第十六話 オムライスと修羅場
▽
『「いただきます」』
ラタスと福とでひと悶着あったが、食欲は偉大である。 そんな揉め事もこうして収めてくれるののだから。 さらに福の手料理ときた。 無敵だな。
「手料理と言ってもただのオムライスよ、お兄ちゃん。 そんなに難しい料理じゃないわよ」
安全確保のため、福は僕の隣で昼を食べていた。 正面にラタスという構図だ。
「何を言うんだ、福よ。 オムライスをつくれる福は偉大だよ。 僕はオムライスをつくれないぞ」
「誇るところじゃないでしょ」
「……それはそうとラタス、お前手は進んでいるのに量が減ってないのはなんでだ? 」
「……はっ!? ボクとしたことが……福ちゃんのご尊顔をおかずに空気という主食を食べてしまっていました……」
「どこの仙人だよ」
アツアツ出来立ての福ちゃんの手料理を摂取しておきたかったのに……不覚!! と悔やんでいるラタス。 どうやら進んでいた手は空を切っていたようだ。 まさか酸素を主食として捉えているとは。
ちなみに構図は〝福の〟正面にラタスなので正直安全は確保されているとは言えない。 どこに配置しても危険という。 悪魔かよ。 ……悪魔だった。
「お、お兄ちゃん、このラタスさんとはいったいどういう関係なの? 」
偉大な食欲でも流石に恐怖には勝てなかったのか、福のオムライスの量はあまり進んでいなかった。 福は恐る恐る恐怖の根源たる目の前の悪魔について質問をしてきた。
しかし、どういうといわれてもなぁ。 彼女は別の世界戦から来た悪魔です。 って言っても信じやしないだろうし。 最悪、僕が精神科に連れてかれるかもしれないからな。 うちの兄の頭がおかしいんですって。 それだけは避けねば。 取り敢えず、常套句の対処をしておくか。
「えーっと、彼女は僕の友達だよ」
「嘘だ」
ドキッ!
な、なんだと……。 まさか、ラタスがただの友達ではない、悪魔だと気づいたとでもいうのか……? 我ながら鋭い妹だ……。 流石のラタスも驚いたのか、おいしいおいしい言いながら進んでいた手がピタッと止まっていた。
緊迫した食卓。 恐る恐る尋ねてみる。
「どどどどうして、そう思うんだい? 」
どこぞのピンクの生き物のようにどもってしまった。
緊迫した食卓。
果たして、福の開かれた口からは……。
「お兄ちゃんに、こんなきれいな女の人が友達にいるわけがないじゃない!! いったいいくら出したというのよ」
悲しいかな、妹からの兄への評価はこんなにも低かったのか。
当のラタスは、きれいと言われてうれしかったのかヘドバンしていた。 食卓でヘドバンって結構恐怖映像だな……。
「そ、そんなことないぞ、福。 お前のお兄ちゃんにはちゃんと女の子の友達もいるじゃないか」
「琴乃お姉ちゃんのこと? お姉ちゃんは……実はお兄ちゃんの幻覚なんだよ」
「怖いわ!」
今までかわいそうなお兄ちゃんに合わせてあげていたけれどね、と後付けする福。 やめてくれ、本当に精神科にかからなければならないのかもしれないなんて。
「福ちゃん、聞いてくださいよ。 初対面のボクのことキヤベさん男だって決めつけていたんですよ」
よよよ……。 と泣くそぶりをするラタス。
「ほ、本当ですか! その節は私の愚弟が申し訳ございませんでした」
「兄だけどね」
「それでラタスさん、愚弟はいくらほど支払ったのでしょうか……? 」
「え、ほんとに友達だって信じてくれてな……」
「1万9800円ですね。 税込み価格です」
「答えるな!! しかも数字が具体的過ぎる!! 」
本当に福が信じてしまったらどうするんだよ。 というか福のやつ、さっきまでラタスのこと犯罪者扱いしていたというのにいったいどういう風の吹き回しなんだ……。 敵の敵は味方ってやつか? となると僕は共通の敵になるわけだ。 兄、悲し。
「これでも私の家族なんです。 愚弟のことを騙さないでいただけないでしょうか」
「もうやめて福……兄としての尊厳が削られるようだよぉ……」
福としては僕のことをかばってくれているようだけれど、そのやさしさで傷ついているのは僕だからな……。
▽
なんだかんだあって結局ラタスのことは僕の友達ということで納得してくれたようだ。 どうして朝一緒の部屋にいたのかについては、ラタスの犯罪行為によって記憶が飛んでいる……としておこう。 うん。
福は友達と遊びに行くということで家を出た。
ラタスさんに変なことしたら二度とお兄ちゃんって呼ばないから、という勧告を受けた。 それは死んでも嫌なので絶対にしないでおこう。
というわけで家の中でラタスと僕の二人きりになったわけだが……なぜだろうか。 勧告されるまでもなく、さっきの出来事があってか結構疲弊してしまっていてなにもときめかない……。 せっかくの美少女と2人きりという夢のシチュエーションなのに!!
「そういえばキヤベさん」
「はい、なんでしょうか」
「福ちゃんにはボクのこと友達だと紹介しましたが、それだけでいいんですか? これからボク、一緒に住むことになるんですけれど」
「まだ確定はしてないけれどね。 そこに関しては変に設定をしてしまうとこんがらがるし、そうでなくても安心していいよ。 とにかく母さんを説得できれば」
そう。 良くも悪くも母の言うことが絶対な初芽家。 母さんがイエスなら僕たちもイエスなのだ。
「はぁ、これで福ちゃんと一緒に寝て起きて……一緒の空気を吸うことができるんですね」
「それは確定しないけれどね。 途中から変態発言だったぞ」
本当に危ういな。 ラタスには別の部屋で寝てもらうことにしよう。
「それはそうとキヤベさん」
「んー? まだなにかあっ」
言葉は続かなかった。 振り向いてラタスの方を向くと、ラタスの顔が目の前にあったからだ。
今朝の距離よりもとても近い……いや、近い近い!! ふぅというラタスの吐息。 青色の瞳は僕の目を射抜くように。 すこし微笑んだ口から出たものは、
「2人きり……ですね」
という、魅力という威力を持った言葉だった。
近づいてくるラタスから離れるように椅子ごと後ろに倒れる。 そんな僕に覆いかぶさるように四つん這いになってラタスは追ってくる。
「ら、ラタス……? 」
や、やばい。 本当にまずい……。 こ、このままだと、本当に食べられてしまう。 福からもうお兄ちゃんって呼ばれなくなっちゃうゥ……。
疲弊しきった体も、馬鹿な男は余裕でその事実を忘れ、現実に起こっていることに対応するようになる。
はぁ、はぁ、と吐息と共に迫りくるラタス。 服の襟元が重力に逆らって中がギリギリ見えないお姿になっている。
本当にやばい。
後、数センチで口がくっつきそうになった時。
「ねえ、ヤベ。 その女、誰? 」
救世主か、それとも悪魔か。 無感情の声が僕とラタスの時間を停止させた。
声の主は部屋の扉の前で仁王立ちをしている、竹刀を持った、戦闘態勢のーー琴乃だった。
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