第八話 落とす


 ▽




 「行ってきまーす」




 いってらっしゃーい、という母さんと福の声。 朝の支度を終え、僕とラタスは家を後にした。




 「どういうことなんだ? どうして今日が昨日になっている? 」




 開口一番、僕とラタスの会話はこの疑問から始まった。 まずはここからだろう。 もしかすると昨日あったはずの今日という4月1日は僕の夢かもしれない。 ……いや、ないな。 こんなにリアルに覚えていること、夢としてはなかなかない。 何かの力に目覚めた、とか? あり得、




 「ああ、それについてはボクの魔法ですよ、魔法」




 なかった。 うんまあ、そんな力には目覚めないよな。 漫画じゃあるまい……


 は?


 


 「魔法? ラタスが使ったのか? 」




 魔法ってあの魔法? 詠唱することで炎や水、風なんかが出てくると言われている? 漫画、かもしれないのか?




 「ええ、というか、最初からそう言っていたじゃないですか。 初めてお会いした時も瞬間移動を見せたはずですが」




 なにを今さらという、呆れた顔をするラタス。 なんだと。 魔法だと。 




 「ラタス、お前は何者なんだ……? 普通に異常な中二病ではなかったのか? 」




 生きている間でこんなべたなセリフをはくことがあるとは思いもしなかった。 全く、人生何があるかわからないものだな(人間17年目の若造)。

 僕の質問にラタスはしっかりと間を開けて、そして僕の目を……いや、その先の何かを見るようにして答える。




 「ボクはラタス。 この世界ではない別世界に住んでいた悪魔です」




 にやりと目を細めて、そして細長く、そして先端は小さな三角の形をした尻尾のようなものを現わせてそういった。


 彼女は、彼でもなく、また人間でも天使でもない。 悪魔だった。




 ▽




 二回目の4月1日。 この日の気候は一回目と全く同じようなものだった。 唯一のちがいと言えば、僕の隣で歩いている少女、いや、悪魔の存在だ。


 自らの存在を別世界の悪魔だと名のったラタス。 なぜ、この世界に来たのか。 なぜ、願いを叶えさせようとしたのか。 なぜ、何故、naze。 疑問が多すぎて何から聞けばいいのか……。 そんなとき、彼女の方から会話は再開された。




 「キヤベさん、あなたの願いは叶いましたよね。 これでボクのことを信じてくれますか」




 得意顔でドヤァとしてくるラタス。 クッソ、何も言い返せねぇ……。




 「うん、わかっているよ。 だからそのドヤ顔やめろ! ……で? なんでラタスはこの世界に来たんだ? 」




 無数に浮かんできた疑問からひとつ、僕はピックアップして投げかけてみた。 これが一番だろう。 さて。 何か目的があるのだろうか。 いや、目的はもう達成できたのか。 願いを叶えること。 それとも他に何かあるのだろうか。




 「ボクがこの世界に来た理由は……ボク自身の願いを叶えるためです」




 わざともったいぶるように、回りくどい言い方をするラタス。 つまり、他に目的があるということらしい。




 「それは、あなたを落とすためです」




 ? 謎が謎を呼んだ瞬間だった。 この言葉の意味がこんなにも分かりやすく説明されるなんて思ってもいなかった。 どういうことだ?

 僕を落とす? それは物理的にだろうか。 魔法でヒューっと。




 「違います! あなたを恋に落とすのです。 ボクに惚れてもらいます」




 ああもう、わけがワカメ。 なにを言っているのだ? 別世界から来た悪魔が僕を恋に落とすだと?


 恋のキューピットは天使のような姿じゃないのか? 


 きっと、ただの人間にこんなことを言われるとたじたじと僕はたじろぐと思う。 でも今回は悪魔だ。 あくまでも人間ではない。 現実味が無さ過ぎてたじたじしてしまう。 そんなことを考えていたせいで僕はラタスが僕の思考を読んだことに気づいていなかった。


 そんな僕を見かねたのか、ラタスは手を後ろに組み、僕に近づいてきた。 どんどん近づいてくる。 近い近い近い!




 「どうしたんですか? ボクのこと、今朝まで男だって思ってたくせにどうしてそんなに恥ずかしそうなんですか」




 嫌味っぽく言うラタス。 その顔の距離は10センチもなかった。 い、息がかかる……。 と同時に僕の鼓動のエンジンもかかる。 ドクドク。




 「そ、その節は申し訳ありませんでした……」




 消え入りそうな声で僕は失礼な勘違いをしていたことについて謝った。 




 「ふふ、良かったです。 ボクのこと男だって思っていたから意識してくれないのかなと思っていましたが……この反応だと意識はしてくれそうですね」




 ラタスは僕の反応に満足したのか、スッと後ろに下がる。 と同時に僕の肩も下がる。




 「ふふ、これから楽しみです。 よろしくお願いしますね、キヤベさん」




 そう言った瞬間、ラタスは目の前から消えてしまった。 瞬間移動、というやつだろうか。


 


 まるで幻、夢のような出来事が起こった。

 僕はスマホの画面を見る。 4月1日。 表記はそうなっていた。 

 間違いなく、僕は昨日にタイムスリップしたのだ。 

 そしてそれを起こした張本人、中二病かと思っていたラタスという美少女は悪魔だと名のった。 さらに、僕のことを惚れさせるときた。 

 まるで漫画の中の状況。 漫画の中の主人公はこれからどうなっちゃうのーというセリフが常套句となっている状況に異議を申したかった。 今までは。

 でも実際に僕が同じようなことを経験して一言。 本当にこんなに便利な言葉があるとは。 ありがたいな、マジ感謝。


 これから、どうなっちゃうのー!




 いや、マジで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る