第五話 願い
▽
取り敢えずお互いに自己紹介を終えたところで、朝の話になった。
「あの、朝の話なんですけれど」
「敬語じゃなくていいですよ。 多分、年齢もあんまり変わらないと思いますし」
「それじゃあ、遠慮なく。 ラタスも敬語じゃなくていいよ」
「いや、これはキャラなのであんまり突っ込まないでください。 あなたまで敬語だと、どっちがしゃべっているか分からないでしょう? 」
そうでなくても一人称も同じなんですから、と誰に向けたかもわからない気の配り方をするラタス。
「……なんかメタいな」
キャラって……意識してそうしているのか。 別に、そうでもなくても充分キャラは立っていると思うけどな。 そんな容姿のやつ、そうそういないだろう。
「それはそうと、朝の話、でしたね。 その節はすいませんでした。 何分、急いでいたものであのような形になってしまいました。 冷静に考えると初対面の相手にするような話じゃなかったですね」
なるほど。 あのときは何かに焦っていたせいであんな感じになったのか。 ラタスのいる世界ではこれが当たり前なのかなとさえ、思っていたけれど。
「まるで求婚を申し込むような話」
「そんな話してたか!? 」
すごい言葉が出てきた。 僕の記憶の限り、そんな話はしていないはずだけれど……。 そんな僕の反応に疑問があるようで、
「え、だって相手に願いを聞いていたんですよ? それはもうあなたとずっと一緒にいますって言ってるものじゃないですか」
と説明をしてきた。 と言われてもなー……。
「拡大解釈しすぎじゃないか? そっちの世界ではそうなのか? 」
「はい、ということはここの世界では違うのですか? 」
どうやら、ラタスの世界ではこれは当たり前というか、別の意味を持つ行為という意味で当たり前のようだ。 文化が違うと大変だな……。
「全然違う。 もしそうならそこら中求婚の話であふれかえっているよ」
「なるほど。 どおりで皆さん誰見境なく求婚をしていたのに動じないわけですか」
「君にはそう映っていたのか……」
よかった……。 僕はこの世界の人たちはたらしの人ばかりだというラタスの認識を変えることに成功した。 これはもう世界を救ったといっても過言ではないよな。
「まあ、求婚という意味がないにしろ、あんときはほんとにびっくりしたよ……。 つくならもう少しましな嘘をつけよって思ったけれど……」
言っている間、ラタスは口をムッとして僕を見ていた。 マジでなんなんだこの生き物。 まぶしすぎる……。 その光に焼き焦がされないように僕は言葉を続ける。
「大丈夫。 わかっている。 だからこうして話しているんだ」
今度は言葉を最後まで言い切ることができた。 少しは成長したのかな。 主人公にはなれなくても、その真似はできるから。 僕はよく見る漫画のキャラクターと思い出しながら、考える。
「……はい、ありがとうございます。 その言葉は願ってもいませんでした」
焼けてしまった。 僕の存在が。 さっきとは打って変わってラタスはにっこりと微笑んだ。 マジでヤバイ。 眩しすぎる……。 どうにかこうにか、体勢を立て直して話を続ける。
「それで? 願いを叶えるって本当にできるのか? 」
「はい、本当にできますよ」
ラタスは少しの迷いもなくそう言い切った。
「なんでも? 」
「なんでも」
うーん。 どうしよう。 僕は何が望みなのだろうか。 すぐ思い浮かぶのはお金とか? ありきたり過ぎて何も面白くはないな。 自分の想像力のなさに限界を覚え、空しくなる。
あ、一個あった。 そうだ、これを願おう。
「じゃあ、僕をラタスが違う世界から来たっていうことが分かるようにしてくれ」
僕はラタスにそういった。 今考えると、大前提の話だな。 どんな願いでも結果が出ればラタスが違う世界から来たって分かるような気もするが……。 まあ、それが僕こと木矢部という人間だからいいか。
「え、本当にそれでいいんですか」
「? ああ、構わないよ」
「心から願っていますか? 」
「……うん、願っているよ」
「なんと欲のない方……ってわけでもないか」
ふふ、と苦笑するラタス。 なんだ、その含みのある言い方と笑い方は……。 まあ、でも間違えたことをラタスは言っていない。 第一、こうして僕が話しているわけは、善ではなく、好奇心というか、欲望というか。
ああ、そうか。
僕の願いは、欲望はこうしてラタスと会う、しゃべるだけで満たされていたのか。
今さらになって気づいた。 好奇心とは願いまでの途中で、欲望とは願いの延長線上の言葉だったのか。 ラタスはそれを見抜いていたのか。 それは分からないけれど。
「では、いきますよ……」
「うん。 ……え、ちょっと待って、何を」
言いかける前に僕の意識は遠のいていった。 まだ何も聞いていない。 願いの内容も。 ラタスという存在がどうしてここに来たのか。 あっちの世界はどのような世界なのか。 なにも、聞いていない。
それでも僕の意識はブラックアウトしていく。
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