第十七話 修羅場Ⅱと幻覚
琴乃には時間を止める能力があったようだ。 そんな勘違いをしてしまった。 琴乃が現れた瞬間、僕とラタスの体がピクリとも動かなくなってしまったのだから、そう思うのも仕方がない。
「ねえ、ヤベ。 その女、誰って聞いてるんだけれど」
沈黙を破ったのは、破壊したのは琴乃だった。
「ええーと、あの、こ、この方は、ラタスさんと言いまして、朝電車の中で話に出た方です」
琴乃の放つ物凄い気迫によって、僕の存在と言葉は希薄になる。 こ、琴乃さん、怖いです。
「ふーん。 その女が。 で? この状況は何? 」
ガシャッ という音が琴乃が竹刀を肩に当てることによって響き渡る。 どうしてだろうか、竹刀からはするはずのない金属音がするのは。 恐怖による幻聴だろうか。 それとも幻覚を見ているだけで実際に琴乃が携えているモノは真剣だったりするのだろうか。 それは今の僕には定かではない。
「ええーと、あの、ですね……」
今度はラタスが説明を試みようとした。 が、その瞬間、
バシンッ!!
という、日常生活ではまず聞くことのない乾いた、そして痛みを帯びた音が響き渡った。 ……どうやら琴乃が竹刀を床にたたきつけたようだ。 下の階の方、申し訳ございません。
「今私はヤベに聞いているんだけれど。 黙っててくれる? 」
「ハィ……」
消え入りそうな声で返事をするラタス。 悪魔が生身の人間に負けた瞬間だった。 どうやら今の琴乃は悪魔よりも恐怖な存在らしい。
いや、らしいではない。 確定で恐怖な存在だ。 言葉1つ1つに相手を従わせるという意思が含まれているようだからな……。
「で、ヤベ。 言い訳は? 」
琴乃の視線は僕の方に向けられる。 銃口といっても過言ではない。 ほんとに。
そして悪い報告なのだが、僕がこれからどのような弁明を試みても、琴乃にとってすべてが言い訳としか受け入れることができないらしい。 終わった。 言い訳じゃなくて遺言かな。
「あの、その、ですね、ええっと、そう! このラタスさんが足を滑らせて椅子に座っていた僕に倒れ掛かってきて……という、かんじ、です、はぃ……」
「ふーん」
反応から見るに嘘だと見破られているな、これ。
さらに軽く流されたあたり、僕の答えも予想済みのようだな、これ。
結論から死んだな、これ。
「ところでヤベ。 元気そうだね」
「え? あ、はい。 特に怪我はしなかったです……」
急に体のこと気遣ってくれるようなこと言ってくるからびっくりしてしまった。 あれ、あんまり怒ってない?
「二度と元気にならないように……してあげようか? 」
「死刑宣告!? 」
「大丈夫。 殺しは竹刀わ……しないわ」
「竹刀で殺されるんだな、僕」
言い間違い、というか心の声が聞こえてしまっている……。 つまり心の底から僕のことをそうしたいと思っているってことか。
▽
取り敢えず、ご乱心だった琴乃の気を静めてテーブル席につく。 話し合いというわけだ。
「はぁ。 それで? あなたは誰なの? 」
「は、はい! ボクの名前はラタスといいます! 命だけは助けてください! 」
「いや、もう取らないって。 普通に話してくれていいから」
〝もう〟ってことはさっきまでの殺気、本気だったんだな。 こんな身近なところで死期を感じるなんて。
「で? ラタスさんとヤベは今朝あったばかりの関係なのよね? そんな2人がどうして家に呼び込むような関係にまで発展したのよ」
「ああ、それはですね、ボクがキヤベさんと一緒に住もうと」
ドードードードーストーップ!!
「相撲取り! がしたかったんだよね! ラタス! 」
「え? 相撲取りは別に……」
状況をよくわかっていないラタスに対して僕はこそこそと話をする。
「(なーにをいいだすんだラタス! 殺されるぞ! )」
「(どうしてですか? 別に本当のことを言っても……)」
「(何故かは知らないが、琴乃は男と女の関係についていつも敏感なんだ。 とにかく、今は僕に合わせて! )」
「(はあ、分かりました)」
そう。 何故か琴乃は男女の関係に敏感なのだ。 例えば僕が別の女の子と話しているとすぐに割って入ってくる、とか。 最初は普通に話に入ってきているだけだと思っていたけれど、どうやら監視をしているみたい……。 気に触れることがあれば、あの竹刀が飛んでくるというわけだ。
「ん? 2人で何をこそこそと話しているのよ」
不自然に話を止めてしまい、しかもこそこそとしている僕らに当然の不信感を抱く琴乃。 僕の今までの全経験を集結させた結果、
「いやあ、何でもないよ。 ラタスとは……そう、遠い親戚なんだ! もともと海外に住んでいてね……。 今ちょっと日本に遊びに来ているみたいで、僕の家にいるんだよ。 ねえラタス? 」
という、ベターな結論に至った。 僕の経験は漫画にしかないので何も面白くない設定になってしまった。 仕方ないじゃないか!
「あ、はい! そうなんですよ。 ボク、二ホンをよくI don't knowですので、日本の国技、すもうをしてみたかったんですよ」
よくつなげてくれた! 流石悪魔。 今まで流ちょうに話していた日本語が急に訛りだしたところは不自然だが、伏線の回収ができたことで相撲取りに関して信憑性が増した! 人をだますことに関しては頭が回るのだろうな。
「ふーん。 まあ、そういうことにしておく」
多分、琴乃自身もこれ以上聞いてもまたはぐらかされるだけだと考えたのだろう。 取り敢えず、今を逃れられればいい。 未来のことは未来の僕に任せる。 うまくやれよ、僕。
「あれ、そういえば琴乃。 さっきまで持っていた凶器もとい竹刀は? 」
どこに置いたのだろうか。 細いとは言ってもまあまあな大きさがある。 目に届かないということはそうそうないとは思うけれど……。
「え? そんなものもってきてないよ。 あ、まあ、いつもの竹刀の成れの果ての棒なら持ってきているけれど」
「……」
なんということでしょう。 僕はどうやら本当に幻覚を見ていたらしい。 琴乃の気迫、恐るべし。
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