第二十一話 好敵手と握手
「本当ですか!? ボクには男を見る目がありましたかー」
よかったー、と胸をなでおろしているラタスさん。 あれ、今私なんて言ったの!? 見る目あるって言わなかった、私!? 恥ずかしぃ……。
「それで琴乃さんは今日キヤベさんに何の用事があったのですか? 」
ラタスさんの質問は、顔を赤くしてしまうくらいの私を一瞬で現実に戻した。
「それは……いえない。 というか、あんまり詮索しないでほしい」
あって一時間の相手に好きな人のことをべらべらとしゃべったとしても、それは言えないし、簡単には……癒えない。
「そうですか。 ではしません」
あっさりと身を引くラタスさん。 こちらとしてはとてもありがたい反応なんだけれど……。 申し訳ないことをしたな。 今度は私の番。
「そういうラタスさんは、ヤベとどういう関係なの? 」
「そ、それは、親戚の関係で……」
もじもじとまるでヤベが言っていた内容を思い出すかのように話すラタスさん。 かわいい……じゃなくて!!
「嘘はいいから。 ちゃんと話して」
「ほ、本当ですよ!! 遠い遠い海外に僕は住んでいたのでキヤベさんと会ったのは今日が初めてなんですよ。 ほ、ほら、ボク英語ハナセマース! ボンジュール」
「それフランス語だし。 ……はぁ。 わかっていたけれど、あくまでも白を切るつもりなのね」
「あ、悪魔ってばれた!? 」
「……? なに言ってるのよ。 まあいいわ。 英語の話せる親戚ってことにしておいてあげる」
「あ、上げ足を取らないでください!! 」
嫌味たっぷりな言葉に、もう!! と恥ずかしがっているラタスさん。 なんだこのかわいい生き物は。 センとはまた違うベクトルのかわいさだ……。 なんか私、おっさんみたいな事言ってない?
「ふふ。 じゃあ今後は私たち、とりあえず好敵手ライバルってことで」
「ライバル? それは何ですか? 」
首を傾げるラタスさん。
「あら、そちらの国ではライバルって言葉がないのかしら……ってそんなわけないでしょ、英語なのに」
「あ、ああ。 あれですよね。 勿論知っていますよ。 子守歌てきなヤツですよね」
「それはララバイ。 わかっていたけれど、分かっていないなー。 敵って意味よ」
軽い話をしていたつもりなのに次の瞬間、重い空気が張り詰めた。
「……敵? 」
どうやら私の「敵」というワードに引っかかったみたい。 確かに、いい意味の言葉じゃないけれど、戦場じゃあるまいし、比喩だってことが伝わらなかったのだろうか。 本当に海外の人かも。 それに、なんというか……。 たった一言に敵意を感じたのだけれど……。 思い過ごしだろうか。
「ど、どうしたのよ。 そんな急に怪訝そうな顔をして……。 もういいから、ほら」
私はそんな空気を換えるためにラタスさんの前に手を差し出した。
「? なんですかこの手は」
まだ警戒している……。 私が今からしようとしていることは、ラタスさんの地元ではない行為なのだろうか。 シェイクハンド、英語圏ではあるとは思うけれど。
「何って……握手よ握手」
「握手? 敵なのに……握手をするんですか? 」
「好敵手っていうのはそういうものなのよ。 これからよろしくね」
「は、はぁ。 よろしくです」
まだよくわかっていないようなラタスさん。 でも、本気で私のことを敵だと思っているのなら、握手なんてのは悪手だろう。 それに、彼女悪い人ではなさそうだし。 それに何よりかわいい。 かわいいは正義。
「そういえば琴乃さん、キヤベさんに好きって伝えないんですか? 」
「な、な、な、何を言い出すのよ、急に!! そ、そ、そんなこと言うわけないじゃない!! 」
何の脈絡もなく、何を言い出すのだこの人は!?
「えぇー。 でもあの超鈍感キヤベさん、言わないと伝わりませんよ? 」
……そのくらいわかっている。 ずっと好きなのだ。 なのに一向に気づいてない。 もう犯罪ともいえるくらいなのではないか? ……それくらいまで思っている。 でも。
「……私はまだ言わない。 大丈夫よ、ライバルに心配されるくらい弱くはないわ」
「そうですか。 ……早くしないと、ボクがキヤベさんのこと、好きになってしまいますよ? 」
「だとしても、ヤベがラタスさんのこと好きになることは無いわ」
「言い切りますねー。 〝ヤベ〟さんのこと信じているのですね」
「ヤベって呼ぶなー! 」
あはは、分かりました、と冗談っぽく笑うラタスさん。 うう、完全に流れに乗せられてしまった……。
……気づくと話し込んでしまっていた。 久しぶりに素の自分に慣れた気がした。 素敵な好敵手だ。 昨日まで春休みだった私は唯一の憩いの友であるセンとは会うことが少なかったのだ。 こんな会って間もない人とこうまで話せるなんて思ってもいなかった。 ……なかなか家ではこうはなれないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます