第六話 目覚め
▽▽▽
ジリリリリリリ……
無機質な音が僕の快眠の解任を命じてくる。 毎朝毎朝ご苦労様だ。 もう本当に寝なきゃこんな思いはしなくて済むのに……とさえ思ってしまう。
僕は定位置に置いてある目覚ましに手を伸ばす。 目覚ましなのに目は閉じたまんまという罪悪感。 最高。 ひゃっほい。
カチッという音と共に再び訪れる静寂。 のはずだったのだが、音ズレというか、予想は外れていた。
勿論、僕の部屋には僕しかいない。 ひとり部屋だ。 母も福もここにはいない。 いないはずなのに。
「すぅー。 すぅー」
という気持ちのよさそうな寝息が聞こえるではないか。 ここで断っておくけれど、流石に自分の寝息では無いくらいには意識は起きている。 目は閉じているけれど。
福が起こしに来たのだろうか。 もしそうだとしても、一緒に寝ることはない。 恥ずかしい話、妹である福の方が兄である僕よりしっかりしているのだ。 そのため、起こしにくるときはちゃんと僕の上に飛び乗ってくるのだ。 ちゃんと。 どこかの赤い帽子のおじさん並みのジャンプで。 痛いけれど。
ではそうでもないなら誰だろうか。 母? いや、マジでやめてほしいが、あり得るから怖いな……。 でも大丈夫。 今この時間は働きに出ているはずだから。 その点に関してはマジ感謝。
ではでは、本当に誰だ? あーでも、目は開けたくないな……。 まだ体としては寝ていたい……。
人間の三大欲求のうちのひとつにしっかり従っているわけだけれど。
そうもしていられなくなってしまった。
何故か。 それは僕が寝返りを打った時だ。
ふわふわと柔らかい何かが僕の両手に、手のひらに感触が当たった。 最初は何だろうかと思い、少し揉んでみる。 もうこの表現の時点で確信犯なのは自分でもわかった。 夢だったらどんなに良かっただろうか。
「うぅ……。 あんっ」
という、もうまずい音がどこからともなく聞こえてきた瞬間、僕は我に返った。 三大欲求のふたつを同時に断ち切って目を開眼させる。 勿論、睡眠欲と食欲だが?
「うわぁっ!? 」
ガバッと掛け布団をとると、そこには美少年が。 なんなんだ。 なんだこの状況。 こんな漫画のような出来事があるのか……。 ん?
よく見るとラタスではないか。 なんだ、ラタスか。
は?
ここで僕の脳はバグる。 ぐるぐると思考回路は、おんなじところをずっと周回している。
ぐるぐる。
ここで、本当にしょうがなく、しょうもないことだが、年頃の男の子として、なぜ、ラタスがこの家にいるのか、なぜ僕がこの家に戻って寝ているのかについてとかはどうでもいいと考えてしまっている。 僕の脳にはたったひとつ。
なぜ、ラタスの胸は柔らかいのかについてしか頭になかった。 マジでしょうもない……。 だって、年頃の男だもん! しょうがないでしょ!
いや、てかラタスって男じゃないの!? 確かにきれいな顔立ちだけれど……。
すやすやと寝ているラタスの顔を見る。 きれいな純黒の髪が真っ白の肌に少しかかっている。 唇はぷっくりとしていて、すーすーという空気を送り込んでいる。 長いまつげは少しだけうごいている。
やばい。 まずい。 僕の思考が。
と、とにかくここからどかなければ……。
えー、突然ですがここで語らせてもらいます。 まあ、こういう状況の時のお約束と言いますか、少し意味が違うけれど、ご都合主義と言いますか、それが起こるわけでございます。 僕こと木矢部に他意はなく、かといって下心は多少なりとも、いや、多なりともあったわけですけれど、彼は決してそうしたかったわけじゃないです。 不可抗力です。 彼のもう無いに等しい尊厳を守るためにこの場を設けてもらいました。 ありがとうございます。 ……いえば言うほどだなこれ。 語るに落ちるとはまさにこれのことだな。 とにもかくにも、それを踏まえたうえで、どうぞ。
「がはっ! 」
朝起きたての頭と体は僕についてこなくて、かつベットの上という足場の悪さも相まって僕はラタスに覆いかぶさるような体制で着地することになった。 決してひゃっほいとは思っていないが、言えばいうほ(略。
いつの間にか目を開いていたラタスとの距離実に1センチ。
「大胆ですね。 エッチ」
目を細めてニヤっと笑うラタス。 悪意しか伝わってこない言い方と表情だった。
「お前は男だろうー……」
消え入りそうな声で必死に抵抗してみるが無駄だった。 というか失礼だった。
「……そんな願ってないこと言わないでくださいよ。 普通に傷つきました……。 ボク、女ですよ。 あんだけ胸揉んどいて、今も胸に手を置いているのに、そのとぼけ方はひどいです……」
さっきとは打って変わって泣き始めるラタス。 ってか、マジだ! 僕の両手はラタスの胸へと伸ばされていた。 まずい、こんな状況、福にでも見られたら……。
「お兄ちゃーん! 起こしに来た……」
順調にフラグを回収していく。 もうどうしようもない。 僕と福は目をあわせたまんま、
『「あ」』
と、一言だけ交わした。 僕らの関係にそれ以上の言葉は要らない。 というか、言葉が出てこなかった。 まあ、最悪母に知らされなければ大丈夫だから……。
「お母さーん、お兄ちゃんが女の子連れ込んで胸揉んで泣かせてるー」
母上いるんかい。
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