながらディーゼル車が転がっていく。クレーン車は巨大なタイヤで砂利を巻き上げながら線路を横切る。さらにディーゼル車を押して列車から突き離すと、向きを変えて牽引車への射線を遮る盾になる。

 だが、恐れていたRPG攻撃は続かなかった。やはりオニたちの武器も潤沢ではない。

 代わりに、奇声をあげるオニたちが森の間から突進してくる。その姿が炎に照らされて浮かび上がる。数はおよそ20体、手には斧や日本刀を持っているようだった。大群ではないが、列車を警備する守備隊を引き付けるには充分だった。

 タケルたちにも、どこからからともなく銃弾が降り注ぐ。瓦礫に当たって破片を飛び散らせる。やはり反対側にもオニは潜んでいたのだ。暗い森の中に、時折銃口の閃きが輝く。

 ショウヤの声が響く。

「こっちが本隊だ! 車道を塞げ! 侵入させるな!」

 派手なRPG攻撃が本体を隠す陽動なら、指揮官は作戦立案に秀でている。軍事組織として、侮れない。

 近くの兵士たちが迎撃体制を整えていく。

 と、タケルたちを運んできたブルドーザーがバケットを盾にしながら、彼らの間を割っていった。ショウヤたちはその背後に付き、敵が銃を撃ったあたりに拳銃を向けていく。タケルたちがさらにその後ろに隠れる。

 ブルドーザーの上部に付けたライトが点灯し、突進してくるオニたちの姿を浮かび上がらせる。斧を振り上げながら走ってくるオニを、ショウヤたちが撃ち抜く。倒れたオニを踏みつけて、さらに多くのオニがにじり寄ってくる。

 だが、瓦礫に隠れながらで、その速度は遅い。

 ショウヤが命じる。

「左右を警戒! 瓦礫の上を乗り越えてくるオニを見逃すな!」

 ショウヤの部下たちは懐中電灯をつけ、周囲に光を向ける。瓦礫を越えようとしていたオニが、斧を振り上げたまま撃ち抜かれて背後に消える。

 タケルが叫ぶ。

「オレたちにも武器を!」

 ケンジが手を引く。

「向こうにあるはずだ。ついてこい!」

 ナナミと共に、ケンジに従った。列車の近くに止められていたトラックに近づく。

「武器の運搬車だ」

 しかし、近くに兵士はいなかった。オニとの交戦に駆り出されたようだ。ケンジが荷台を開いて中に入る。

 タケルはナナミに命じた。

「トラックの中に隠れていろ」

 だが、ナナミはタケルの腕にしがみついた手を離さない。

「こわい」

 タケルの命令も、本能的な恐怖を超えることはできないようだった。

 トラックの中からケンジの声がする。

「ロクな武器はない!」そしてひと抱えもありそうな箱を引きずって出てくる。「残ってたのはこれだけだ」

 カーキ色に塗られた金属の箱には、見慣れないマークが書いてある。

 タケルが問う。

「国旗……ってやつか?」

「アメリカだな」

 聞いたことはあるが、定かではない。

「アメリカ……」

「海の彼方にあった、よその国だ。パンデミックの時は、この近くに基地もあった。そこの武器が残っていたんだな」

 蓋を開くと、中には弁当箱をわずかに曲げたような物がぎっしり詰められていた。

 タケルが言った。

「これはなんだ?」

「クレイモア地雷! 訓練で試したことがある! 馬鹿でかい散弾銃のように何100発もの鉄球をばら撒く。指向性散弾ってやつだ。リモコンで点火できるが……」

「使えないのか⁉」

「手持ちで使える武器じゃない。鉄球は一方向に発射するけど、そんなことをしたら無事じゃすまない。守備には有効だが、攻撃には使えない。なんであらかじめ仕掛けておかなかったんだろう……。車道はこれで封じられたのに」

「襲撃を予測していなかったのか……」

「だが、今から仕掛けるのは無理だな……」

「何か盾になる物はないのか。そいつの前につけて、爆発させれば――」

「そんな使い方ができるもんか! 大体、そんな盾なんてどこに……」

「ブルドーザーは⁉」

 ケンジが一瞬考える。

「あ、それなら……」

「もうないのか⁉」

「ある! 取ってくる! トラックの中に太いテープもあった。出しておけ」

 散発的に銃声が響く中、ケンジは身を隠しながら列車に沿って走った。すぐに小型のブルドーザーで戻った。タイヤで走行するホイールローダーだが、前方には分厚いバケットが装備されている。

 タケルの前にバケットを差し出して停車すると、運転席を降りる。

「地雷のこっち面を前にして、テープで中に貼り付けろ」

「ナナミ、ライトで照らして」

 懐中電灯を受け取ったナナミがバケットの中を照らす。

 テープを貼り付けたタケルは心配そうだ。

「こんなもので大丈夫なのか……?」

「やってみるしかない。バケットの角度に合わせて収まりの良い場所を探すんだ」

 タケルたちは苦心しながらも、バケットにクレイモア地雷を貼り付けていく。

 ケンジは本体に信管を差し込み、ワイヤーを繋いでいく。そして5本のワイヤーを運転席まで伸ばすと、反対側にリモコンを取り付けた。運転席にセットを終えたリモコンを並べる。

 タケルとナナミもそこに割り込む。

 ケンジはホイールローダーを発進させ、兵士たちの間に割り込ませた。

「前に出させてくれ!」

 左右の警戒に専念する兵士が割れて、その中を突進していく。

 前方では、ショウヤたちがブルドーザーの影に隠れながら必死にオニの襲撃を食い止めていた。だが、ライトの中に湧き出るオニの数は、増える一方だ。防衛隊は明らかに苦戦を強いられていた。ブルドーザーも、前に進むことができない。

 ケンジが手信号を送りながら叫ぶ。

「道を開けろ!」

 そして、運転席上部のライトを激しく点滅させる。タケルに指示した。

「合図で、リモコンのスイッチを握れ!」

「どのリモコン⁉」

「どれでもいい!」

 ケンジの手信号に気づいたブルドーザーが、横に位置をずらしていく。それに伴って、ショウヤたちも道を開けた。

 ケンジは加速した。ブルドーザーの脇に躍り出る。目前に、オニの集団が迫っていた。群れをなし、道路に広がっている。手に様々な凶器を掲げ、迫ってくる。その目は完全に獣と化していた。だが、銃器は少ないようだ。

 ケンジが叫ぶ。

「スイッチ!」

 タケルは、最初のリモコンを握りしめた。同時にバケットの中で、クレイモア地雷の1つが爆発する。ローダーに振動が走ると同時に、バケットの中が炎に包まれる。前方に数100の金属球が吐き出された。

 間近に迫っていたオニたちが一斉に吹き飛ばされ、ライトの中に血煙が舞う。

 噴煙で前方の視界が塞がれたが、ケンジは気にしない。車体の向きをわずかに変え、繰り返す。

「次!」

 さらに爆発。オニたちの恐怖の叫びが上がる。

「もっと撃つか⁉」

「少し待て!」

 噴煙が風に流される。

 オニたちは身を翻していた。ライトの中に浮かび上がる姿は、血まみれになっている。散弾で撃ち抜かれた死体を踏みつけ、逃げ出す者も見えた。

 しかし逃走するオニは、前方からの射撃で頭を吹き飛ばされる。オニの集団の背後には、逃げ出そうとする仲間を撃ち殺す兵士も配置されていたのだ。

 タケルは、オニを支配する方法を始めて実感した。

「次、撃て!」

 タケルは3つ目のリモコンを握りしめた。爆発音と噴煙、そしてローダーも揺れる。

 再び踵を返すオニの集団に、第3撃を与える。オニたちは逃げ惑い、左右の瓦礫に這い上がって散り散りになっていった。

 ケンジがショウヤたちに叫ぶ。

「撤退しろ! ここはしばらくオレが抑える!」そしてタケルに命じる。「お前はあっちのブルで戻れ。その女、守らなくちゃならないんだろう?」

 ケンジがブルドーザーに車体を寄せる。

 タケルはうなずいて、ブルドーザーに乗り移った。ナナミが続く。

「殺されるなよ!」

 ブルドーザーの運転手が叫ぶ。

「しばらく頼む。こっちも地雷を付けてすぐ戻る!」

 ブルドーザーはバケットをオニたちに向けたまま後退した。それに伴ってショウヤの部隊も左右を警戒しながら後ずさっていく。

 列車周辺の攻防は小康状態になっていた。小銃を構えていたアケミが問う。

「ケンジは⁉」

 ブルドーザーの操縦者が降りて応える。

「前線。すぐ交代する」

 そして、トラックに残っていたクレイモアをバケットに貼り付け始めた。

 タケルはアケミに言った。

「またケンジに救われた」

「あいつ、お節介なんだよ」

 と、背後に叫び声がする。

「伏せて!」

 叫んだのはサチだった。

 タケルが振り返ると、サチはショウヤの腕を捻じ上げて上に向けていた。ショウヤの手には拳銃が握られている。

 タケルがつぶやく。

「どうしたんだ……?」

 サチはため息を漏らした。

「ショウヤがナナミを狙っていた」

 ショウヤが叫ぶ。

「違う! オニが見えたんだ!」

 周囲の兵士たちの視線が集まる。

 サチが言った。

「あたしは見たよ。あんた、ナナミを殺そうとしたね」

「部下のくせに、逆らうのか⁉」

 サチは怯まない。

「だったら、証明しろ」

「そんなこと、できるか!」

「あたしには、できるかもね」

 そしてショウヤの腕を離し、背中の背嚢を奪い取る。

「何をする⁉」

「荷物の確認だよ」

「やめろ!」

 成り行きを察した兵士たちが銃口を向けて、ショウヤを黙らせる。

 サチは地面に下ろした背嚢をまさぐり、何かを取り出した。

「本当にあったのかよ……」

 サチが手にしたのは、トランシーバーだった。馬の死骸の近くで拾ったものと同型だ。見間違えるはずもない。そして、再びため息を漏らす。

 タケルが尋ねた。

「どうしたんだ?」

「これも……さっきのとチャンネルが一緒だ。10キロ程度は通話できるだろうし、チャンネルも30以上はある。たまたま同じになったって言い訳は、難しいよね……」

「でも、トムにスパイを警告したって……」

 サチは冷たい視線でショウヤをにらんでいる。

「自分はスパイじゃないと信じ込ませるために、仲間を売る――なんてこと、オニならやりそうだよね」

 ショウヤは何も言い返さない。

 タケルが尋ねる。

「それって……」

「こいつも内通してたかもしれない。スパイは1人じゃなかったわけだ。原発の機材も知識も、北海道には渡したくないようだ。ナナミが大事な資料を覚えてしまったから、殺そうとしてたんだろう」

 それでもショウヤは反論しなかった。

 タケルが恐る恐る尋ねる。

「どうするんだ……?」

 サチは悲しげな笑顔を浮かべた。

「隊長が裏切り者なら、正すのは副官しかいない。役目を果さなくちゃね。でも、仲間を動揺させるのはまずいし……。ちょっと離れた場所で……」そしてショウヤの頭に銃口を突きつけ、命じた。「あっちへ行け」

 彼らは列車から離れ、瓦礫の陰へと消えていった。

 しばらくして、小さな銃声が聞こえた。

 1人で戻ったサチは何も言わない。

 タケルは聞かないわけにはいかなかった。

「どうしたんだ?」

「あいつもオニのスパイだったと認めたよ」

「だから、どうしたんだ⁉」

「聞くな」

 10分後、ブルドーザーにはクレイモアが貼り付けられ、ケンジと交代した。

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