第九話 お見通し


 たとえ昨日が今日になろうと、つまり僕がタイムスリップをしようと、目の前で美少女悪魔が瞬間移動をしようと、世界は回るのをやめてくれない。 年中無休。 お疲れ様です。


  僕は2回目の始業式を受けるべく、いつもの駅のホームに向かった。 正直、起きた出来事が多すぎて脳の整理ができていない。 よって、体はプログラムされたかのように駅へと向かった。 脳死だった。 習慣とは怖いものだな。


 いったん、まとめよう。 僕は駅のホームで考える。

 ラタスと名のる美少女悪魔が別世界から、この世界に来た。 1個目の目的は、誰でもいいから誰かの願いを叶えること。 多分偶然にも僕の願い、「ラタスが違う世界から来たということを証明してほしい」をタイムスリップという形でかなえてくれたのだ。 あ、あと瞬間移動もでき、悪魔っぽい尻尾もあった。 

 そして2個目の目的。 それは……彼女曰く、僕こと初芽 木矢部を惚れさせること。 なんでそうなる。


 というか、こういう惚れさせる系のイベントものの物語は、女子に態勢のある男子相手にするもんじゃないのか? 僕、普通の男子高校生なんですけれど。 落としにかかられると、普通に落ちちゃいますけれど。 物語、終わりますけど!?


 いやいや、それ以前に僕の出した願い、「ラタスが別世界から来た証明」って……。 本当にもったいないことをしたー!! なんだそれ、まだ巨万の富とかの方が面白かっただろ! つくづくついてない……。 面白いイベントも僕にかかれば一瞬で終わらせられるのだ……。 悲しい。


 とかなんとか、後悔しているとこの間と同じであろう電車が来た。 


 ▽


 スーツ姿のサラリーマン。 座って本を読んでいるお姉さん。 ヘッドホンをつけて食いつくようにスマホの画面を見ているお兄さん。 ぼーっと窓の外を眺めているおばあちゃん。


 いつもと同じ風景……と言いたいところだが、人も配置も同じ過ぎて怖い。 本当に昨日に戻ったのか。 いや、そもそも『今日』を実感していないのだから昨日という表現はおかしいのだろうか。 ループ?


 とかいくら考えても何も利益を出さないことについて考えていた僕は、次の駅に停車するためにブレーキをかけた電車に慣性をもってこけかけた。 これも同じ。 ループ前にあった出来事。 ……にも関わらず、同じ手に引っかかる僕って……。 


 自分に心底飽きることのなかった、ループ前とは違う感情になっているであろう僕の前に現れたのは琴乃だった。


 「ああ、ヤベ、おはよー」


 少し眠そうな挨拶。 全く変わらない仕草に違和感を覚えながらも


 「おおーおはよう」


 と僕は返した。 正直、ループ前の僕がどんな返事を返したのか分からない。 


 疑問に思っているのだが、漫画の主人公がループをしているとき、よく『前と同じ行動をとる』という場面について。 自身の一挙手一投足を覚えているものなのだろうか、と。 断言しよう。 僕は覚えていない。 誇ることじゃないが、記憶力は並だからな!


 と言いながらも、印象的だった後ろの人の波に押されるように琴乃が僕の隣に立つという場面は覚えていた。 まあ、いつもの光景だし。


 「いやー、今日からまた学校だね。 新しいクラスどうな……」


 他愛のない話。 ループ前と一緒……なはずだった。 琴乃は言葉を言い終わる前に止めてしまった。 ……え、なに? 怖い。 すごい見られてるんですけれど……。 やがて琴乃は再度口を開く。


 「ねぇ、ヤベ」


 とあまり感情の読み取れないトーンで琴乃は僕に尋ねる。 あれ、この言葉、もう少し後の方の言葉じゃなかったか? あのときは急に……。


 「朝、誰かと会った? ……それも女の子と」


 そうそう、こんな言葉を言っていたんだ。 誰かと会ったことを的確に当ててきたからあの時は驚いたものだ。 だから記憶に残っている。 しかし、どうだったっけ。 僕は確か、あの時ラタスが男だと勘違いしていたから多分琴乃にもそういったかと思う。 なんと。 琴乃は当てていたのだ。 怖いよ、女の勘ってやつか?


 「うん、会ったよ」


 と答えた。 すると琴乃は一歩僕に踏み出して、


 「誰? 」


 とさらに質問を重ねてきた。 てか近い近い! ただでさえ隣同士という距離だったのに! 圧が……怖い。


 「ら、ラタスっていう子だけれど……」


 顔面蒼白になっている僕はたまらず白状する。 悪いことしたわけじゃないけれど、こんな風に人に迫られると何故か後ろめたい気持ちになる……。 そんな態度取ると余計に怪しまれるのに……。


 「フーン……女のことね……」


 いや近い近い近い! 顔を近づけないでくださぃ……。 

 琴乃のじっと見てめてくる、刺してくるような視線。 対して僕はその攻撃をよけるように泳がせる。


 「まだ何か隠しているよね? そのことはどういう関係? 初めて聞く名前だけれど」


 畳みかけてくる琴乃。 


 「いやぁ……その、あー」


 素直にたたまれる僕。 いえるわけがない。 美少女はともかく、悪魔と出会ったなんて古今東西どこを探しても信じる人はいないだろう。 第一、僕も最初ラタスの言うことを信じなかったわけだし。 さて、どう乗り切ろうか……。


 「た、たまたま偶然、話をしただけだよ……」


 「フーン……。 名前を聞く間柄にまでなったんだね」


 「……っ!? 」


ブン! と、まるで光るセイバーのように例の棒を取り出す琴乃。 


 「だ、だめだよ! 琴乃! 銃刀法違反だよ! 」


 「あら、これは私の家から出たごみよ。 どう見たら武器に見えるのかな。 それとも、武器と見えるということは、成敗されるような悪いことをしたのかな」


 私の家って……あなたの家、剣道場ですよね!? ごみはごみでも、竹刀の一部だったものですよね?? と尋ねる勇気はさらさらない。 誘導尋問のようにぼろが出る僕。 語るに落ちるとはまさにこのこと。 嘘を重ねることでさらに状況は悪くなるばかり。 


 しかし、いいこともある。

 危機―っと、ならぬキキーッと停車する電車。 


 「あ、琴乃、もう電車が駅に着いたよ! さあ、周りの人に迷惑になる前にさっさと出よ! 」


 と逃げるように先に改札口へ向かった。 嘘を重ねることで時間を重ねることができるのだ。 きっと今後ろを振り返ってはだめだ。 振り返った暁には二度と戻れなくなるだろう……。 この世に。 さながら怪談話に出てきそうな話の内容を思いながら、改札を出、階段を駆け下りていった。 なお、後ろの疑念のはらんだ気配は消えない。


 


 

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